まずは…イタリア料理の「弁当」化を見てくれ!
以前、「イタリアは美食の国なのにお弁当は頑張らない」という記事を紹介したことがある。市販品のパンやハムがほとんど。むしろ、日本のお弁当は「箱に収まったフルコース・BENTO」として注目されているくらいで、携帯食の世界においては日本が浮いた存在らしい。
「へ~、そうなんだ?おもしろいね!」なんてのんきに構えていると、その流れで見かけたインスタグラムでのある写真に、延髄蹴りを食らったような衝撃を受けた。
こ、これは……?
以下、投稿文より抜粋した内容。
イタリア風のお弁当です。ご飯の代わりにグリーンピースパスタを詰めました。それから、サラダと黒オリーブとチーズも加えました。あっ! 鳥ののグリッシーニもありますよ!♪グリッシーニは細長い棒状の乾パンです。デザートはトリノのジャンデゥヨッティです!トリノ産の軟らかくて小さいチョコレートです。(投稿文より)
あーはん? イタリア料理を「お弁当」にしたのか!
説明にある通り、おかずのひとつひとつがおもしろい。これぜんぶ、イタリア人の「日常食」なんだ。なお、このお弁当をつくられた投稿主はイタリア人女性の様子(日本語堪能すぎ)。あ。でも。これ。世界各国の料理も「お弁当化」することができるのではないか……!?
そこで縁あり「適任者すぎるのでは!?」という人物にご協力いただけることになりました。その方は、「世界の料理」のプロフェッショナル……本山尚義さんです!
「世界の料理のプロ」にお弁当をつくってもらおう!
「世界の料理で世界を平和にする」をテーマに、食を通して世の中のさまざまな問題(難民や飢餓、災害など)を伝える料理人。これまでに30カ国で味修行、自らのレストランで195カ国の料理を提供した経験を持つ。
実は本山さん、過去にデイリーで馬場吉成さんが取材済み(「196カ国の料理が作れるレシピ本を書いた人に話を聞いてきた」)。「再登場?」と思った方のためにちょっぴり補足しておくと、海外ZINEというサイトでたまたま今回の企画をお願いしたんですが、その記事をデイリーにも掲載することになったよ。という流れです。
詳しい活動は馬場さんの記事をご覧いただくとして、今回の企画を本山さんにお願いした最大の理由は!コレ。
タイトル見たままですが、「おうちで196カ国の料理がつくれるレシピ本」です。この著者が本山さん。つまり、今日本でもっとも「世界の料理」に精通している料理人、と言っても過言ではありません。と、いう訳で。
よろしくお願いします。世界の料理のお弁当化は、ちょうど自分でもやってみたかったんですよ。
さて、なんなら計196カ国の料理をつくれる本山さんですが、今回は本山さんと相談した上で、「世界的にも有名なジャンル」「世界各地に分散している」「なによりお弁当になった姿を見てみたい」という理由から、お弁当にする料理としてこちらの5カ国に絞り込みました。
タイ、インド、フランス、ブラジル、スペイン。比較的イメージしやすいものではないでしょうか。これら、一体どのような「お弁当」に生まれ変わるのか? 御本人によるおかずの味や歴史について紹介コメント、またご自身の味修行時代の秘蔵の写真とともにご覧ください。
まずはタイから! ご賞「見」あれ~!
タイ料理~イサーンの風香る、屋台メシ弁当~
・ガイヤーン(タイ風ローストチキン)
・トートマンプラー(タイ風さつま揚げ)
・ソムタム(青パパイヤのサラダ)風人参のサラダ
・カオパックン(タイ風海老焼き飯)
本山さんの「タイ料理」のお弁当紹介
タイの料理は中国や周辺国の影響を受けていますが、甘い、辛い、酸っぱいという3つの味のバランスがうまく取れていることもひとつの特徴です。このお弁当に入っている、ガイヤーン、ソムタム風人参のサラダは、政治・経済的に冷遇されていた、イサーン(東北)の料理。貧しい地域なので、一般的にコオロギ、タガメ、イナゴ等も食料にします。カオパックンというチャーハンは中国の影響を受けた料理ではありますが、伝統的というよりも比較的新しい食文化だと言われています。トートマンプラーは日本でいう「はんぺん」、ハーブを加えた魚の練り物を揚げたおかずで、お弁当には最適です。
インド料理~シンプル&スパイス、家庭料理弁当~
・フィッシュボール(ツナのコロッケ)
・アルゴビ(カリフラワーとじゃがいもの炒め物)
・キャベツのサブジ(キャベツの炒め物)
・チャパティ(薄焼きパン)
お弁当からはみ出すナン! じゃないですね、これは?
本山さんの「インド料理」のお弁当紹介
インドは、生クリームや油、スパイスを多用する宮廷料理に比べて、家庭料理はシンプルであっさりしたものが多いです。サブジやアルゴビはクミンやターメリックといった調味料しか使わず、チャパティは全粒粉を水で練った生地を薄く伸ばしフライパンで焼いたもの。ツナコロッケは洋食の影響を受けています。インド料理は宗教による食のタブーがあり、東西南北で料理が異なり、また「体調が悪いときにはこのスパイス」といった医食同源の特徴もあります。ホテルの料理長をしていた27歳の頃にその世界に触れたことで、当時つくっていたフランス料理は氷山の一角なのだと思い知らせてくれました。
フランス料理~美食の国のビストロ定番メニュー弁当~
・サバのマリネ
・レバーのワインビネガー風味(右)
・コック・オ・ヴァン(鶏肉の赤ワイン煮込み)(左)
・バゲット
フランス料理と言われて持つイメージの割には、スタミナ系のお弁当みたいなボリュームですね!
そうなんです。フランス料理といえば、高級で、大きめのお皿にちょこっとしか盛り付けられない繊細な料理を思い浮かべられるかと思いますが、「お弁当」という場面を考えると必ずしもそうではありません。
本山さんの「フランス料理」のお弁当紹介
繊細な料理は、フランス人にとっても特別なときに食べるもの。ふだんはビストロという大衆食堂で1~2品を注文してワインを飲むというスタイルが一般的です。コック・オ・ヴァンはその代表的な料理で、ワインとじっくり煮込まれた柔らかい鶏肉はバゲットによく合います。サバのマリネやレバーのワインビネガー風味は酢を使っているのですが、冷蔵庫もなく運搬に時間が掛かった時代、内陸のパリでは新鮮な魚や肉の入手が困難で防腐効果のある酢を使ったとされます。フランスが美食の国と呼ばれる背景には、もともと宮廷で腕をふるっていたシェフが街中で食堂を開き、庶民の間でも美味しい料理を食べられるようになったからという歴史があるんです。
ブラジル料理~味わって考える、植民地の歴史弁当~
・フェイジョアーダ(黒豆の煮込み)と白ご飯
・パステル(チーズとハムの春巻き)
・ムケッカ(白身魚と野菜のココナッツ煮込み)
・コッシーニャ(チキンクリームコロッケ)
ここではじめての白米! 「お弁当」の感じが出ます。
白米の隣の黒豆は、フェイジョアーダです。実は意外な歴史があります。
本山さんの「ブラジル料理」のお弁当紹介
ブラジルの国民食といえば「フェイジョアーダ」なのですが、これはもともと当時奴隷だった人たちの間で食べられていた料理です。かつて、アフリカから大勢の黒人が奴隷として連れて来られ、日々満足に食べられなかった彼らは、主人が捨てた臓物や安い豆をトコトン煮込んで食べていました。それを主人が味見したところ「これはいける」となり、全土に広まった。国を支えてきた栄養満点の料理でありながら、なんとも皮肉な成り立ちです。また、ムケッカにもいろいろな調理法があり、これはムケッカ・バイアーナといってバイーア地方の名物料理、白身魚をココナッツミルクとパームオイルで煮込むのが特徴です。パステルの起源は中国の春巻き、あるいはイタリアのカルツォーネともいわれています。
スペイン料理~大航海時代を思う、バルの定番弁当~
・スペインオムレツ
・アヒージョ(海老のガーリックオイル煮込み)
・ひよこ豆のマリネ
・パエリア(魚介の炊き込みご飯)
地中海に面しているため豊かな食材があり、多様な調理法とそれに伴う料理があります。
本山さんの「スペイン料理」のお弁当紹介
これほどバラエティあふれる料理の背景には、大航海時代の歴史なくして語ることはできません。1492年のコロンブスによる新大陸発見以降、スペインには長い歴史を経て、インゲン、唐辛子、ジャガイモ、トマト、カカオなどがもたらされました。料理を見ると、その国の歴史や文化が理解できますよね。私たちは、悲惨な歴史や先人たちの気の遠くなる数の失敗により、美味しくて安全な料理を食べられるのだ、と感じます。
世界の料理の「お弁当化」を終えて
ふだんから『世界の料理』をつくられている訳ですが、今回は『お弁当』としてつくるにあたり、どうでした?
そうですね。どのおかずも実際にレストランで出していたことのある料理だったのですが、やはりお弁当なので、「冷たくても美味しいように」とか、「汁がこぼれないように」とか、「フタを開けたときの感動をつくりたい」とか、これまで考えたことのない視点がありました。今仕事にしているレトルトの製造(※後述します)とも、また違ったワクワクを感じましたね。
そうか、そうですよね! レストランだったら出来上がりをすぐに出せるけど、お弁当は保存性や携帯性も考えないといけない。確かに、レストランとはガラリと状況が違ってくる。それに加えて「フタを開けた感動」か~。
実際に盛り付けてみて、お弁当という枠の中に世界の料理を入れてみると、意外に収まって……「わぁ! お弁当になってる!」というのが、一番最初に浮かんだ正直な感覚です。
見ているだけでしたが、まったく同じことを思いました! ふしぎなもので、外国の料理から感じる新鮮さと、よく知るお弁当の形から感じる懐かしさがどちらも共存してる。方向性は違うのにまとまっているんですよね。
実は、インドにもカレーのランチボックスがあり、イギリスにもサンドウィッチがあります。いわゆる機内食も「お弁当」というカテゴリーに入るかもしれません。ただ、入っているものがすべてきっちりと収まってくれる日本のお弁当の感覚は、懐かしさや楽しさ、つくってくれた人の顔が思い浮かぶ、ワクワクする玉手箱なのかもしれないなと思いました。
日本のお弁当には家族といった親しい人がつくるというイメージもあるから、盛り付けやおかずの選び方に、その人との関係性があらわれるのかも。それは、お弁当の料理の国が変わっても同じで、今回のお弁当は「本山さんと世界の関係性」と言えるのかもしれないと思いました。とても楽しかったです、ありがとうございました!
世界の料理、レトルトでも楽しめます。
当初は「弁当の見た目で世界の食文化が分かるとおもしろそう」という動機でしたが、想像以上に食を通してその国の歴史を知ることができました。日本食でも同じ。料理は食べられる教科書と言えるのかもしれません。
本山さんが196カ国のレシピ本の著者ということはすでに書いた通りですが、現在のおもなお仕事、実はレトルト製造業。今回も登場したフランスの『コック・オ・ヴァン』にブラジルの『フェイジョアーダ』も食べられます(それこそ馬場さんの書かれた記事に詳しいです)。
本山尚義
ライツ社
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