読み方は「かいばら」である
まず、7月30日に日本最高気温を記録した際にも話題になったが、柏原は「かいばら」と読む。場所はここ。
兵庫県の東側、神戸よりも京都の福知山などに近い。このあたりは、丹波篠山、朝来(あさご)、養父(やぶ)といった町が盆地ごとにあるという感じになっていて、柏原もそんな町のひとつだ。
と、偉そうに柏原の地理を語る僕も、このたびの日本最高気温の記録がニュースになるまで、兵庫県の柏原という町のことはまったく知らなかった。
実際に日本最高気温を叩き出した柏原で、無人気象観測を行っている施設のアメダス(地域気象観測システム)に行ってみた。
この敷地のすぐ横には、柏原川という川がながれており、木陰だと涼しいぐらいの場所だったけれど、7月30日はまさにこの場所の気温が41.2℃まであがった……。ということになる。
なお、現在の日本最高気温ランキングは、こちら。
この記録をみると、1位〜4位までの5か所全てが2025年の記録で、柏原は現在4位となっている。
1933年7月25日の40.8℃で、74年間もの間日本最高気温の座を守り続けた山形もすごいが、2000年代になると堰を切ったように、特に2018年以降、最高気温の記録がボコボコ打ち立てられているのもすごい。
柏原ってどんな町?
さて、この柏原という町はいったいどんな町なんだろう?
JR柏原駅は普通のJR駅の駅舎とはちょっと違う雰囲気があり「えっ」となったが、これは1990年の花博で使われた「山の駅」という建物を移設したものらしい。
万博のために作った建物を移設して活用するのはSDGSですばらしい取り組みだが、今やってる万博の大屋根リングもつくばの粒子加速器みたいにして保存すればいいのに……などと考えつつ、駅横にある看板を確認する。
まず「織田家ゆかりの城下町」とある。織田家というのは、あの織田信長の織田家だろうか。歴史に疎いので、柏原が織田家とどうゆかりがあるのかさっぱりわからない。
さらに謎なのが「田ステ女記念館」という記念館である。田ステ女がわからない。有名な女子校とかだろうか?
そしてめちゃくちゃでかい木に「木の根橋」と書いてある。木ではなく、木の根橋というのはそういう橋の名前なのか?
と、柏原に関する知識がなさすぎて看板の案内がちんぷんかんぷんだ。こういう場合は、直接その場所に行って見てみるのが早い。
「田ステ女」の謎が氷解
というわけで、柏原歴史民俗資料館にやってきた。
田ステ女(でんすてじょ)は、どうやら女学校とかではなく、人の名前らしい。
田ステ女記念館に展示されていた略歴をみると、田ステ女は柏原の名家、田家の出身で江戸時代に「元禄の四俳女」の一人として活躍していた俳人であるということがわかった。
わかってしまえばなんてことない。
田は名字(めずらしいけど)、そしてステというのは漢字で書くと捨だが、これは様々な事情で子供を一度「捨てた」ことにして、それをまた「拾って」育てるという意味でよく名付けられた縁起の良い名前らしい。
女は女性歌人につける尊称で、本名は「田ステ」ということになる。
俳人の系図によると、田ステ女は松尾芭蕉より11歳ほど年上であるものの、同じ季吟(北村季吟・きたむらきぎん)という俳人の弟子だったとされている。つまり芭蕉と同門の俳人ということになる。
さらに、経歴をまとめたパネルを読むと
“六才の時には「雪の朝 二の字二の字の 下駄のあと」の句を詠んだと伝えられています”
とある。
そこで思わず「あーっ、あの俳句ね! 知ってる!」となった。
件の俳句については、ステ女が詠んだかどうかあやしいという資料もあるものの「そう伝えられている」というものであることでひとつよろしくお願いしたい。

