最高の「ぼんやり見るもの」は何か
何も考えないでぼんやりとするのが好きだ。
だからゆっくり移動する乗り物が好きだし、待ち合わせに早く着いてしまうのも好きな方だ。
そういう時に「見ていると一層ぼんやりできるもの」がある。
地面の模様とか、自分の指紋とかである。
これ、なんとなくぼんやり見ていたが、ぼんやりする時に最適な「ぼんやりと見るもの」ってあるんじゃないか。
何を見てぼんやりするのが一番か、色々見て確かめてみることにした。
みんなぼんやりするのが好き
何を見たらいいだろうと、デイリーポータルの企画会議やSNSで聞いてみたところ、すごい数の「意味はないけどなんか見ちゃうもの」が集まった。
皆、ぼんやりすることにこんなに積極的だったのだ。
とても嬉しかった。
たくさんの「なんか見ちゃうもの」。色々な方から出た案なのに全部共感できる。
「エアー抽選器」は、この丸い物体の中にくじが入っていて、風でバンバン飛び交っている抽選器。くじがバンバンバンバン飛び交っている。
ぼんやりしてみよう
この中から手軽に見れそうなものを集めて、人を呼んで見て見ることにした。
最高の「なんか見ちゃうもの」を見つけて、今後のぼんやりした暮らしの参考にしたい。
来てもらったのは、ライターの井上さんと江ノ島さん。これから、三人で色々なものを目的も意味もなく見る。
「静」と「動」がバランスよく入り混じる、とても良いラインナップ。
ぼんやりアイテム1. プラレール
プラレールである。
ライターの井上さんが提案してくれた。
お子さんが遊び飽きて、放置されてぐるぐる回っているプラレールをぼんやり見ているのだそうだ。
短い話の中に、家庭のリアルな情景が伝わってきてぞくぞくした。
ぼんやりの仕方って、きっとすごく個人的なものなのだ。
持って来ていただいた。箱のくたびれ方もリアルでいい。
組み立てていく。懐かしさで舞い上がりそうになるが、これからぼんやりするのだぞ、と自分に言い聞かせて平静を保つ。
牛が、ミルクや豚の乗った貨物を運ぶ。多分出荷のために。プラレールってこんなことになっていたのか。
できた。
ちなみに電車が駅を通ると、線路脇にセットされたトミカが坂を発車するようになっている。
プラレールの懐かしさで盛り上がりそうになるが、今日はそういう趣旨ではない。
ぼんやりしてみよう。
……………………………
……………………………
……………………………
「とりあえず5分は見てみましょう」と言って始めたが、8分見た。
速さがすごくいい。
一定の速度で動くものを見ていると気持ちが穏やかになるのはなんだろうか。
このタイミングで保険の勧誘を受けたら「よく分からないけどハンコは押しますよ」となりそうで怖い。
レバーを引くとこの上で電車を止めることができる。時々そうやってちょっかいを出しながらぼんやりするのだそうだ。
見ている間は、部屋の中をすごく優しい空気が包んだ。
人と合意の上でぼんやりするのもいいものである。
「これをみんなも見てるのか~」と思いながらプラレールを目で追った。
あと何を考えていたかはあまり覚えていない。
ぼんやりしていたからである。
ただ動きが一定なのでだんだん眠くなってくる。
「このまま寝ちゃいたいけど、歯、磨いてないなあ、あとこれ誰が片付けるんだろうなあ」とか思いながら眠気と戦うのは大変そうである。
ぼんやりし始めは最高だが、何しろ眠くなってくる
この調子で次へ行こう。プラレールの列車は、ふとした時に箱の中で動き出さないよう、使い終わったら電池は抜いておくそうである。
電池を抜いておくのだが、プラレールはドライバーを使わないと電池を取り出せないようになっているらしい。
なぜなら、そうしないと子供が電池を食べてしまうから。
そんなわけで、プラレールを入れておく箱にはドライバーが一緒に入っている。
プラレールあるあるらしい。
あと線路は、踏むとものすごく痛い。
それはなんだか分かる。
痛そう。
ぼんやりアイテム2. あさりの砂抜き
これは僕が出した案である。
最近見てないが、子供のころ眺めていてすごく良かった記憶があるのだ。
撮影前にスーパーで買っておいた。
「砂抜きってどんな感じでしたっけ」という二人だったが、あさりが動くと分かると乗り出して見てくれた。
貝の模様って見ていて飽きない。貝ごとに全然違うのが良い。
実はこの撮影の日は、あさりが期待していたほど動かなかった。
水を吹いてくれたりしたら最高だったのだが。
「水が冷たいんじゃないかな」
「塩を足してみたらどうですか」
「誰か面白い話をしてみてくださいよ」
と、男多めの合コンに来てくれたかわいい女の子ばりにちやほやしたのだがダメだった。
だが、どう動くか分からないハラハラ感もあって結局目が離せなかった。
生き物をぼんやり見る良さは、この予想のできなさにある。
後日、家でやってみたら水を吹く瞬間をとらえることができた。
是非、井上さん江ノ島さんに見てもらいたい。
とてもかわいかった。
ぼんやりアイテム3. 湯気
これは編集部古賀さんが提案してくれた、なんか見ちゃうものである。
「茶道の釜から上がる湯気がマジでやばい」ということだった。
分かるような気がするが、改めて見てみよう。
電気ケトルを持って来た。湯気を待つ。
写真に映らなかったが、湯気を見ている。「おおおー」という声が上がる。
細い煙が上がって来ると、確かにこれはいいものだな、という感じがした。
湯気って、一生懸命見れないところがいい。
見ようとしても焦点が定まらないので、見ようとすればするほどぼんやりしてくる。
ぼんやりすることをこんなに後押しされたのは初めてである。
古賀さんに湯気の魅力を聞いたら、上昇しながら旋回するよう動きと、湯気の濃い部分と薄い部分の色の違いが良い、ということだった。
後日、古賀さんおすすめの「鍋」で湯気を見た。確かに湯気の量が多くて良かった。(湯気、写真には写せなかったけど)
沸くまでの盛り上がりが良い。
ぼんやりアイテム4. 沸騰
江ノ島さんが提案してくれた「沸騰」である。
この話を聞いた時に僕は、古賀さんの案と同じく湯気を見るのだと思ったのだ。
チャットでそう返信したところ、
なんか力強い沸騰へのこだわり。
古賀さんからも力強い同意。
ぼんやりすることへの情熱と連帯感がすごい。
こんなに頼もしいことはない。
では沸騰するお湯を見てみよう。
おおお…
……………………………
……………………………
すごく良い。
「沸いたら火を止めなくては」という気持ちを一回捨ててじっくり見てみるとすごく良い。
吸い込まれるように見入っていた。
これもやはり、じっくり見ようにも形が絶えず変わっているのでぼんやり見るしかないところに良さがあると思った。
あと乗り出して見ると、湯気が顔に当たってお肌にもいい感じがする。
ちなみに江ノ島さんは沸騰を待つ時間も好きらしい。
沸騰する前のお湯が沸いてきた音とか、気泡が大きくなってくる感じが良い、ということだった。
湯気より見やすいと思った。
ぼんやりアイテム5. 戻る乾物
増えるわかめなどが、増えていく様子である。
編集部安藤さんが挙げてくれた。
みそ汁を作るときによく使っているが、じっくりみたことはなかった。
見てみよう。
おおおおおお
思っていたより動きが早くて釘付けになった。
生き物のようにうねりながら大きくなっていく様子は、もう他のもので例えようのない独特の良さがある。
「早いですね」「線香花火だ」「ああ、夏ですね」「儚い…」
「早いから時間ない時でもパッと見れますね」「突然の来客にも」「仕事中もね」「ちょっと給湯室でね」
もうぼんやりアイテムも5つ目になるが、段々みんなリラックスが過ぎて思ったことを迷いなく発言するようになっていた。
後でメモを見返すと話の中身が全然ない。言いたいから言っているという感じだ。
「夜中のテンション」というやつになっていたのかもしれない。
江ノ島さんは増えきったわかめをまだ見ていた。やばい。(写真は後日撮った)
確かにこのグラフ見たら線香花火だ。
ぼんやりアイテム6. バスターミナル
アイテムというか「ぼんやりできる場所」になるが、江ノ島さんがバスターミナルを紹介してくれた。
渋谷マークシティに向かう。
駅前の広いところかと思ったら、5階にあるらしい。
狭い通路をいくつか通り、エレベーターに乗って5階へ行くと急に視界が開けた。
確かにここはいいところだ。
空が広い。
渋谷の人混みを抜けてすごく広々とした場所に着いた。
風が抜けて気持ちがいい。
江ノ島さんはここで旅に出る高揚感と共にぼんやりするのが好きなのだという。
もちろんバスが入って来る。
人を乗せたり降ろしたりしながらここを大きく一周するのだ。ダイナミックでかっこいい。
「おおおーー」「おー」
途中、係りの方が我々にバスの遅れを知らせてくれた。バス乗り場にぼんやりしに来た我々は会釈をして答えた。
ここでどれくらい飽きずにいられるか、江ノ島さんに聞いてみると「足腰がダメになるまで」という答えが。下半身を犠牲にしてまでもぼんやりしたいというクレイジーな回答である。
一定の間隔でバスが来るので安心してぼんやりできる。
2台居合せることもあって興奮した。
結果発表
全てのぼんやりアイテムを見終わったが、総合的に判断して、今回の優勝は『沸騰』とすることに決めました。
一番夢中になったし、ピークまでの盛り上げ方、「もういいかな」となるまでの時間、全てがちょうどよかった。
見終わった後は「沸騰を見るイベント」を開こうと話し合っていたほどである。
炊き出しの大きな鍋がいい。
その鍋でたくさんのお湯を沸かす。
豚汁やカレーではない。純粋に沸騰を見るためだけの、お湯が入った鍋だ。
鍋の周りをたくさんの人が囲んで特に何もせずぼんやりするのだ。
こうやって僕らをうっとりさせてくれたことが勝因です。
おめでとう沸騰!
ウイニングラン。
どうかしていた
2時間ほどぼんやりしたが、ぼんやりしている間はしゃべりたいことをしゃべりたいタイミングでポソポソしゃべる。
脊髄反射だけで会話している感じだ。
せっかくなので入りきらなかったやりとりを記録しておこう。
(「沸騰」を見るためにお湯が沸くのを待っている二人)
江ノ島:今これイントロですよ
井上:『Get Wild』で言うと最初のキーボードのところですね
江ノ島:あー、いいなあ… これはいいですよ
(お湯が沸いて)
江ノ島:あー今最高ですね 今一番いい
井上:沸騰の「トロ」のところですね
江ノ島:トロですね
井上:何にでもトロってあるんですねー
江ノ島:いいなあ…
井上:『Get Wild』で言うと、今解けない愛のパズルを抱いてるところですよ
江ノ島:あー、抱いてるなあ…