変化はするが、感情や体調はちょっと違う
感情や体調も変わりうるものだから違和感なく示せるかと思ったが、
ただ主張のしかたが独特な人になっただけだった。
避難訓練のとき、参加者が「救護」「負傷者」などの文字が入ったビブスを身に着けていた。その人の役割が一目でわかって便利なのだ。
これを着けるとなんでもただの「役割」に見えるんじゃないか?当たり前のことをビブスで積極的に示していこう!
さっそく、A4の紙が入るポケット付きのビブスを買った。
Amazonで買う前に、スポーツ用のビブスにビニールを縫い付け紙を入れよう!と考えてスポーツ用品店に行った。
店員さんに「ビブスありますか?」と聞いたら「ゲームする感じですか?」と聞かれ、「そんなところです!」と答えた。人に役割を与えるという点ではロールプレイングゲームであり、人生そのものもゲームのようなものなので。
結局Amazonが本格的なものを翌日に届けてくれるというのでそれに甘えた。ありがたい!業務用グッズファンとしては、こういうのを気軽に買えるのがとてもうれしい。撮影を終えたらパジャマにでもしようかな。
とりあえず、身近にいる母に着てもらうことにした。
普通に家事をしているだけなのに、「親子における皿洗いの効率実験」みたいに見える。
あとビブスがゴワゴワしていてめちゃくちゃ洗いにくかった。実験だとしたらビブスのせいで明らかに効率が落ちている。
ちょうど友達と出かける予定があったので、ついでにちょっと着てみてもらうことにした。
物心ついたときから仲の良い友達なのに、ビブスを着たら突然ハリボテっぽくなってしまった。本当は友達ではない私のために「友達」としての役割を楽しげなピースで演じてくれているようにも見える。
なんだか全部の「友達」にカギカッコがついているようで、ちょっと切なくなった。かつて初対面の人を友だちにしたときは楽しかったが(そのときの記事はこちら)、本物の幼なじみが嘘に見えるのは切ない。
相手だけが着ているのを見るのは切なかったけど、同時に着ると楽しい!
着るのが片方だけだと私のために「友達」を演じてくれているように見えたが、同時に着ると「友達同士」を周囲に示しているように見える。「友達ですよ!」と示すベクトルの向きが揃うから楽しくなるのだ。思わぬ気づきが得られてうれしい。
そしてこの日のメインイベントは、共通の友達が出演するコンサートを観に行くこと!
本当はこの格好のまま客席に座りたいところだったが、何らかの訓練と間違われるといけないのでやめておいた。
終演後のロビーで友人をねぎらいつつ、観客ビブスで写真を撮りたい旨を伝えたが、「オッケー!」と記事の掲載まですんなり快諾してくれた。話が早すぎる。
観客になることはある意味今日の「役割」なので、親や友達に比べたらあまり違和感がない。「友達」を着ていたらもっと奇妙な写真になっていたかもしれないな。
普段全く意識していないが、「歩行者」というのも役割なのかもしれない。ちょうどいい小道を見つけたので歩いてみることにした。
そりゃそうだ!道を歩いているんだもの。
そりゃそうだからこそ、ビブスでわかりやすく示すだけで面白くなる。
歩行者のときは当たり前だ!と面白く思ったけど、「人間」とわざわざ示されると急に疑ってしまって怖い。「人間のフリをした何か」なんじゃないか?
怪しい動きをするともっと怖い。急に手足が増えたりそのまま飛び立ったりするおそれがある。
人間であることを大前提としたうえで「歩行者」と示すのはわかるが、その大前提を改めて示されると動揺してしまうのかもしれない。
このビブスは常識を根底から覆しうるパワーを秘めている。
ビブスは「変わりうるもの」としての役割を示すから、めったに変化しない「親」「友達」「人間」を着たときの違和感が大きいんだと納得した。「歩行者」「観客」はずっとそうであるとは限らないもんな。
「木」というビブスを着けた木や「犬」というビブスをつけた犬に会ったら、正体は全く違う”何か”かもしれないのですぐに逃げましょう!
感情や体調も変わりうるものだから違和感なく示せるかと思ったが、
ただ主張のしかたが独特な人になっただけだった。
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