「立春朝搾り」とは
地元石神井公園の商店街に「伊勢屋鈴木商店」という酒屋があります。店先にテーブルとベンチが置いてあって、そこで買ったものを飲み食いできる、いわゆる「角打ち」ができるうえ、女将さんがお酒のことにとても詳しく、いろいろとおもしろいお酒が飲めたりするので、よく顔を出しています。
そんな伊勢屋で「立春朝搾り」の予約が始まりだすと、そろそろ春も近いな、なんて感じるんですよね。
ところで、立春朝搾りとは何か? 僕もその存在を知った数年前は「そういう銘柄のお酒があるんだな」なんてぼんやりと考えていたのですが、そういうことではありません。
詳しくは「日本名門酒会」の下記ページで丁寧に説明されているのでご覧ください。
立春朝搾りってどんなお酒?
簡単に説明すると、
・立春(今年は2月3日)の前夜から一晩中もろみを搾り続け、立春の日の早朝に搾りあがる生原酒のこと
・そのお酒を日本名門酒会が「立春朝搾り」と名づけ、現在全国44の酒蔵が参加し、それぞれに作っている
・通常のように全国出荷されるわけではなく、その日のうちに近郊の酒屋が直接蔵へ行って運び出し、それを各店で販売する
・つまり、朝に搾られたお酒が早ければその日のうちに飲めてしまうという、正真正銘フレッシュなお酒
・蔵元での出荷作業の合間には、近隣の神社の神主さんによるお祓いが行われる決まりがあり、そういう意味でも縁起の良いお酒
とまぁ、ざっとこんなところ。1年に一度だけ飲める、貴重で縁起の良いお酒ということですね。
昨年までは、お酒を受け取りにいく酒屋の関係者が早朝から蔵に集まり、出荷作業を手伝ったり、みんなでふるまいの朝ごはんを食べたりというのが通例だったのだそうですが、今年はコロナの関係でそういうことができません。蔵元ですべての作業が終わったあと、各酒店が受け取りに行くのみ。女将さんもそのことをとても寂しいと言っていたのですが、「ただ、テレビの取材は入るみたいですよ」とも言っていました。
「ならば邪魔にならないよう、僕も取材ができないですかね〜? 」
「それは蔵元さんも日本名門酒会さんも喜ばれると思いますよ!」
伊勢屋さんが毎年立春朝搾りを仕入れている「天覧山」の蔵元「五十嵐酒造」さんには、以前もおじゃましたことがあり、社長とも面識があります。ダメ元で連絡をしてみると「ぜひ!」とのこと。しかもなんと、「そういうことなら、サンプル用のお酒も用意しますよ」というありがたすぎるお言葉も。
やった! ということは、貴重な立春朝搾り出荷の朝の様子を取材できるうえ、もしかして一般人としてはかなり早く、お酒の味見ができる!? 酒好きとしてはこのうえなく光栄ですよ、そんなの!
というわけで立春の朝、僕は始発に乗って、埼玉県飯能市にある五十嵐酒造へと向かいました。
立春の朝、「天覧山」蔵元へ
この始発に乗るのは、僕がデイリーポータルZで初めて記事を書かせてもらって以来だな。
まだ空は真っ暗。蔵元へは駅から歩いて15分ほど。キーンと寒い明け方の道をずんずん歩きます。
関係者のみなさん、そして聞いていたTV取材の邪魔にならないよう、遠巻きに見学させてもらいました。
それにしても、このお祓いの様子がギリギリ見られたのも幸運だったな。酒のありがたみもよりアップするってもんです。
それもそのはず。この日に出荷される天覧山の立春朝搾りは、4合瓶で5500本。つまり、720ml×5500=3960リットル! う〜ん、もはや想像がつきません。
そんな作業を夜通し行うのだから、蔵元にとっては一大イベント。おのずと、全国的にも1年でいちばんお酒が売れるのが、この立春の日なんだとか。
裏手から河川敷へと降りていくことができるという素晴らしいシチュエーションにあるのがまた素敵。
貴重な現場を実際に見学
さらにさらに! 社長さんのご好意で、実際にお酒が搾られているところも見学させてもらえることになりました。お忙しいところ恐縮すぎますが……。
一歩足を踏み入れたとたん、うっとりするような日本酒の香りに包みこまれます。
もうほとんど搾り終わってしまったところらしいですが、それでもポタポタと先端から日本酒が。
佐瀬式は昔ながらの方法で上から圧をかける「槽(ふね)搾り」という方式で、若干にごったお酒になる。薮田式は両側から圧力を加えて搾る自動圧搾ろ過機で、より透明なお酒になる。それらをタンクで合わせることで、天覧山独特の薄にごりのお酒になるのだそうです。純米吟醸の無濾過生原酒のため香りが強いのも、天覧山の立春朝搾りの特徴。
五十嵐社長、お忙しいところ貴重なお話をありがとうございました。
いよいよ飲みます
さて、こんな日に僕のような者があんまり酒蔵をちょろちょろしているわけにはいきませんし、無事サンプルのお酒もいただけました。そろそろ失礼することにして、いったんさっきの河川敷へ降りてみると、
というわけで、
真うしろの蔵で搾られたばかりの立春朝搾りを、日の出とともに!
ちなみに、面倒なので詳細説明は省きますが、
で、そこにアウトドア用の簡易テーブルを入れておけば、もはや歩くリビング。いつでもどこでも、このように快適なマイスペースを作りだすことができます。
目の前に川、背後に酒蔵、真横から朝日。そんなシチュエーションで、
もちろん、できすぎたシチュエーションによるブーストもあるでしょう。が、それを抜きにしてもうますぎる。
香り高くうまみたっぷりなのに、しつこさはなくてスッキリともしている。ただ、そんな陳腐な言葉では表現しきれない圧倒的なすごみがあって、例えるならば「天上界にしか存在しないフルーツの果汁」のような……。いや、う〜ん、難しい。とにかく、お酒って本当に神秘的な液体ですね。
天覧山で朝食を
いや〜本当に、酒飲みとして貴重な経験をさせてもらいました。そして気づけばすっかり日が昇っている。そろそろ朝ごはんにしましょうかね。はい。お察しのとおり、ここからはいつものおまけです。
せっかく飯能に来たんだし、手元にはまだ天覧山の立春朝搾りが残っている。ならば、
今回取りあげたお酒の名前にもなっている天覧山は、飯能を象徴する山。とはいえ、山頂まで15分ほどで登れてしまうという気軽な山で、そのルートは散歩の延長といった程度。
というお得な山なんですね。
標高は低いながら山頂からの眺めはかなりのもの。いや〜気持ちいい。
そう、せっかくなので最高の朝ごはんを食べたいと、家からあれこれ準備してきていたのでした。
ではなく、
僕の大好きなアルミ鍋うどんをバーナーでグツグツと煮込み、これをポトリと落とせば、
本当、冬の朝に食べる玉子入りアルミ鍋うどんは至高だよなぁ……。
ここからはさらに、おまけのおまけ。
せっかくの縁起酒、徹底的に味わいつくしたいと思いまして、
いやこれがまた……なんの抵抗もなく体に染みわたる美味と栄養って感じで、素晴らしすぎました。
ありがとう立春朝搾り!
その日の午後、伊勢屋さんへ行ってみると、もちろん届いておりました。
まとめ
日本酒の世界には「青冴(あおざ)え」という言葉があるそうです。お酒がほんのりと青みがかった淡い黄色をしていることを現していて、これは新酒における最上の色なんだとか。
伊勢屋の女将さんいわく、今年の天覧山の立春朝搾りには、この青冴えが出てますね、とのこと。
立春朝搾りは貴重なお酒のため、予約販売が中心のお店が多いですが、まだまだ2月上旬、在庫が残っていることもぜんぜんあると思います。
年に一度の縁起酒。もし興味を持たれたらぜひ酒屋さんで探し、新鮮なうちに飲んでみてくださいね。
来年こそは僕も、出荷作業の手伝いができるといいな〜!