宵越しのお茶は飲むな
「宵越しのお茶は飲むな」という言葉がある。一度茶葉を煎じると、抗菌作用のあるタンニンが茶葉から抜け出すため、放っておくと茶葉が腐敗し食中毒になる可能性があるようだ。今回は短時間の間に実験したので大丈夫だった。ただ、今回の実験で水出しの場合、15番煎じぐらいまでいけると言いましたが、普通においしくはないし危険っぽいので二番煎じぐらいでとどめておいた方が無難です。
n番煎じという言葉がある。n番煎じのお茶って実際どれくらい薄いのだろう。測定してグラフにした。
二番煎じとは一度煎じた茶葉を再利用しもう一度煎じることである。そうすると味が薄くなるので、「過去の繰り返しで新鮮さがない」という意味でも使われる。
この2をnに変えたのが「n番煎じ」というスラングであり、「2番どころか、もう何回目かわからない」という状況を表現している。ライターにとってみれば「この企画はn番煎じ」というコメントをされるのが一番つらい。
しかし、n番煎じのお茶って実際どれくらい薄いのだろう。定量的に測定してグラフにしたものがあれば見てみたい。
そこでこの記事ではn番煎じのお茶の濃さを測定しグラフにする。引き延ばしても仕方ないので最初に結果をお伝えするとこうなった。
これが、おそらく世界初(という意味では一番煎じ)の、「n番煎じのお茶の濃さグラフ」である。よければ参考にしてください。
さてここからは測定の経緯を順を追って説明しよう。
まず、お茶の濃さをどうやって測定するか。濃さには味の濃さと色の濃さがあると思う。n番煎じとは要するに新鮮さがないという意味なので、味の濃さのことだろう。味の濃さを定量的に測定したい。
味の濃さについてよくわからないが、とりあえずポケット糖度計というのを買った。Amazonで1500円。
正直、お茶に糖度が含まれているのかはわからないが、ゼロってことはないだろう。nの数字を増やすごとに何かしら値の変化があるはずだ。
「そりゃそうだよな」としか言いようがない。緑茶は甘くないし、この企画も甘くない。
味の濃さを手軽に定量的に測定するのは難しそうなので、色の濃さの測定に方針転換する。調べたところ、お茶の色の濃さを測定するのは珍しいことではないようだ。そういう論文も見つかった。この論文では茶葉の色が品質評価に使えると言っている。これなら私にも出来そうだ。
用意したのは「お~いお茶 宇治抹茶入り玄米茶」だ。
測定方法はこう。
やるぞ~!
まずはn=1。一番煎じ。
濃い。香りがふぁ~っと広がる。玄米が入っているからなのか、お茶漬けの風味がある。
続いて二番煎じ。
三番煎じ。普段から三番煎じぐらいまでは余裕で行ける。
その後も四番煎じ、五番煎じと続け、六番煎じでついに体感の味の濃さが0となった。完全にただの白湯である。
もうとっくに味はしないけど、この薄い緑色はいつまで続くのだろうか。色が透明になるまで続けることにした。実験というか修行である。
15番煎じぐらいからオペレーションが完全に最適化され、無駄のない動きで迅速に測定できるようになった。いらないスキル。
25番煎じ。ついにほぼ透明だ。おわり!
こうして一番煎じから25番煎じまでの測定が終わった。
そこで、nの値とSの値の関係をグラフにしてみた。これが冒頭にお見せしたグラフである。
けっこうきれいに傾向が出た。三番煎じで彩度が半分以下になり、その後はゆるやかに彩度を減らしていく。
一方で、体感の味の濃さも重ねてみる。
これを見ると、味は色よりも薄まるのが早い。6番煎じ以降はただのお湯の味だったので、X軸にぴったりとへばりついたグラフになった。
さて、さっきまではお湯出し(水出しの反対の言葉が思い浮かばないのでそう呼ばせてください) だったが、水出しも測定する。グラフに違いはあるのだろうか。
お湯を沸かさなくていい分オペレーションは楽になったが、3分待つのがボトルネックだった。
しかし、面白いのが体感の味の濃さのグラフ。
お湯出しと比べて、味が薄まるのが遅かった。グラフの下がり具合が緩やかである。
ここで疑問が生じる。
この原因として思いついたのが2つ。
①と②を検証してみる。水出しの抽出時間をお湯出しの時と同じ30秒に設定して、改めて体感の味の濃さを求める。
どうやら①も②も両方ありそうだ。しかし、水出し30秒のほうが水出し3分よりも味の濃さが落ちるのが早いのは予想外だった。逆だと思っていた。どうやったらこれの説明がつくだろう。自分なりに仮説を考えた。
30秒の抽出で溶け出す成分と、3分の抽出で溶け出す成分は別物で、前者の方がもともとの残量が少ないのですぐに枯渇したと考える。
ここまでが私の限界である。ここからは文献を調査し仮説が正しいのか確認した。調べたところ、堀江秀樹氏らの「茶主要成分の茶浸出液への溶出特性」という報告文書にたどり着いた。世の中にはいろんな研究者がいて、いろんな報告書が出ていて、こうして知的好奇心を満たしてくれる。ありがたいものだ。
この報告書には、抽出時間2分間の、各温度での各成分の溶出率について記載されていた。
20℃と90℃では、2分間抽出したときに溶け出す成分の量が全然違う。仮説の「抽出する温度が高いと、茶葉の成分が溶け出しやすい」はこのグラフを見れば正しいとわかる。
また、この報告書にはありがたいことに抽出時間の違いによる溶出率についても書かれていた。
このグラフを見ると、特にお茶のうま味成分のテアニンは抽出時間が長いほどよく溶け出すことがわかる。私の追加実験の「水出し30秒」の5番煎じは、抽出時間が短すぎて成分がほとんど溶け出さないために味がしなかったと考えるのが自然だ。本当はもっとじっくり長く抽出すればまだ味がするはずだ。
このグラフを見れば成分によって抽出時間と溶け出す量の関係に違いがあるので、私の仮説「短時間の抽出で溶け出す成分と、長時間の抽出で溶け出す成分の2種類がある」はあながち間違いではないと思われる。
きっかけはインターネットスラングであったが、実験、考察、文献を通じて知的好奇心が満たされた。楽しかった。お茶がしだいに薄くなるのと反比例するように、記事の中身はだんだん濃くなってきたのであった。
「宵越しのお茶は飲むな」という言葉がある。一度茶葉を煎じると、抗菌作用のあるタンニンが茶葉から抜け出すため、放っておくと茶葉が腐敗し食中毒になる可能性があるようだ。今回は短時間の間に実験したので大丈夫だった。ただ、今回の実験で水出しの場合、15番煎じぐらいまでいけると言いましたが、普通においしくはないし危険っぽいので二番煎じぐらいでとどめておいた方が無難です。
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