ちょっと聞いてよ 2023年2月6日

提出直前の卒論を妻に燃やされた岡倉天心のきもちを体験する

近代美術史の有名人・岡倉天心は大学生のとき、妻とケンカして完成間近の卒業論文を燃やされたといいます。

どんな気持ちになるのでしょうか。私も恋人に論文を燃やしてもらいましょう。

大阪で生まれ育ちました。工作と漢字が好きです。チェキで盆栽を撮影したり、豆腐を千切りしたりしています。

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気になる岡倉天心武勇伝

私は大学で美術史を専攻していました。大学2年生のとき、岡倉天心について調べていたところ、

こんなエピソードが紹介されていた

あまりの武勇伝ぶりに度肝抜かれました。

当時はパソコンなどなく、原稿用紙に手書きです。こまごました下書きはあるでしょうが、バックアップと呼べるようなものはありません。そんな状況で論文を燃やされるなんて・・・。

しかも二週間で別テーマの論文を書き下ろすというはなれわざ。クラクラします。

あまりの刺激に、まことしやかに伝わってる面白話なのかな?と思いきや、

天心の息子・岡倉一雄による評伝『父天心』(1939年、聖文閣)に、

 

二ヶ月かけて準備した「国家論」を、痴話喧嘩がきっかけで妻に燃やされたということ(『父天心』26頁)​​​​

 

そして天心が晩年、晩酌後にこのエピソードを語ったと記述がある。(『父天心』27頁)

晩年にお酒飲みながらしゃべった昔話を信じていいのか微妙ですが、天心は50歳で亡くなっているので、記憶がごっちゃになっているわけではなさそうです。

たったの二週間でテーマを変えてブワーっと書き下ろした卒論だったため、卒業成績はうしろから二番目だったとのこと。

その後、天心は美術行政、美術教育の道へと踏み出します。この事件がターニングポイントになったのかもしれません。

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「燃やしてほしい」という思い

このエピソードを聞いた私は、

奇妙な好奇心に脳が支配されてしまいました。

もちろん怒りや絶望もあるでしょうが、ちがった感情も湧いてきそうです。

そんな願望を抱いてはや5年、折しも今年は修士論文の提出です。恋人の四谷くんに「燃やしてくれ」とお願いをしてみました。

了承してくれた。
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燃やしてもらう

さすがにもう卒業しなくてはいけないので、きちんとバックアップをとった上で、紙に印刷した論文を燃やしてもらうことにしました。(私の将来を不安に思われた方、安心してください。真の論文燃やしが見たかった方、ごめんなさい。)

近代美術史について調べた8万字の論文(明日提出)が、

四谷くんの手によって点火されました。

 論文になんの思い入れもない四谷くんの遠慮のない燃やしぶりに面食らいました。

それを目の前に、

立ち尽くす私。

「3年かけて書いた文章がこんな簡単に・・・」という気持ちに。毎日書いては消してを繰り返し、練り上げた文章が目の前でパチパチと燃焼しているのです。

しかし、不思議にも「きれいやなあ・・・」という感情が湧いてきました。動揺があったからこそ、より美しさが強く見えてきます。

修士論文はページ数が多いのでよく燃える

天心は原稿に火が着いているのを見て、大急ぎで取り出したかもしれません。私もまだ大丈夫そうなのを救出してみました。

 

ダメそう・・・

天心もこげ茶の原稿を見て呆然としたでしょうか。昔の原稿用紙はどんな燃え具合だったのか・・・。

もう仕方ないので、暖をとることへとシフトしていきました。

 とても暖かく感じました。論文が燃えているんですから、ちょっとでも何かプラスを得たいですよね。

灰になるまで見届ける私。

 寒空の下、いくつもの文字が透けて見える灰がヒラヒラ揺れていました。

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なんとも言えない美しさがあった

天心は手書き原稿を燃やされているわけですから、めちゃくちゃ焦ったことでしょう。

時間をつぎ込んだものがメラメラ燃えている様は衝撃です。脳が処理しきれず「え?え?」となりました。ただ、私はパソコンにバックアップがあるので、天心の当時の怒りや焦りをそっくりそのまま感じたわけではないでしょう。

しかし、頑張って書いた文章が灰になっていく衝撃はたしかにありました。一方で、「データは保存してある」という心の余裕もあったので、燃える論文のはかない美も見出すことができました。とにかく複雑な気持ちが一気に来るのです。

天心の絶望を真に体験したい場合は、今だと「データをクラッシュしてもらう」になるでしょう。こんなんやられたら間違いなく泡吹いて卒倒するし、考えたくもありません。

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