これぞ船旅
かつて岡山と香川を結んでいたフェリーの様に、船内を探検したり食事を楽しんだりすることはできないが、それでも十分に船旅を満喫できた。
今後も存続して欲しいのでぜひまたボートレースへ行ってみようと思う。
2019年、宇野(岡山)と高松(香川)を結ぶフェリーが廃止され、岡山県から四国へ行く定期船は1つも無くなってしまった…はずだった。
しかし、今なお岡山県から四国をつなぐほぼ定期旅客船がまだ残っているらしい。しかもなんと無料だという。早速、その定期船に乗って四国へ行ってみた。
2019年、岡山県の宇野と香川県の高松を結んでいたフェリーが廃止された。
船の旅だけが持つあの雰囲気は他に代えがたく、とても残念だ。
これにより岡山県から四国へ行く定期船はなくなってしまう。
もちろん海上タクシーを使えば今でも船で行くことはできるが、重要なのは手軽に乗れる定期船。それも貨物ではなく人(旅客)を運ぶ定期旅客船である。
岡山県から旅客定期船で四国へ行く方法をネットで調べてみると、直島の宮浦港へ向かう旅客定期船に乗り、宮浦港でいったん船を降りて乗り換える方法が紹介されていた。
この方法は知っていたが余計にお金も時間もかかり、現実的ではない。
ところがある時、ひょんな事から岡山県の水島(みずしま)と香川県の丸亀の間では、ほぼ定期的に運航する旅客船が残っているという話を聞いた。
もちろん離島を経由せず、それもなんと無料で!
フェリーがなくなった時に調べた時には、そんな情報には行き当たらなかった。
そんなうまい話があるのならぜひ乗ってみたい。
そのほぼ定期旅客船が出ているのは岡山県倉敷市の水島という場所である。
倉敷駅から水島臨海鉄道に30分ほど揺られると、水島駅に到着する。
屋根のビニールをバサバサとなでている風は、瀬戸内海からの海風だ。
ここ水島は倉敷市の瀬戸内海沿いにある。
水島駅を出ると水島臨海鉄道の線路の高架に沿って、そのほぼ定期旅客船が出ている水島港を目指す。
水島には今でも三菱自動車工業をはじめとした水島臨海工業地帯があるが、かつてここにもっと多くの人がいて、そのいとなみの雰囲気がいたるところに感じられる。
駅から10分ほど歩いたころ、ぱっと視界が開けて海が眼前に瀬戸内海が現れる。
潮の香りは風に吹き飛ばされて全く感じない。対岸に工場も広がっていて海というよりまるで川か池のように錯覚する。
船の発着場にたどり着くと、少々不安をかきたてる姿の建物が目に入った。
どうやらこの建物が水島港の待合所のようだ。
ここに本当に定期旅客船が来るのか…心配になってきた。
船の出航時刻まではまだ余裕がある。
この待合所で待たせてもらうことに。
恐る恐るドアノブを握るも開かない。
鍵がかかっているならガチャと言う感触のはずだがグッギュみたいな感触。もしかすると壊れているのか。
随分と使われていない様に見えたが、ガラスにはマスクの着用を呼びかける貼り紙があり、少なくともコロナ禍以降に誰かが貼ったもののようだ。
そして、入り口からぐるっと回りこみ窓から中を覗いても人の気配はない。
待合所の中には「ご乗船のお客様へ」という注意書きが掲げられ、ここが確かに船の待合所だと分かかったが、同時に無造作に転がるちりとりが使われていない事を物語っていた。
中に入るのはあきらめざるを得ない。
再び入り口に戻ると、先ほどは気付かなかったが看板に気が付いた。うっすらと水島港から香川県の塩飽諸島への定期旅客船の待合所だったことが見て取れる。
そんな不安だらけの水島港にあって唯一の安心できる新しい看板がこちらだ。
その看板には力強く「ボートレースまるがめ行き 無料高速艇乗降船場」と書かれている。
つまり岡山から香川へ直接行ける唯一のほぼ定期旅客船とは、香川県丸亀市で行われるボートレース場への無料高速艇である。
この無料高速艇はボートレース本場でレースが行われている日に一往復のみ運行される。(そのため正確には定期船ではなくほぼ定期船だ)
看板に書かれた13:30まで、船が到着するであろう浮き桟橋で待つことにした。
船が来るのかと不安いっぱいで待つこと20分ほど。
遠くに小さく見えていた船のうちの一艘がだんだんと大きくなってきた。
浮桟橋に船が着岸すると中から人が降りて、慣れた手つきでもやいをつなぎ始める。
時間にもここに着く船なんて他には考えられないが、行き先聞いてみると、やはりこの船で合っていた。一見さんにはなかなかハードルが高いかもしれない。
「無料」という触れ込み通りお金を払う事なく、言われるまま船内に入って出航を待つ。
本当にお金を払わなくて良いのか?
そして、どこからともなくパラパラと乗客が現れ、出航時刻までに乗客は僕を含め6人になった。
この日は風が強かったことも影響して、待っている間も船が上下左右に三次元的に揺れていた。巨大なフェリーで四国へ渡っていた時はゆれなんて気にならなかったが、もしかすると船酔いしてしまうかもしれない。
出航時刻になるとエンジンが唸り声を上げ、船が動き出す。
いつもは穏やかな瀬戸内海だが、この日は少し波が高い。高速艇は水上を跳ねるように進む。
高い波が船体にぶつかると、ばーんと大きな音をたてる。
その衝撃から一瞬遅れて窓の外が全て真っ白になり、しばらくすると、真っ白の隙間から視界が戻る。
同じようなアングルが続くが席を移動する余裕がないからだ。
そして一時間足らずで、はるか先に見えていた四国の陸地が迫ってくると、この船旅の終わりが近づいてきた。
巨大なカーフェリーで四国へ渡たっていた頃とは違ってすこし騒々しかったが、約3年ぶりの船旅はやはりワクワクするものだ。
あと、船酔いしなくてよかった。
船を降りる際にもお金を払う事は無く、この様なラミネートされた紙を順番に手渡される。
僕以外の乗客は慣れた手つきで受け取っていた。
帰りの無料高速艇に乗るためにはこの乗船証が必要とのこと。有効期限はその日限りで、行きに乗っていなければ帰りに乗ることができない仕組みだ。
つまり四国に住む人が帰りの無料高速艇だけに乗って岡山県側へ渡る事はできない。
瀬戸内海の岡山県側にもボートレース場があるが、岡山県側のボートレース場には同様のサービスはないので岡山県側だけ恵まれているといえるだろう。
高速艇は無料とはいえ、ボートレース場を利用する人の資金で成り立っている。ぜひボートレース場を利用して少しでも貢献したい。
僕以外の乗客は迷う事なくボートレース場の入口へ向かう。
そのうち数人は知り合いのようで、まるで大人の修学旅行のように楽しげだ。
ちなみに僕は一度会社の先輩にボートレースに連れて行ってもらったことはあるが、もう何年も前なのでやりかたも完全に忘れてしまった。ほぼ初心者である。
他の人のやり方を真似て見様見真似でやってみようとしたが、係りの人に聞くととても親切に教えてもらえた。
なお結果は(意外とビギナーズラックで当たったりするかなと淡い期待を持っていたが)全て外れた。
そんなに甘いものではなかった。
外れた舟券は帰りの乗船時に確認されるかもしれないと思い、一応捨てずに取っておいた。
さて、ボートレースを一通り楽しんだ後、帰りの無料高速艇の時間までは丸亀の街へ向かう事にした。
ボートレース場は丸亀市内の中心市街地からはすこし外れた場所にある。
しかしボートレース丸亀には無料高速艇だけではなく、丸亀駅までの無料送迎バスもある。
まさに至れり尽くせりだが、無料高速艇だけでなくバス利用者も少なく、このままサービスが継続されるのかは気がかりだ。
「丸亀」という街の名前は、あの全国規模で展開するうどんチェーンでよく知られている。
その知名度に比べると訪れことがある人は少ないと思う。
かく言う僕も丸亀を通過したことはあっても、目的地に来たことはなかった。
そんな知っている様で知らない丸亀の街を自分の足で歩く。 なお、あのうどんチェーンは丸亀市に一店舗もはない。
丸亀駅から延びる道路はとても広くて、整然としている。
丸亀は金毘羅(こんぴら)参りの玄関口として発展し、金毘羅参りのお土産として人気だった「丸亀うちわ」は今でも有名だ。
そして丸亀の町でひときわ目を惹くのは丸亀城。
見上げるような石垣の上に、現存12天守うちの一つである天守がそびえる。
そして丸亀城の道の脇にはこのようなご当地キャラの看板もあった。
僕はてっきり丸亀も「うどん推し」だとばかり思っていたが、ご当地キャラにうどんは全くいなかった。むしろうちわ推しだ。
丸亀市は高松市に次ぐ香川県第二の都市であり、第二都市特有の「あそこ(第一都市)と一緒にしないで」の気質(例:岡山県の倉敷市、大阪府の堺市)なのかもしれない。
無料高速艇の出発時間に遅れてしまうと帰れなくなってしまうばかりか、他の乗客にも迷惑がかかるので、かなり早めに切り上げて乗り場で待っていた。
とっぷりと暮れてもボートレース場では競技のエンジン音がにぎやかだ。
しばらくするとスタッフの人が現れ、往きの時に手渡された乗船証を渡すが、捨てずに持っていた舟券は確認されなかった。(ただし知り合いの話だと確認されたこともあるらしい)
出発時間が近づくと船が現れた。
無料高速艇に乗り込み出発を待つ。
船の出発と同時に客室の照明が落とされ、船内は真っ暗になる。
これはフェリーでもよくある、夜の操縦では船内の明かりで外が見えにくくなるのを防ぐためだ。
帰りは行きとは打って変わって凪いでいて、瀬戸内海が真っ平だ。
無料高速艇も滑るよう進む。船の中は疲れているのかみんな静かで船の揺れに身を委ねていた。
最初の浮桟橋まで僕たちを送り届けると、すぐに高速艇は引き返していった。
これからまた1時間くらいかけて帰るのは大変だろう。無料でここまで乗せてもらえて本当にありがたい。
かつて岡山と香川を結んでいたフェリーの様に、船内を探検したり食事を楽しんだりすることはできないが、それでも十分に船旅を満喫できた。
今後も存続して欲しいのでぜひまたボートレースへ行ってみようと思う。
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