鼻の奥にはなにかある
プルーストの「失われた時を求めて」では紅茶にマドレーヌを浸したときに記憶が蘇っている。だが、鼻うがいはそれ以上である。脳に直接蘇る。
プルーストも紅茶を鼻から飲めばもっと記憶が鮮明に蘇ったかもしれない。教えてあげたい。
先月下旬から風邪をひいて長引いていた。
耳鼻咽喉科で勧められた鼻うがいをしてみると、これが驚きの体験だった。
すっきりするとか痛いとかではなく、「懐かしい」のだ。
この圧倒的にノスタルジックな体験を説明したい。
僕が使っているのはサイナスリンスという鼻うがいだ。
36℃のぬるま湯に生理食塩水にするための薬剤を溶かして、専用のボトルで片方の鼻に勢いよく入れる。するともう片方の鼻の穴からドバーッと水が出てくる。
自分の身体がホースになった感覚が愉快なのだが、そのときに懐かしい景色が見える。
プールで鼻に水がはいってしまったときの感覚だ。うっかりプールの深いところに入ってゴボっとなったあの時。
練馬区にある城北中央公園の屋外プールだ。
城北中央公園のプールはもうなくなってしまったが、鼻うがいで蘇る。鼻がスッキリするとかではなく(とてもスッキリします)、このノスタルジーが泣ける。プール帰りの風の温度まで思い出した。
この鼻から水をいれるタイムマシンをぜひ体験してもらいたい。
「編集会議はリモートじゃなくて対面でやったほうがいいと思うんだ」
僕が急にそんなことを言ったのは鼻うがいを体験してもらいたいからだった。だから不自然にキッチンがある会議室を借りた。
鼻うがいをすると懐かしい、という説明が理解してもらえず、鼻うがいへの恐怖もあるようだったのでまずは僕がお手本を示すことにした。
このボトルを片方の鼻の穴にあてて、ボトル自体を押す。
ボトルの先端は鼻の穴に入る大きさではない。自らの意思で鼻から水を吸うのではなく、ボトルからの勢いに任せる。
見えたよ。また城北中央公園が見えた。そうだ、公園のなかに竪穴式住居があったっけ。一瞬のタイムスリップである。
一点、強く言っておきたいのは、痛くないということだ。プールで鼻の奥に水が入ってツーンとする感じはまったくない。痛みなしに疑似体験できるのだ。
鼻うがいへの抵抗も払拭できたところで、ギャラリーの皆さんにも体験してもらおう。
僕が感じているノスタルジーは全員が理解してくれた。
「鼻に水が入った瞬間に分かった」
「海の記憶だ」
「小学校3年生ぐらいのときに通わされていたスイミングスクール」
と一瞬のタイムトラベルを楽しんでくれたようだ。
編集部 石川さんは鼻うがいをするまで「溺れた記憶はない」と言っていたが、鼻に水を入れた瞬間にスイミングスクールのことを思い出した。なに療法だ。
そして痛みがないことが不思議であることも一致した。
「鼻に水が入ったときの衝撃があるけど痛くない。意味がわからない」
「あの感覚と痛みって分けられるんですね。」
「辛かった思い出を苦痛なしに体験できる、トラウマを克服する治療のようだ」
プールが36℃の生理食塩水だったらあの痛みはないのかもしれない。
鼻から水を出して顔をびちょびちょにしながら過去から戻って来る。
そんな湿式コピーみたいな旧式のタイムトンネルなんて、きっとストレンジャー・シングスの新作に登場するよ。
これを水着で体験したら完全にプールに入った後のように錯覚するだろう。
タオルケットで昼寝をしたい。
プルーストの「失われた時を求めて」では紅茶にマドレーヌを浸したときに記憶が蘇っている。だが、鼻うがいはそれ以上である。脳に直接蘇る。
プルーストも紅茶を鼻から飲めばもっと記憶が鮮明に蘇ったかもしれない。教えてあげたい。
タイムマシン
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