無限ネタ出しおじいちゃん
祖父は私がインターネットで記事を書いていることを知っていて、定期的にネタを提供してくれる。とにかく無限にアイデアが出てくるので取捨選択が大変なくらいだ。
振り返ってみると、祖父発信の記事はどれも企画性がある。
一度も開いたことがないウェブサイトの雰囲気をどうやって察しているのだろう。神様の声とか聞いてんじゃないだろうか。
普通、笏をつくる人はいない
そして今回は神職が持つ笏づくりの回である。笏と言われてピンとこなければ、おじゃる丸が持っているアイテムを思い浮かべてもらえばいい。
笏は中国から伝来したもので、日本では儀式などの式次第を書いた紙を貼り付けてカンペのように使ったのだという。
現代の神職も笏にカンペを貼り付けることもあるが、神事においては手に持つことで威厳を表したり心を正すものとされている。
ちなみに素材は木材が一般的だが、かつては象牙のものもあったそうだ。
通常、笏は神具専門の通販などで購入するもので、自作する人はあまりいない。神職になって数年経つが聞いたことも見たこともない。
神職の養成所時代には市販品を削って軽量化を図る同期もいたが、それですら相当なイレギュラーだろう。
「おつかいクエスト」のように始まる笏づくり
今回は、その笏を自作する。方法は祖父任せでまったくわかっていない。
祖父が言うところによると「家の裏山を上がって最初に見える田んぼの側にある穴蔵に、イチイの細い丸太がある」らしいのだ。
なんだかロールプレイングゲームのおつかいクエストみたいだ。ストーリーを進めるためにあっちこっち歩かせられるやつ。ゲームでは面倒だが、実際にその状況になるとワクワクする。冒険だ。
イチイの木の特徴を聞いてみると、カヤの木に葉っぱが似ているという。その説明でなんとなくイメージができる自分に、田舎暮らしを続けてきたことによる成長を感じた。
それではイチイの材を回収しにいこう。
いま話をしている場所は祖父が神職をしている神社で、材料はそこから少し離れた個人宅のほうにある。
それらしい材を手に入れた。あとから聞いた所によると、田んぼに差し掛かっていたイチイの枝を切り落として、数年寝かせたものらしい。その必然性とストーリーにもゲームっぽさを感じる。
これを持ってまたおじいちゃんの所に帰ろう。ストーリーが進んでいくはずだ。
あとはだいたい自動で
とってきた材料を祖父に渡す。どうやら持って帰ってきたものはイチイで合っていたらしい。いきなり作業が始まった。
まずは丸太を加工しやすい長さにカットするようだ。基準となる笏をあてがって目印をつけている。
ちなみに上の画像で使われている笏は、ご先祖様の山ノ興呂木九郎左衛門兵馬重家(1821-1905)が実際に使っていたものである。やってることがほぼキテレツ大百科だ。
そして祖父が作業を始めたらあとは自動だ。可愛い孫(わたし)のためにあれよあれよと製作が進んでいく。
板をねじれなく切り出すために、大工さんが使う墨壺で丸太に線を引くようだ。
なお、おもしろそうなのでやらせてもらったら、糸が切れて墨壺を使えなくしてしまった。だるい。ここは大人しく見学にまわろう。
ぼーっと作業を眺めている。
あまりにもぼーっとしていたせいか、あとは進めておくからこの時間で車の雪用タイヤを取り付けに行ってきたらどうかと勧められた。
ある、RPGにそういう展開、あるなー。職人にどこかで時間を潰すように言われて一回外にでるやつ。
その勧めどおりタイヤを替えて1時間後に戻ってきたら、80歳を超えているとは到底思えない腰の入り方で祖父がカンナをかけていた。
こうして自動的に板ができあがり、つづけて笏の形も大まかに取ってもらった。
ここまで筆者はほぼノータッチである。完全に傍観者になっていた。
まあまあ、勇者は自分で刀を打たないから。
仕上げにかかる
だいたい笏の形を取ってもらったので、あとは木工ナイフや紙やすりで仕上げにかかろう。
ヤスリがけは成果がわかりやすくて楽しい。とにかく夢中でやった。ここまできたら一日で終わらせたい。
1時間やすり続けて完成!この笏は神職の私からみてもイカす。
木目の入り方でツートンカラーになっているところや、節が残っているところなどは市販の笏にはない特徴だ。
ご先祖様の笏をもとにして作ったので現行の一般的な市販品とは形がすこし違うのもいい。
祖父によると、しばらく使っていると自然に色が変わっていくそうだ。使えば使うほど味が出てくるらしい。
よし。せっかくだから職場に持っていって見せびらかそう。
笏を自慢した
笏を職場の神社に持ってきた。
この笏で心機一転頑張ろう。
同僚や崇敬者に見せびらかすと、口々に「すごいですね」「へー」「これ重いね!」と大絶賛の嵐。大いなる偉業を成し遂げた感慨が湧いてくる。
そして実際に祈願で使ってみたところ、一般的なものと比べてかなり重いことを実感した。たんに分厚いからだ。
笏に重量があると、構えている笏が前方に倒れ込んでしまっているとき、手に感じる重みでなんとなくそれが分かる。本来は垂直に立てるものなので、無作法になっていることに自分で気がつけるのだ。これは綺麗な所作を心がけるうえで大きなメリットだろう。
かくして「イチ」から「イチ日」で「イチイ」の笏を作る試みは成功に終わった。1が3つ並んで111、確変で縁起が良い。

