ハンバーガーは佐世保の生活史の1つ
名物としての佐世保のハンバーガーにやや食傷気味だったわたしは、日常食としてのハンバーガーについて日記をしたためた。これはわたしだけでなく、佐世保に住むだれかの日常でもある。時にはマックやモスバーガー、時には馴染みのバーガーショップ、時には県外からのゲストをもてなすため普段行かないバーガー屋へ足を運ぶ。名物の楽しみ方はやはり地元人の方が持ち札が多いのだ。それが、佐世保ではハンバーガーだっただけの話だ。
名物でも日常のなかにあればただの愛しい食べもの。
人生の半分ほどを佐世保で過ごしている。そしてさらにその半分くらいは、「佐世保といえばハンバーガーだよね」という他県の方々からのコメントに真顔で「はい」と返事をすることに費やされている。
名物だろうがなかろうが、ハンバーガーは美味い。なんでもない日々の暮らしの中でハンバーガーを食べたくなる瞬間はきっと誰にでもあるだろう。ラーメンみたいなもので。
なんでもない日々を過ごしながら食べるハンバーガーの日記、5日分をしたためました。
編集部より:
この記事は連載企画「佐世保ハンバーガー日記」を1本にまとめたものです。
どこかの地域の「名物」は、地元民にとってどのような存在であるのだろうとふと考える。
長崎県佐世保市の名物として代表的なのは佐世保バーガーで、かれこれ20年くらい盛り上がり続けている。
米軍基地が置かれた佐世保が受けたアメリカ文化の1つ、佐世保バーガー。米軍関係者から直接レシピが伝えられたのが始まりとされ、駐留アメリカ人向けに販売されていたのが日本人向けにアレンジされ佐世保各地で広く親しまれるようになったそうだ。
佐世保バーガーの名は特定のハンバーガーを指すのではなくあくまで総称。定義として挙げられるのはオーダーを受けてから手作りすることだ。作り置きなし、出来たて焼きたてが原則なのだ。
でかい、うまい、というわけで佐世保バーガーが食べられるお店もざっくり30店舗ほどに増えた。多いように感じるが、ハンバーガー専門店に加え、カフェや老舗の喫茶店がひっそりと出していたりする。「えっ、ハンバーガー、あったんだ」と小さく驚くことも多々ある。
個人的には大きくヤッタァとありがたがることは少ないけれど、「身体がわんぱくになるものが食べたい」スイッチが入ったとき無性に食べたくなるときがあるのだ。それはもうラーメンのように。
66歳になるお義母さんが学生のころに食べていた味があった。昭和26年創業の「ハンバーガーショップ ヒカリ」だ。
本店に行きたかったが、この日は残念ながら店休日。それならばと、支店である佐世保港近くのショッピング施設内にあるさせぼ五番街店に行くことにした(ヒカリは本店とさせぼ五番街店の2店舗ある)。
大きく【学生に人気!】と書かれたジャンボチキンスペシャルバーガーを注文したが品切れだった。
仕方がないのでスペシャルバーガーとポテトのLサイズを注文した。ヒカリをはじめ、オーダーを受けてから鉄板でバンズやらパティやら焼き始める佐世保バーガー店では、提供まで最低5分はかかる。なんとなくぶらっとすることにした。
店舗の目の前は港だ。フェリーやら海上自衛隊の巡視船やらが停泊している。コロナになる前は、マンション並みにデカい客船もバンバンきていた。
港沿いを歩く。わたしは、こじんまりとしていながら情報量の多いこの景色が好きだ。
ローカルで小ぶりなエネルギーに心地よさを感じつつ、そろそろハンバーガーができる時間になったので「ヒカリ」に戻った。
天気がいいので、外で食べてやろうという気分になった。人気のないあたりのベンチに腰掛け、がさがさと袋をさぐる。
ハンバーガーの包装紙にも手書きのロゴが。「ヒ」の曲線のフリーハンドっぷりがたまらない。ポテトの袋がやたら攻めてる感じだ。
あぁ佐世保っぽい味がする、と思った。佐世保っぽいというのは、甘いマヨネーズだ。甘いマヨネーズと厚切りチーズの酸味、コショウの効いたパティのコラボが身体をわんぱくにさせる。そりゃ美味しいさ。そんな組み合わせ。とても夢がある。
ハンバーガーを食べながら海を見つめ、わたしは「うまい」と誰に言うでもなくつぶやいたのだった。
ばたばたと佐世保市役所に来た。
身の回りのあれこれを済ませ、心も体もぱきっとなったところでお腹が空いた。そうだ、ハンバーガーを食べよう。
窓口でもらった2時間分の駐車サービス券を有効に活用してやろうじゃないかと、市役所から徒歩1分ほどにあるお店へ向かった。
「Esu and Kei.(エスアンドケイ)」は、1998年から続く。佐世保のバーガー店としては老舗だ。創業当初からのロングセラー「Roy’sバーガー」を食べた。
中身の話をする前に、バンズ(このお店ではマフィンとなっているが、バンズで統一)について特筆させてほしい。バンズは創業当初からの製法を現オーナーの奥様が受け継ぎ、毎日自家製でつくっているのだ。ハード系のパンが大好きな部類のわたしだが、一口齧った瞬間のカリッとした音には参った。なんというクリスピーな音と歯ごたえ。最高じゃないか。
オリジナルのスパイシーなミートソースはパプリカの風味を効かせつつ素材ぎっしりだ。クリームチーズとは出逢うべくして出逢ってしまったんだろう。市役所のあとの現実感から、シームレスにうまいへと繋げてくれるのでびっくりしている。誰かとケンカ中、口に突っ込まれたら何もかもを許してしまうだろう。要はうまい。
そんな二人を、ほどよくジューシーなパティは「お前らって、ずるいよな。」と言いながら見守るんだ。いやほんとずるいよ。でも大丈夫、彼はとてもいい男。十分にジューシーなのだ。
なお、市役所から徒歩5分もかからない木場田・万徳町エリアでは「ミサロッソ」も人気だ。
市役所と元商店街のエリアに静かにたたずむハンバーガー店では、日常食的な味わい方ができたように思う。市役所の駐車場へと戻る途中、気持ちがうまいから現実へとじわじわと戻っていく。さすがにシームレスにはいかなかったか。やはり食べ物ってすごいな。
仕事帰り、お腹が空いたので四ヶ町アーケードへ寄り道することにした。
佐世保には直線距離としては日本一の長さを誇るアーケード街がある。三ヶ町商店街と四ヶ町商店街という、二つの商店街がアーケードで連続で繋がっているのだ。全長960mある。
最近「さるくシティ4〇3アーケード」と名前がついたけど、まだ馴染みがあるのは「三ヶ町」か「四ヶ町」で、時と場合によって入口にも出口にもなる。
国道沿いにあるのでとてもわかりやすいし、ボーっとまっすぐ歩いているだけで市役所に到着する。 佐世保のランドマークのひとつだ。
わたしのお目当てはマクドナルドである。
正直に話すが、わたしの頭の中にはポテトのことしかなかった。基本的にはマクドナルドのポテトはいつでも食べたいと思っている。
Lサイズを食べている時間はなかったので、Mサイズを注文しチーズバーガーで満足度を底上げする作戦を取った。
わたしはハンバーガーの方が少し、早く食べることができるのだ。
余談だが、数年前に縁あって米軍基地内のマクドナルドやハンバーガーショップで食事をする機会があった。クォーターパウンダーのダブルサイズがあったことに本場アメリカの風を感じた。
ごちそうさまでした。
うっかり間食してしまったのでしっかり歩こうと思う。
アーケード出口付近では、車で迎えに来てくれた夫が待っていた。わたしは結局、夕飯前にマクドナルドを食べてしまったことを言い出すことができないまま夕飯も食べてしまい、お腹がぱんぱんになってしまった。
「伽倻」との付き合いは、かれこれ高校生の頃に遡る。今でも縁がある、仲の良い女友達に誘われたのがきっかけだった。
「お腹空いた。伽倻(以下:カヤ)買ってウチで食べようよ」。まるで近所の駄菓子屋に行くかのようなノリで彼女は言った。
「カヤって何屋さんなの?」と聞くと、「知らないの!?ハンバーガー屋だよ。とっても美味しいんだよ。“伽倻”って書くの」と、漢字まで教えてくれた。これぞ、記事のタイトルでよくある“地元民が教える!”という声高なやつである。が、わたしは地元民なので、“地元民が地元民に教える!”となるわけで、とてもひっそりとしているのである。
女友達に初めて教えてもらったカヤの味は、わたしののちの定番となった。県外に住んでいたとき無性に恋しくなり、帰省しては食べていた。その女友達とは、互いに子どもを持つ身になり、年に数回ではあるけれどふとしたきっかけで言葉を交わす。どちらも腐れ縁なのだ。
今日は、カヤが食べたくなったので、カヤのために外出をする。20分ほど、車を走らせる。何かのついでではなく、カヤのために。
到着した。注文カウンターへ行き、わたしの定番の味「チキンかつれつバーガー」、ノーマルなハンバーガー、そしてポテトを注文する。普段はチキンかつれつバーガー一択なのだが、食べ比べてみたくなったのだ。
「30分ほどお待ちいただきますが。」と、とても普段から言い慣れているようすでスタッフの女性から返された。
しまったそうだった。平日でも昼ご飯時だと、混雑してスムーズに買えたためしがなかったのだった。あらかじめ電話予約をしておくべきだった。
ちょろっと買い物をし、少し通りをうろうろすることにした。
イオンで買い物を済ませたあと、「TRIAL(トライアル)」へ。
福岡に本社を置き、全国264店舗、九州100店舗を展開するディスカウントショップだ。ボリュームのあるお弁当コーナーがやたらと充実しているのだ。
この近辺は、商社に町工場など、働く人たちが多いエリアなのだ。ちょうど、カヤとイオン、トライアルを結ぶ道沿いにも転々としている。よって、カヤまでの道のりに観光的要素は一切ない。
観光客たちのモチベーションは、まさに「カヤだけ」なのだ。そう考えると目の前を通っている道路が、ものすごい吸引力と地元民の推しだけで動き続ける空港のオートウォーク(歩くエスカレーター)のように見えてくる。
比較的長い時間つぶしのあと、バーガーを受け取って帰宅した。イートインスペースは人がいっぱいで座れなかったのだ。
おやきをモチーフにして焼かれたというふわふわのバンズが帽子のようだ。「アメリカはここにあるか?」と聞かれると、「いや、Stamina本舗ならあるがね」と答えたくなるほどオリジナリティにあふれている。一般的な佐世保バーガーのイメージとはまた違う、これまたローカルな印象を受ける。そして何より、ノーマルででかいのだ。
キッチンスケールで測ってみると、重さが370gあった。数字で見ると改めて重いよねと感じる。18年間愛し続けてきたずっしり感は370gだったのだ。
揚げ物が挟んであるのに、不思議と胃に負担がかからない。鶏肉の脂が上質なのか、ぴりっとした生玉ねぎのアクセントのおかげなのか。やや甘めのオリジナルソースはごまの香りをふんわり添えて。やはり佐世保のハンバーガーは甘さがキーなのか。うまく具材をまるっとまとめてくれる。そんなわけで、客観的に見ると胃袋がバグってるなあと思えるほどガツガツいけてしまう。
高校生の頃、女友達に誘われて「伽倻」へ初めて行ったあの日、チキンかつれつバーガーと皮付きポテトを二人分買って、2km先の高台にある彼女の家まで30分以上かけて登った。極限の腹ペコ状態であったにも関わらず、わたしたちは完食することができなかったのだ。
怖いものなんてなかったあの頃に経験した挫折の1つ、「伽倻」。ノーマルなボリュームでありながら、18年経った今もやはり敵わないのであった。
この日はやたらとソワソワしていた。連作の映画をボーッと観たかと思えば普段は観ない子ども向け動画を子と一緒になって超真剣に観たり、とにかく落ち着かなかった。
父を「ブルースカイ」に誘ったのである。
1953年創業、佐世保の中でも古い歴史を持つハンバーガー店「ブルースカイ」。佐世保バーガーの草分け的存在と呼ばれる店だ。夜8時から深夜2時までの営業スタイルは長年崩すことなく、店頭のネオンは夜の街に輝き続けている。
父は以前常連だったらしく、仕事帰りや飲み会の度に足繫く通っていたという。せっかくなので、一緒に行ってみようと考えた。
父とブルースカイにやってきた。
5〜6人は座れそうなカウンター席が店の奥に伸びている。
「いらっしゃい。奥からつめて。」とカウンター越しに立つ女性の店主が素に近い声色で言う。その姿は、色々な地元民から伺っていた通り、佐世保バーガー然とした観光客ウェルカムな雰囲気とは一線を画すものだ。何かの小説で読んだ、主人公が海外旅行先で入った地元人だらけのバーの描写を思い出す。
手書きのメニュー表を見て、意外とバリエーション豊富なことに驚き、目線を上下せわしなく動かす。
沈黙に耐え切れずおすすめを父に尋ねると、「チーズエッグバーガーの美味しかよ!」と返ってきた。よし、わたしそれにする。
「それ、違う。逆。」
手を添えると真っ先に突っ込まれた。持ち方が違うそうだ。
一番上に見えているのは底の部分。そこに両手の親指を添えて残りの指を下のバンズに回し、ガッチリと掴んでくるっと起こす。上島竜兵の「くるりんぱ」の「くる」までのイメージだ。
「指が開いてる。具材が落ちないように、下の方をしっかり持って」と店主からのレクチャーを受ける。
「そうそう。」
やっと持ち方が安定すると、店主が微笑んだ。おお、うれしい。綾波レイが一瞬よぎった。具材がこぼれないように必死にかぶりつく。焼きたてのパティがとてもジューシーだ。しかし、みずみずしい野菜ゾーンに突入してからが本領発揮している。それぞれの具材が長所を出しつつ、こびていない。良い意味で突き放してくる、アメリカンな味だ。声高らかに「パティが、バンズが・・」と述べるのがとても野暮なことのように思える。言葉はいらないのだ。けれど、思ったことは伝えねばと思い、店主に「美味しいです。」と伝えた。店主は「そうですか。」と応えた。
わたしが食事を終えたので、テイクアウト用の袋を受け取って店を出た。
「また来ます」と親子ばらばらに店主に声を掛けて。
ブルースカイ
フワッとしたバンズ、パティ、フレッシュでやや厚切りの生玉ねぎとトマトでさっぱりとした味わい。味付けはケチャップとブラックペッパー、マヨネーズと至ってシンプル。逆さに持ってクルッとひっくり返して食べるのがブルースカイ流だ。具材がこぼれ落ちないように、指をギュッと揃えるのをお忘れなく。汁はOK。
名物としての佐世保のハンバーガーにやや食傷気味だったわたしは、日常食としてのハンバーガーについて日記をしたためた。これはわたしだけでなく、佐世保に住むだれかの日常でもある。時にはマックやモスバーガー、時には馴染みのバーガーショップ、時には県外からのゲストをもてなすため普段行かないバーガー屋へ足を運ぶ。名物の楽しみ方はやはり地元人の方が持ち札が多いのだ。それが、佐世保ではハンバーガーだっただけの話だ。
名物でも日常のなかにあればただの愛しい食べもの。
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