そういえば
正面を向いて話した時、江ノ島さんは長いことサッカーを習っていたのにテレビでサッカー見ない、という話をした。「今のパス良いとか、フォーメーションがどうとか分かっておもしろいんじゃないですか?」と聞いたら「なんだって、よくないですか?」と言っていた。すごい清々しさだった。
よくあるリモートの画面はみんな正面を向いていて、リアルで例えるなら机を挟んで向かい合っている状況である。
しかし、横並びで海でも見ながらの方がしゃべりやすい時があるのだ。あれをリモートで再現できないだろうか。
「リモート」という言葉もすっかり定着してなるべく人と会わない生活に慣れつつある今、僕の中で「ダベりたい」という欲求が大きくなっていることに気がついた。誰かとコンビニでアイスを買って駐車場のガードレールに腰掛けて食べたり、川の土手に座って遠くの少年野球を眺めたりしたいのだ。
「ダベる」の定義は無駄話をすること、なのでビデオ電話を使えばそれ自体はできる。でもビデオ通話の画面って、僕の思うダベる、とは全然違うのだ。
このお互いが正面を向いて話す様子って、リアルに置き換えたらテーブルを挟んで向かい合っている様子に近い。
これにプラスしてビデオ通話では自分の姿も見えるので、お互いが鏡を持っている状況である。
これが何かはちょっと今は置いておいて、僕のやりたいのはこっちなのだ。
横に並んで話すと、同じ目線で物が見られるしリラックスしできるので相手と親密になりやすい、と恋愛テクニックを紹介するサイトにも書いてあった。
恋愛をしたいわけではないがそういう説も背中を押してくれた。リモートで「ダベる」状況を再現できるかやってみよう。
「リモートで」「横並びで」「同じものを見ながら」しゃべるという状況を作るために考えたのがこちらである。
ビデオ通話をする端末を横に置いて、自分の横顔を映しつつ、相手の横顔が横にある、という状況にする。正面では同じ動画を同じタイミングで再生する。これでやってみよう。
さて誰とダベろうと考えて、以前一緒にお湯が沸いているところを見た、ライターの江ノ島さんに協力してもらった。
お互いパソコンとスマホをセットしたらダベりの始まりである。時間を区切って3種類の動画を試すことにした。最初は焚き火である。
「せーの」でこの動画を再生する。
再生してすぐ、動画に視覚と聴覚が吸い込まれながら隣から人の気配がする、という感覚があった。
(しばらく無言)
江ノ島:うわ…、トルーさんと焚き火見てるって感覚、ありますね…。
トルー:ありますね、いいなあ…
江ノ島:修学旅行の夜っぽいですね。焚き火まだ消えてないから見に行こうぜって。
トルー:始めてすぐ、これは良いってことが分かりましたね。
江ノ島:すごく良いです。すごく良いわ。…あー、バチバチしてる。
(またしばらく無言)
トルー:ビデオ通話ってみんな真正面になっちゃうじゃないですか。なんか圧迫感ある時があって。
江ノ島:ずっと視線を感じるんですね。
トルー:横っていうのは良いですね。
江ノ島:修学旅行の夜に寝ないでしゃべってる感じですね。
トルー:電気消した途端にしゃべりだすやつとかいましたもんね。見えないけどいる、っていう状態がしゃべりやすいのかもしれない。
江ノ島:「起きてる?」って。
トルー:「その確認で起きちゃったよ」っていうね。
やる前は「相手の姿を直接見ないのなら電話でもいいのでは?」と少し思っていたのだが、これは電話とは全然違う。相手のことを見ようと思ったら見られるし、相手からもそう、という条件があるだけで心持ちが全然違う。
ここでびっくりするようなカミングアウトがあったら、がっつり横を向いて江ノ島さんの横顔を見たと思う。ドラマでよくあるやつだ。
とにかく没入感がすごい。しかし、こんなに入り込んだ修学旅行の世界で突然現実が顔を出す場面もあった。
江ノ島:この動画3時間ありますね。3時間ずっと燃えてんのかな。
トルー:(再生バーにカーソルを合わせてサムネイルを見る)うん、最後まで燃えてますね。
トルー:…今見てる焚き火の未来が分かるの、わけわかんないですね。
江ノ島:急に現実だなって感じがしました。
余計なことをしてしまった。「3時間ずっと燃えてんのかな」に対する答えは「ねー…」だ。ダベるってそういうことだろう。
リモートでダベって分かったこと
次はこれを見た。
江ノ島:一人で海行ったことあります?
トルー:あー、ないかな。ないかもしれないです。
江ノ島:僕、けっこう行くんですよ。
トルー:何しに行くんですか? ただ見に行く?
江ノ島:一番最初に一人で行ったのは高校生の時で、その時こじらせてたからクリスマスに一人で海に行ったんですよ。社会に対するアンチテーゼを。
トルー:こじらせてますね。
江ノ島:行ったらカップルたちがイチャイチャしてて「うわー!」って叫んですぐ帰りましたね。
トルー:青春だ。
江ノ島:あと、ただ波をずーっと見てた時もありましたよ。それは大人になってから、なんか、(電話が鳴る)はいもしもし、お疲れ様です。あ、大丈夫です。はい、はい…。あー、今から分かるかな…。
そう、仕事の電話だ。気になる話を遮って仕事の電話がかかってきた。リアルでもそういうことってあると思うが、リモートでやるとパソコンが目の前にあるのである程度がっつり用事をこなせてしまう。
一緒に海を見ていたと思った友人が、一瞬で自室のパソコンの前にワープして難しい話をし始めた。これはこれで貴重な経験である。「ダベっていたら仕事の電話がかかってきたやつ」のリモートのやつだ。
リモートでダベって分かったこと
最後の動画に行く前に、ここでいつものリモートに戻してみる
別にふざけたわけではない。横並びから対面に戻した緊張感が確実にあった。
トルー:こうなるんですよね
江ノ島:こんにちはー
トルー:こんにちはー
江ノ島:僕の体、こんななんか、えー? すごいなんか、三角、えー? こんなですか? こんななんか、えー? すごい
確かに僕も自分の姿が見える、という不自然さは感じた。便利なのだが、無い方がリラックスして話せそうだ。
とにかく、特別話しづらい、ということもなかったが、自分の姿が見える違和感があった。相手の顔も常に見えていて処理する情報が多いので、良く言えば充実した、悪く言えば疲れるやりとりになりそうだなと思った。
あと無言の間を無理に埋めようとしたかもしれない。やはりダベるという感じではない。焚き火を見たかった。
いつものリモートをあらためてやって分かったこと
最後に見たのが、新幹線の車窓からの動画である。ダベるのにぴったりな動画が世の中にはたくさんある。
江ノ島:いいな…
トルー:これ良いですね。
江ノ島:トルーさんって絶対窓側に座りたい人ですか?
トルー:どちらかと言えば窓側に座りたいですよね。
江ノ島:僕も窓側が絶対いいですね。
江ノ島:うわー… どっか行きたいなー。行きたいとこないですか?
トルー:具体的にどこってわけじゃないんですけど、遠くに行きたいですね。
江ノ島:ただただ遠くに行きたいですよね。
トルー:分かる分かる。
江ノ島:遠くに行ってカプセルホテルかビジネスホテルに泊まって帰ってきたい…。いいなー…。どっか行きたい。…北海道行きたいんですよ。
トルー:何か見たいものがあるんですか?
江ノ島:寿司食べたいんです。
トルー:直球ですね。
江ノ島:うまいっていうじゃないですか。
トルー:うまいっていうよね。
(しばらく無言)
江ノ島:海外だと行きたいところありますか?
トルー:中国の重慶がすごいっていうじゃないですか。高層ビルが。
江ノ島:あー、見てみたいっちゃ見てみたいなー。僕、中国だと少林寺に行きたいんですよ。
トルー:少林寺って行けるんですか?
江ノ島:観光地っぽくなってるらしくて。
トルー:あれ、見られるんですかね。お寺の前が広場になってて、弟子が等間隔に並んで一斉に突きとかやるやつ。
江ノ島:ハッ!ハッ!ってやつですよね。…強くなりたい。
トルー:入門するんですか?
江ノ島:しないですけど。…どっか行きたいなー…。
(しばらく無言)
江ノ島:…こういうの、あるんですかね。
トルー:こういうの?
江ノ島:横で映しながら同じ動画見るっていうのは、娯楽として。そのくらい良いですね。なんかすごい、いい映画を見てる感じがします。
トルー:確かに、どの動画でもかなり良いですね。
他には台湾の話や、アメ横の話、刺身を塩で食べるのはアリかナシか、などの話をした。この企画通してそうなのだが、ダベっているわけなので会話に中身がない。書き起こしたものを読んでもらって「ダベっているなー」ということが確認できればいいと思う。
そして3本目で気が付いたのだが、動画によって会話のムードが全然違う。車窓の動画では5秒に1回「どっか行きたいなー…」とつぶやきながらしゃべっていた。そしてなんだか前向きで大人っぽい雰囲気があった。今までの動画と比較するとこんな感じである。
焚き火 落ち着いた気持ちになる。学生時代の話をした。
浜辺 夕日だったせいか、しんみりしたムードになった。話題もネガティブな感じだった。(しかし、それはそれで良かった)
車窓 旅行の話をした。思い出ではなく、これからやりたいことの話をした。ポジティブだったと思う。
見えるものの話をするのは当然なのだが、それに関連して「ダベり」のムードまで左右されるのがおもしろかった。やってみようという方がいたら、動画選びにはこだわった方がいい。
ダベるのを終えて、あらためて江ノ島さんから感想をもらった。焚き火の動画の時の感想である。
焚き火が一番良かった。映像としてずっと見ていられて、なんだか優しい気持ちになれる。また、何かいい話や熱い話を語りたい気分になる。
まるで高校生の頃に戻って、修学旅行の夜、焚き火をしている気分になった。普段は忘れているが、映像を見て思い出すことが多い。あと、少し泣きそうになった。現代社会に疲れているのかもしれない。
感想を読んでハッとした。もしあの時本当に江ノ島さんが泣いていたら、僕はどうしただろう。リアルな場であれば、いくつか選択肢はある。元気出せと背中を叩いてもいいし、ビールでも買いに行こうと一緒にコンビニに行ってもいい。もちろんすごく動揺すると思うが、そういう選択肢があるにはある。
しかしリモートでは何ができるのだろうか。僕は何もできないんじゃないか。そんなことを考えてまたしんみりした気持ちになった。
というか誇張して感想を書いてくれただけで、本当は泣きそうになってないと思う。
正面を向いて話した時、江ノ島さんは長いことサッカーを習っていたのにテレビでサッカー見ない、という話をした。「今のパス良いとか、フォーメーションがどうとか分かっておもしろいんじゃないですか?」と聞いたら「なんだって、よくないですか?」と言っていた。すごい清々しさだった。
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