「クッキー」は、甘くないと「クラッカー」になる
単純に考えれば本来甘いはずのお菓子から甘さを抜いたら、そもそも料理としてそのお菓子がきちんと出来上がらないか、出来上がったとしても美味しくないというガッカリした結末が出るのは予想できる。
そんなガッカリをわざわざ体験するのは嫌だ。それでも実行しようとしたのには訳があるのだ。
実は普通に食べるために自宅でなんとなく作ってみた砂糖抜き(ほんのちょっとは入れた)クッキーが意外にも美味しかったのである。
クッキーというのは材料も作り方も本当に様々だ。手をかければいくらでもかけられるが、逆に手抜きもとことんできる。
私は手を抜きに抜いた、小麦粉と砂糖と油を混ぜて焼くだけというクッキー(というのだろうか)をよく作っていたのだが、ここから試しに砂糖を抜いてみたら意外に美味しかったのだ。
美味しかった、というか、それはクラッカーだった。
あ、クッキーから砂糖を抜くとクラッカーになるのか、と驚いた。考えてみれば当たり前かもしれないが、これは嬉しい結果で、もしかしたら他のお菓子からも砂糖を抜いたら何かうきうきする変身が起きるのではないかと思ったのだ。
ターゲット、まずは羊羹
さて、では何から砂糖を抜いてくれようか。と考えたとき、まず思い浮かんだのは羊羹だった。
甘いものオブ甘いもの、ザ・羊羹、である。どら焼きの皮も、モナカの皮も、ついには金つばのあの薄い皮すらももどかしいとばかりの、あの直接的なたたずまい。
ちょっとは遠慮して何か着てはどうだろうと常々思ってしまうほどのダイレクトな甘さ。
あの羊羹が甘くないって一体どういうことになってしまうんだろう。
さらにカントリーマアムを!
そしてもうひとつは「カントリーマアム」である。ご存知、不二家から出ているあの無敵の大ロングセラーおやつだ。
ん? カントリーマアムってクッキーじゃん。クッキーは甘くなくすとクラッカーになるって最初に言ったじゃないのさ? と思う方もいらっしゃるかと思うのだが、私の作るクッキーはカリッサクッとした固さのあるクッキー。カントリーマアムのほうはしっとりやわらかないわゆるソフトクッキーで、ちょっと違う。
ハードなタイプのクッキーから砂糖を抜くとクラッカーになるなら、ソフトクッキーの場合はどうなる? という好奇心ももちろんあったし、なぜ銘柄指名でカントリーマアムなのかというと、ある人の反応を見たかったのだ。
「甘くないカントリーマアムのことを想像すると、絶望的な気持ちになる」
今回、私が甘いお菓子から甘さを抜いてみようと思うという企画を周囲に提案したとき、そんな言葉が言った人がいたのだ。当サイトに主に映像制作や出演で参加している宮城さんだ。
果たして、甘くないカントリーマアムを作ったら宮城さんは絶望してしまうのだろうか。それを確かめてみたかった。
甘くないお菓子作り。味は、そして宮城さんはどうなってしまうのか。検証していこう。
甘くないマアムはジャガイモで作る
さて、お菓子から砂糖を抜くぞ! と意気込んではみたものの、実際お菓子においての砂糖の役割というのは大きい。
あんこの腐りにくさやクッキーの焼き色は砂糖のたまものだ。
それに(今回の2品には直接関係ないが)あわ立ち保持や酸化防止などなど砂糖の役目は甘味を加えるだけじゃない。
レシピからまるっと砂糖だけ抜いてしまえば、バランスが崩れて見た目を変えずにお菓子を作ることは難しい。
どうすればうまいことできるか、銀座の大手デパート地下のケーキ店でパティシエールをしていた友人に話を聞いてみた。
「やってみたことがないから、想像になっちゃうけど」という断りつきでこんな返事をもらった。
羊羹は、水羊羹とか練り羊羹、蒸し羊羹っていろいろ作り方があるけど、砂糖を入れないなら寒天を使う方法が一番安全かもしれないです。砂糖抜きでも寒天の力で問題なく固まるはず!
ソフトクッキーのほうは砂糖を入れないとまず焼き色が付きにくいし、ぽろぽろに崩れてまとまりにくくなっちゃうかもしれないね。
砂糖の代わりにリンゴとかバナナとか、あとカボチャとか入れるとうまくつなぎになるんだけど……甘味がだめなんだよね? でんぷん質はつなぎになるから、ジャガイモを入れるとうまくいくかもしれないです。
厳密にはジャガイモにも甘みがあるけど、それ言っちゃうと粉にも粉自体の甘さがあるから、それくらいならいいんじゃないかなあ。
思いのほか順調にできてしまった
まさか、クッキー作りにジャガイモを使うとは思いつきもしなかった。が、プロのいうことなので間違いないだろう。
ついでに教えてもらったいくつかのソフトクッキーのレシピを見比べ、初心者でも作りやすそうなものを参考にしつつ、砂糖をジャガイモに変えて作っていこう(そんなさ中も羊羹用の小豆は煮えていっております)。
あれ、これカントリーマアムじゃないな
さてさて、どうなりますか。オーブン170℃で12分。ソフトクッキー、ソフトクッキーと念じながら焼き上がったのが、これだ。
砂糖入りであれば通常焼いているうちに丸く広がるはずなのだが、砂糖を入れなかった今回はスプーンで落としたままの形で焼きあがってしまった。なるほど、こうなるのか。
美味しそうな見た目ではあるが、これではどう見てもカントリーマアムじゃあない。残りの生地はマアムのように丸くして、中をくぼませるように形作って焼いてみた。
ぐっとマアム風にはなったが、うーん、どうだろう。明らかに何かが違う。
そうだ、そうなのだ。気にせずむしゃむしゃと食べていて忘れがちなのだが、カントリーマアムは2層構造になっているのだった。外はサックリ生地で、中にチョコチップの入ったしっとり部分がある。これを再現せずしてカントリーマアムとはいえないだろう。
チョコチップとしてのジャガイモ
というわけで、再度同じ生地を作って、今度は焼く前にアンパンを作るときのような要領で生地の中に「しっとり部分」を入れることにした。
この部分、何がいいだろうと思ったのだが、勢いでふかしたまんまのジャガイモを入れることにした。本物カントリーマアムでいうところのチョコチップに見立て、荒つぶしにして食感を残す。我ながらなかなかのアイディアじゃないですか! 生地にもジャガイモは入っているので味的にも違和感がないだろう。
これがまたオッ、と思うくらいカントリーマアム風のものができてしまった。味は次のページでの試食の様子でお伝えするとして、外見として甘くないカントリーマアムを作るのは成功と胸を張ろうじゃないか。むんっ(胸を張る音)。
羊羹はどうなった
華やかに作られていくカントリーマアムの裏で、粛々と羊羹も作られていたのだが、こちらは1発でおおむね成功した。友人の助言どおり、寒天を使うタイプのレシピで試したところ、しっかり固まってくれたのだ。
以前高瀬さんが砂糖の量を何段階か変えてあんこを作っていた際に(記事:あんこのジャストな甘さ探し)砂糖ゼロだとぼそぼそになってしまうと言っていた。今回はかなり水の量を多くしてみたのだ。結果かなりあんこに近いものができた。
さすがに照りはないが、誰でもこれを見たら甘いあんこと勘違いするだろう。むんっ(また胸を張りましたよ)。
では、いよいよこの2品を食べてみようじゃないか。砂糖抜きカントリーマアムも、砂糖抜き羊羹も、砂糖が入っていないので痛みが早い。急いで試食会をセッティングした。
甘くないお菓子は絶望を呼ぶのか。それとも。
「ドッキリ」試食にしたかったのだが
「甘くないカントリーマアムを想像するだけで絶望的な気分になる」
確かに企画会議の際に宮城さんはそう言っていた。今回の試食では、作ったニセモノカントリーマアムが甘くないことを知らせずにいわゆる「ドッキリ」形式で食べてもらおうと予定していた。
宮城さんの素直な反応が知りたいと思ったのだ。
しかし、次の写真を見て欲しい。「どうぞ、カントリーマアム差し入れです」と渡したときの宮城さんの顔である。
だめだ! この人を悲しませちゃ絶対にだめだ! そう私の本能が言った。瞬間的に
「す、すみません、それ甘くないんです」
とバラしてしまっていた。
え、そうなんですか? といいつつ、そのまま食べる宮城さん。
手遅れというか、なんというか、結果的に宮城さんは甘くないカントリーマアムに結構なショックを受けてしまっていた。すみません、すみません、どうしよう。
甘くなくても美味しいんです
しかしそんなとき、同時に試食していた編集部の安藤さんが助け舟を出してくれたのだ。
「宮城さん、大丈夫、これ美味しいじゃないですか。なんかチーズっぽいにおいと味しますよ」
そうなのだ。自分で言うのもなんだが、この甘くないカントリーマアムはかなり美味しくできた。
バターの乳成分と塩気と粉のバランスでか、入れていないのにチーズっぽい風味がある(通常お菓子作りに使う無塩バターではなく、有塩のバターを使いました)。
宮城さんも一瞬のショックをやり過ごしたあとは「あ、芋が入ってる! 芋だ! お芋だ!」といって美味しく食べてくれていた。本当によかった。
絶望は羊羹の方に
カントリーマアムではなく絶望はむしろ羊羹の方にあった。
実は、宮城さん以前に私があんこを作る段階で「甘くないあんこ」というものに絶望してしまっていたのだ。
煮あがった砂糖抜きあんこを試食した直後に「甘くないカントリーマアムに絶望する」と言った宮城さんの気持ちが痛いほど分かった。だって、あんこが甘くないのだ。あんこが……あんこが……! 子どもだったらきっと泣いていると思う。
羊羹として固めたあとも、不味くはないのだがとにかく豆の味がガツーンと突き抜けていくばかりで食べれば食べるほど寂しくなる。
背中から吹いてくる風が、あばらを抜けて行くような感じだ。変な例えが出てしまったが、それぐらい、寂しい。
引き続き、この不思議な羊羹もお2人にも試食してもらった。カントリーマアムの方が美味しかったこともあって、2人とも楽観的だったのだが。
甘くない羊羹は、さみしい
お2人とも、声が出なくなってしまっていた。
「甘くない羊羹って、つまり豆だからおかずになると思ったんですよ! なのに……」
「枝豆はしょっぱいだけで美味しいのに……これ……」
やはり、しきにさみしがっている。
この砂糖抜き羊羹、私は自宅で試食した際にはあまりの寂しさに耐えられず黒蜜をかけてしまった。すると途端に絶望から救われた気持ちになったのだ。
黒蜜でお2人の絶望も救わねば! と思ったのだが、なんとこの日持ってくるはずの黒蜜をうっかり忘れてきてしまっていた。うひゃあ。宮城さんと安藤さんはいまだにしんみりしている。2人とも芝生の上に座り込んでしまった。
どうしよう、どうしよう。
あ! そうだ!
甘いお菓子は、甘くないと「さみしい」。宮城さんの言っていた絶望という言葉が想像ではなく真実であることがわかった今回だ。
カントリーマアムの方は砂糖抜きでも十分に美味しかったが、宮城さんいわく「甘いと思って食べるとすごくショックです」とのこと。
不味い、美味しいではなく、寂しいとか絶望とかいった結果になるとは思いもしなかった。甘味の効用の幅広さを知りました。
やっぱり甘いものは甘いほうが平和だ
ちなみに甘くない分、せめてカロリーがかなり少ないのではないかと思って計算してみた。甘くないカントリーマアムはひとつだいたい50kcalという結果だった。本物のカントリーマアムもバニラ味で1枚なんと50kcal。えー、であるよ。
バターの量が変らないことや、砂糖の代わりとしてジャガイモを入れたことで同じくらいのカロリーになってしまったようだ。
砂糖抜き羊羹の方はざっくり1人分で100kcalくらい。普通の羊羹が1人前150kcal前後(水羊羹だと100kcal以下のこともある)と考えるとなんだ、そんなに低カロリーでもない。
甘いものは、甘いほうが平和だ。そう思った。強く思った。