マック健康、マック紙、マック駐車場
ドイツの店のネーミングセンスは独特だ。特にチェーン店では微妙に英語っぽい名前が多く、「もっと気の利いた名前、思いつかなかったのかなあ…」と思うことが多い。「ダサいけど一周回って面白い!」という感じの思い切ったネーミングでもなく、なんとなくパッとしない名前が多いのだ。
ただ人は何にでも慣れるもので、さすがに今では何とも思わなくなってしまった。が、実は未だに気になっている店名がある。
それは、頭に「マック」という文字がつく店だ。ドイツ国内にはこの手の店名が本当に多い。百聞は一見にしかずなので、まずは写真をご覧いただきたい。
例えば文房具を扱う全国チェーン、マックペーパー。「ペーパー」は英語だ。つまり「マック紙」。
こちらはスポーツジムのマックフィット。ディスカウントスーパーの看板が大きすぎて見にくいが、その下に小さく看板が出ている。フィットネスだからフィット。「マック健康」だ。
こちらは、11月に閉鎖予定のテーゲル空港の近くにあるマックパーキング。「マック駐車場」だ。高速道路があって駐車場側に渡れなかったので、看板のみの写真になってしまった。
とにかく、このようにマックがつく名前の店やビジネスが本当に多いのだ。
調べてみると「Mc」や「Mac」は実はアイルランドまたはスコットランド系の名字から来るもので、元々「~の息子」という意味があるそうだ。例えばマッカーサー(MacArthur)という名前は、元々は「アーサー」という人の子供に付けられたいうことになる。
だが、なぜこのアイルランドまたはスコットランド系の名前で使われている「マック」が、ドイツの店名につけられているのだろう?ドイツに来てからずっとこの疑問を持ち続けていたので、今回はこのマック謎に迫りたいと思う。
スコットランド人は「ケチ」説
実はこれらのマック店には、共通していることがある。それは、皆安さを売りにしていることだ。
安さの代名詞といえばマクドナルド。「マック」をつけることでマクドナルドを連想させ、安いイメージを作り出しているのでは?これが、今まで私が勝手に信じてきた説であった。
だがこの度、周りのドイツ人にマック店の由来を聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
そんなの初耳だ。スコットランド人ってそんなイメージだったっけ?
ドイツ国内では、スコットランド人が倹約家であると言うイメージが定着しているらしい。本当かなと疑っていると、別の友人が言った。「ほら、あの有名ディスカウント店なんか、窓にタータン柄を使ってるの知ってた?」
さっそく行ってみたら……
本当だった!
メックガイツはディスカウント生活用品を扱う有名なチェーン店。ガイツ(Geiz)とはドイツ語で様々な意味があるのだが、辞書で調べると「ケチ」や「吝嗇」などの言葉が出てくる。そんな店に、スコットランドを代表する伝統的なタータン模様がデコレーションとして使われていた。
驚いたのもつかの間、タータン模様が使われているマック店をもう一軒発見した。
アウトドア専門店のマックトレックだ。ロゴの背景に緑色のタータン模様が大々的に使われている。
しかもこのマックトレック、2006年までの正式な会社名は「Outdoor Schotte」、つまり「アウトドア業界のスコットランド人」だったそう。明らかに店のコンセプトにスコットランド人との繋がりがあるようだ。私の中で「ドイツ人がスコットランド人をケチだと思ってるから店名にマックをつけた説」が裏付けられた瞬間だった。
プロテスタント国家が産んだ「ケチ」なイメージ
しかし、「スコットランド人はケチ」という偏見は一体どこから来たのだろうか。そして、その偏見のおかげで店名に「マック」が使われていることに対してスコットランド人はどう思うのだろう。スコットランド人の両親を持つ友人のアリソンに聞いてみた。
のぞみ:ベルリンに住んでて「マック店」が多いなって思ったことある?
アリソン:アウトドアショップの「マックトレック」のすぐそばに住んでるから、なんとなく疑問に思ってはいたけど。スコットランドは自然が多いからその繋がりなのかな〜って。
のぞみ:それが、「スコットランド人はケチ」のイメージがあるからじゃないかって言うドイツ人が多いんだけど……
アリソン:ドイツ人にもそんな風に思われてるのはショック!イギリスでは確かにその偏見はあるよ。私は生まれも育ちもイングランドなんだけど、両親がスコットランド人だから子供の頃とかもよくいじられてたな。
のぞみ:この偏見って、どこから来てるの?
アリソン:私が思うには、16世紀の宗教改革でスコットランドがカトリック国家からプロテスタント国家に変わったことから来てるんじゃないかと思うよ。
その時スコットランドに広がったのがカルヴァン派のキリスト教(プロテスタント)だったんだけど、罪人は懺悔すれば許されるカトリック派と違って、カルヴァン派の教えは「人は生まれた時から罪人なのだから、これ以上罪を犯さぬよう慎ましく生きろ」という厳格なものだったらしいよ。
その結果、欲望を断ち質素な生活を送ることがスコットランドの文化に染み付いたんだと思う。そのあたりから「ケチ」のイメージが出来上がっていったんじゃないかな。
のぞみ:宗教改革は500年以上前の話だけど、スコットランド人は今でも節約家が多いの?
アリソン:今ではそんなことはないよ。私の知ってるスコットランド人は気前の良い人が多いし、弁解じゃないけどウェイトレスとして働いていた頃の経験から言うと、イングランド人のチップが一番少なかったから!
ちなみに「Mc」 はアイルランド系、「Mac」はスコットランド系の名前に多いよ。スコットランド人を連想させたいのであれば店名に「Mc」じゃなくて「Mac」の方を使うべきだったかもね。
あと、実はタータン柄も氏族ごとに柄が違うの、知ってた?タータン登記所に氏族別にパターンが登録されてあって、結婚式などで着るキルトはそれに基づいた柄なんだよ。
のぞみ:なるほど、日本の家紋みたいなものなのね。じゃあ、ロゴにタータンを使うのはどこかの家紋をロゴにするような感じなのかな……
知れば知るほど奥の深いスコットランド文化と歴史。かなり単純化してしまったが、アリソンのおかげで長年のマック謎が解けたような気がした。
店名の由来は店それぞれだと思うので本当のところは分からないが、マクドナルドとスコットランド人の倹約家イメージ両方がお得感好きなドイツ人の心を掴んでいるようだ。
おまけ
今回ネットでリサーチをしている際、一つ変わったマック店を見つけた。他と違ってチェーン店ではなく、日本語に訳すと「マック イタイ」みたいな名前だ。このひょうきんな名前は何だろうとサイトを見てみると、なんとボンデージやSMグッズの専門店だった。
どんな店なのかぜひ一目見てみたかったので、自転車を10キロ漕いで店を訪ねてみた。「マック イタイ」は商店やレストランが立ち並ぶ、賑やかな通りにあった。外観は普通のオフィスで、窓は曇りガラスで中が見えなかった。ドアには「18歳未満お断り」と書いてあって、ハッとした。「私って18歳以上だったっけ。」もう倍近い年齢なのに一瞬考えてしまった。
何とか思い切って店に入ると、気さくな店員の方が話を聞かせてくれた。12年前に始めたお店だそうで、日本にもファンがいるとのこと。名前の由来はと言うと、長く使えるものを良心的な価格で提供したいとのことで倹約家のスコットランド人をイメージしてつけたと教えてくれた。
今回はイラストとお店のイメージが合わないとのことで残念ながら本当の名前を出す許可がもらえなかったのだが、名前の由来を突き止めることができて大満足だ。やはり、どんな商品でもお手頃価格は買い手にとって嬉しいものなのだ。