特集 2021年3月22日

全裸の集団が野外を行進! 〜ドイツの田舎で体験した奇想天外なサウナ

私の暮らすドイツには日本のような温泉や銭湯はない。その代わりに、サウナがある。

サウナ施設によっては浴槽もあるのだが、どこへ行っても温水プールみたいなぬるいお湯ばかりで、お風呂好き人種の日本人である私にはどうも物足りない。そんな訳で温泉や銭湯の代わりに最初は仕方なく入っていたサウナだが、回数を重ねるうちにハマりにハマって、今やもうドイツサウナのとりこである。

ドイツに移り住んで、早11年。今までいろんなサウナに入ってきたが、たびたび思い出しては「あれは夢だったのでは」と思う、忘れられないサウナ体験がある。

それはブランデンブルク州の田舎で体験した、ブルータル・アウフグースとペーターの思い出だ。

1986年東京生まれ。ベルリン在住のイラストレーター兼日英翻訳者。サウジアラビアに住んでいたことがある。好きなものは米と言語。

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> 個人サイト words and pictures

初めての一人旅

3年前、自転車で一人旅に出かけたことがある。去年デイリーポータルの新人賞に応募した「和牛のナオコ」の記事にも書いたことのある、思い出深い旅である。

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真ん中の白い部分がベルリンで、それを囲むピンクの部分がブランデンブルク州。点線が私が走ったルートである(合計1,100キロほど)

初めての一人旅で目指した先は、旧東ドイツのブランデンブルク州。州の大部分が平地なので、自転車旅行初心者にはもってこいの場所である。

面積は関東地方より少し小さいぐらいだが、人口はわずか250万人と人口密度がとても低く、旅の途中はほとんど人に会わない日もあった。

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34日間かけてブランデンブルク州をぐるりと一周する旅。知り合いに紹介してもらった人の家に泊めてもらったり、地元の宿に泊まったりしながら旅をした。本当に色々な人にお世話になった旅だった。

田舎のど真ん中のオアシス

そんな風に毎日のように移動を続けていたのだが、出発から約4週間が過ぎ、旅行も残すところ数日だった頃、体力的にも精神的にもかなり疲れが出てきた。

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そんなある日、ルートを決めるために地図を眺めていると近くにサウナがあることに気づいた。近く、と言っても25キロ程の回り道だったので少し悩んだが、体が癒しを欲していたので、えんやこら自転車を走らせた。

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羊や牛が放牧しているエルベ川の土手を走り、バート・ヴィルズナック(Bad Wilsnack)という小さな町へ向かった。

土手を離れて森を抜けたと思ったら、いきなりオアシスのようにサウナが現れた。辿り着いたのは、ちょっとした遊園地ぐらいのサイズのドイツのスーパー銭湯である。

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さっそく中に入り、受付でタオルを借り、入場用のリストバンドをもらった。ここは10種類以上のサウナに加え、温水プールや塩水プール、屋外スペースやレストランもある大規模な施設であるようだった。

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とりあえず常連のおじさんたちに勧められた塩水プールに入った後、お目当てのサウナエリアへと進む。

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だがおっと、ここはドイツである。

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そう、ドイツのサウナは全面的に全裸・混浴なのである。だが施設によってなぜかプールは要水着エリアであるところも多いので、合理的なんだかそうじゃないのか謎である。

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「残酷なアウフグース」

裸になったところでサウナエリアをチェックする。屋内にあるサウナルームに加えて、屋外に「サウナ村」があり、そこにはいろんなタイプや温度のサウナ小屋や……

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十勝平野を思わせる草原に面した、開放的な休憩エリアがあった。

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まさに田舎のど真ん中のオアシスである。

その日は平日だったこともあって比較的空いていて、ああ、25キロ走った甲斐があった、と心から思った。

さて、どのサウナに入ろうか。迷っていると、ちょうどいいところに「アウフグース」のスケジュール表がかかっていた。

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「アウフグース」とはドイツ語で「水をかける」という意味で、アロマオイルの入った水を焼けた石にかけることを言う。フィンランド式サウナの「ロウリュ」と似ているが、ドイツのアウフグースでは水をかけた後タオルなどで蒸気を回し、ロウリュよりイベントっぽい要素がある。

アウフグースは大体10分前後で、水を石にかけてタオルで蒸気を送る、というセットを3回ほど行う。蒸気とともにサウナ内の温度が一気に上がり、短時間で汗がブワーっと出るのが気持ちよい。

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サウナ施設によって香りやサービスにバリエーションなどもあり、好みのアウフグースを選ぶのもなかなか楽しいものである。

アウフグースのスケジュール表を見ていると、なんだか変わったアウフグースがあった。その名も……

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ブルータル(Brutal)はドイツで「残酷な、容赦のない」などという意味だ。残酷なアウフグース。なんだか恐ろしそうだ。

ちょうど5分ほどで始まるそうなので、怖いもの見たさに狩られた私はブルータル・アウフグースが行われる屋内のサウナルームへ急いで向かった。

ザウナマイスター、ペーターの登場

ブルータル・アウフグースが行われるサウナ内は、すでに参加者でいっぱいだった。どうやら人気のアウフグースのようだ。

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平日のお昼時をということもあって、サウナはおじいちゃんおばあちゃんでいっぱいだった。

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「残酷なアウフグース」というぐらいだから相当熱くなりそうなので、上から二段目に落ち着いた。そして少しするとドアが閉まり、ザウナマイスターであるペーターが現れ、ブルータル・アウフグースが始まった。

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通常サウナ内では私語が禁止で、アウフグースの間も目をつむって静かに蒸気を楽しむ人が多い。

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が、ブルータル・アウフグースは私語どころか、初っ端からペーターのトークショーのようであった。

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参加者も常連っぽく、自由にリアクションをしていた。

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ブルータル・アウフグースは、通常の神妙とした雰囲気ではなく、ワイワイと楽しむ感じの陽気なイベントであった。

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裸のパレード

と、アウフグースを楽しんでいたのもつかの間、ペーターから指示があった。

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みんな裸のまま、屋外のサウナエリアへ誘導されて行った。

先ほどのメルヘンな屋外のサウナ村へ着くと、ペーターがこう言った。

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30人ほどの真っ裸のおじいちゃんおばあちゃん達と、私。一瞬戸惑ったが、みんなが歩き始めたので、私もついていった。

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気が進まなさそうで、列から抜けようとした人はペーターに怒られていた。

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ペーターに怒られたくないので、みんなと周りを行進した。他のお客さんにも見られながら、最初は恥ずかしくてモジモジしていたが、不思議と色々どうでも良くなっていった。

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行進が終わる頃には、楽しいと思える余裕も出てきた。

ペーターのフィナーレ

水分補給をしたら、ブルータル・アウフグースの後半が始まった。そう、このアウフグースは休憩を挟んだ合計25分のプログラムなのであった。

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そしてアウフグースの後半も終盤に差し掛かった時、ペーターが真剣な顔でこう言った。

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ペーターが最後の水を石にかけた瞬間、かけ声と共にサウナ中が湧き上がり、手拍子に合わせてペーターがタオルを回しながらサウナ内を走り始めた。

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もうこれはサウナではなく、ペーターのワンマンショーだった。そしてスターであるペーターに、私たち観客は声援を送っていた。

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あっけにとられているる間にフィナーレが終わり、おじいちゃんおばあちゃん達はサウナを出て、次の目的地へと散って行った。

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私はと言うと、ショックでしばらくの間放心状態で草原の中の休憩エリアで横になっていた。

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裸で草原を見つめながら、何かが吹っ切れた。一瞬、これから先、なんでもできるような気が湧いてきた。

ペーターのおかげで元気になった私は、その日泊まる宿のある町へと向かった。

その町には中華レストランがあり、その夜は久々に米にありつくことができた。体も心も癒された、この上なく幸せな一日であった。

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もう一度行ってみたい幻のサウナ

あれから3年が経ったが、後にも先にもあんなアウフグースには出会ったことがない。ペーターのブルータル・アウフグースは、私の中の幻のサウナ体験である。

また旅行ができるようになったら、ペーターが健在かどうかぜひ確かめに行きたいものである。

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