演歌が流れる居酒屋に大量のフルーツチューハイが
以前、京都に出かけた際に四条大宮の「ふる里」という居酒屋に入った。「ふる里」という店名がしっくりくるような和風スタイルの落ち着く雰囲気のお店で、店内には控えめな音量で演歌が流れている。
「かれい一夜干し」「筑前煮」「焼きぎんなん」といったメニューがあるような店で、ふと目についたのが「バナナチューハイ」「パイナップルチューハイ」といったドリンクメニュー。どうやらこの店の名物メニューらしい。
「巨峰チューハイ」というのを注文してみると、巨峰を1パック使ったチューハイが出てきた。
巨峰を贅沢に使わないと出ないであろう真の紫色。しかしこれはフルーツパーラーの生ジュースではないのだ。あくまでお酒。居酒屋のフルーツチューハイなのである。とんでもなく濃厚な巨峰の香りと甘みを感じるものでありながら、焼酎の風味もしっかりあり、当然だが、飲んだら酔った。
私は変わり種チューハイ的なものが好きなのでお店のメニューに見つけては注文してみる方なのだが、フルーツチューハイってありそうでなかなか無いのだ。いや、レモンやグレープフルーツはよく見かける。あるいはここ数年、輪切りの冷凍レモンがグラスに刺さったような見栄えのするチューハイを出す店が増えているらしく、そういったものを飲んだこともある。しかし、「ふる里」のフルーツチューハイはそれらとはまた違い、割烹の板前さんが作ったような、何か熟練の技といったようなものを感じるのである。
「フルーツサンドを食べると笑う」という記事でフルーツと酒の相性に目覚めたこともあり、「あれは何だったんだろう」と、そのフルーツチューハイのことが改めて気になってきた私。正面からがっつりとその世界を掘り下げるべく「ふる里」を訪ねてみることにした。
フルーツチューハイの生みの親にお話を伺う
阪急・大宮駅、嵐電・四条大宮駅から徒歩数分の場所に「ふる里」はある。1階に「FUJIYA」の入ったビルの奥に進んでエレベーターに乗り、3階へ上がって扉が開くとすぐお店だ。
入った瞬間ちょっとホッとするような、そんなお店である。こちらの方がお店で料理長を務める渋谷明広さん。
「ふる里」がオープンしたのは1975年。当初は炉端焼き店として始まり、30年前から居酒屋スタイルに業態を変更、10年前に現在のオーナーがお店を引き継いだという。炉端焼き店だった時代も含めると創業45年以上になるこのお店に渋谷さんがやってきたのは26年前のこと。
以前にも大阪の飲食店につとめていた渋谷さんは、「ふる里」の厨房でその腕をふるい、6年ほど経って、本人いわく「発言権が出てきたぐらいのタイミング」でフルーツチューハイをメニューに加えることを提案したのだとか。ここからは渋谷さんにお話を聞きつつ、フルーツチューハイをガンガン飲みながら進めていきたい。
――20年前にはもうここでフルーツチューハイを出していたわけですね
「そうです。一番最初につとめてたお店でグレープフルーツの生搾りチューハイを出してたんです。その時は酒造メーカーの主導で、こういうのをやってみませんかっていう話で、それでやってたんですけど、ブームが過ぎたのか、店ではやらなくなってしまったんです。それをずっと覚えていて、あれやったら面白いなっていうんでね」
――レモンやグレープフルーツを生搾りして、果汁を入れて飲むチューハイはよくあると思うんですがそれだけでは終わらなかったんですね
「最初はグレープフルーツとか柑橘類が主でしたね。それから、缶チューハイで『マスカット味』とか『リンゴ味』とか、そんなんがあるじゃないですか。ああいう風に商品になっているものを試してみましたね」
これでもかとフルーツを使って作るチューハイ
――最初はここまで色々ある感じではなかったんですね
「最近、多すぎるんじゃないかと思ってるんですけどね(笑)最初はこんなもんが売れるかなみたいな感じやったけど、頑張ってやっているうちにラインナップが増えて、おかげ様で愛好者も増えていきました。今はこれを楽しみに来てくれる人も多いです。どれか飲まれますか?」
――あ、えーとじゃあ、「リンゴチューハイ」からいただこうかな
「はい。焼酎は『純』の35度を使っています。これぐらい入れるので、ビールよりちょっと濃いめのアルコール度数になりますね。焼酎を入れる量も果物によって変えています。たとえばイチゴだったら、この量を入れてしまうと美味しくならないんで少し加減します」
――おお、果物の種類で変わってくるんですね。
「あと、すだちだったら麦焼酎を使ったり。そこも一つ一つ違いますね。今仕入れているリンゴだとこれだけ絞るんです」
――2個!普段の生活で2個のリンゴを食べることないもんなー!
「その時の甘みによって量も変わりますけどね。種類も色々選びますし、その時期で変わりますね。リンゴはミキサーで攪拌するんですが、品種によって少し皮を残した方がいい色に仕上がる場合もあるし加減が色々なんです。リンゴとバナナは作ってからすぐに色が変化してしまうので、できればお早めにと言って出します」
――(厨房の中で驚きのスピードでリンゴの皮をむいていく渋谷さんを見ながら)すごい!一瞬で皮がむかれていきますね。
「お客さんが来て注文たくさん入るとスピードが大事になってくるんです」
――そうですよね。今はオープン直後でまだ空いていますけど、みんなあれこれオーダーして、料理もしながらですもんね。普通はチューハイってスピードメニューなのに。
「早くしないとっていう頭でずっとやってたら自然に手際がよくなりましたね。お客さんを待たせてしまうとせっかく売れるものも売れなくなってしまいます。『時間かかるならいいよ』って。料理は待ってくれても飲み物って待ってもらえないんですよ。はい、リンゴです」
――色からしてすごい!あ、うまい!リンゴの美味しいさそのままですね。あれだけ入れた焼酎とバランスよく融合している感じです。
「香りがいい『紅玉』という品種を使っていた時期もあったんですけど最近は甘いものを好む方が多いのでこっちにしています」
――缶チューハイのリンゴ味とはまったく違いますね。生ジュースの美味しさです。
フルーツの仕入れ先は常連さん
「焼酎の量もそうですし、どの果物にどの作り方をするかっていうのもそれぞれ試行錯誤して考えていきました。バナナなんかも色々考えて、たくさん使えばいいわけではないんですよ。ひっくり返しても落ちないぐらいドロドロになるんで、飲みやすくない。なので氷を細かく砕いて一緒に入れるんです」
――大阪のミックスジュースみたいな感じですね。ではバナナチューハイもいただいていいでしょうか!
「はいー!」
――ものすごい濃さ。そしてたしかにおっしゃっていた通り氷の食感がいいですね!こんなチューハイ飲んだことないです。
「だからやりがいがあるんですよ。やっぱりやるからには徹底的にやりたいなという、こだわりみたいなのもありますね」
――今まで全部でどれぐらいの種類があったんですか?
「20種類以上はやっていますね。果物屋さんがお客さんなので『こんなの入れたら?』『安く入ったからどう?』って言ってもらったりもするんです」
――仕入れ先もこの店のお客さんなんですか?
「毎日、中央市場で仕入れるんですけど、ずっと仕入れていた果物屋さんが店を閉めてしまって、別のお店を探していたらたまたまお客さんで中央市場で果物屋さんをやっている方がいらして、それで色々できるようになったというのはありますね。スーパーで仕入れていたらとても割りにあわないですから。いい仕入れ先があるからこそできることなんです」
――なるほど。だから贅沢に使えるということですね
「ただ、今はコロナでお客さんが減っているから、商品管理が難しいなっていうのはあるんです。仕入れは箱単位になりますから、なんぼ最小単位で買っても余って悪くなってしまったり。冷蔵しないといけないし管理も大変なんです。それが最近の悩みですよね」
――そうか、たくさんのフルーツを保存しておくのも大変なんですね
「そうですね。いくつかの冷蔵庫に分けてしまっているんですが、料理用の食材ももちろん色々あるんで、アルバイトのみんなは『邪魔!』と思ってるでしょうね(笑)」
イチゴ1パックを使った濃厚イチゴチューハイ
――今あるメニューでもすでに10種類以上ありますもんね
「『バナナアップルチューハイ』なんかはバナナチューハイに100%のリンゴジュースを加えたものですけどね。そうするとサラッと飲みやすくなるんです。メニューに無いものでもミックスして作ることもあります。イチゴとバナナをミックスしたり」
――イチゴとバナナ!絶対美味しいですね
「今のイチゴは美味しいですよ。ちょっと前は味がいまいちだったんですが、今のはいいですよ」
――果物屋さんにおすすめを聞いている気分です(笑)ではイチゴチューハイをいただけますか!
「はい。イチゴは1パックです。1パック使わないと美味しくできないんです」
――すごい。お値段が一杯780円。でもイチゴがこれだけ入ってるんだから当然ですね
「値段も難しいんです。高くなり過ぎたら誰も飲んでくれませんからね(笑)お客さんが納得してくれるバランスでないと。今は季節じゃないですけど『マンゴーチューハイ』なんか、1杯1200~1300円にはなるんです」
――普段私が飲むチューハイって300円台だったりするのでかなりセレブに感じます
「それで飲んでも満足してもらえるものじゃないといけないですからね。以前、宮崎マンゴーがブームになった時はそれを使って1杯1500円で出していた時もあったんです。それが今まで一番高級なフルーツチューハイでしたね。はいイチゴです。どうぞ」
――すごい。イチゴの果肉がぎっしり詰まった感じが見た目でもわかります。ああ、これは美味しい。健康にもいいんじゃないですか。
「イチゴを攪拌せず丸ごとポンッと入れてるチューハイなんかは他のお店でもあるみたいなんですが、こっちの方がイチゴの味が出ますね」
――ここからは泡さんと半分ずつ飲ませていただくことにして、一気に色々オーダーしてもいいでしょうか!
普段の生活にはあり得ないフルーツ摂取量
と、そういうわけで色々オーダーさせていただいた結果がこちら。
左から、「バナナアップルチューハイ」「デコポンチューハイ」「キウイチューハイ」「イチゴチューハイ」「梅酒と生ライムチューハイ」である。特別に許可をいただき、厨房の様子を少しのぞかせていただいた。
よどみのない動きで次々とカラフルなチューハイが作られる。
夏はスイカ、秋はピオーネ!
――これはもう、チューハイを超えた何かですね。普段それほどフルーツを食べる方ではないので、一日にこんなに色々な果物を摂取することはそうそうないです(笑)どれもお酒であることをあまり感じさせない絶妙なバランスですね
「キウイなんかは難しくてね。ただ攪拌するだけでは渋みが出てしまうんです。これは色々と自分で試しました。果物の細かな性質までわからないといけないんです」
――酸味もあってつぶつぶの食感もいいし、美味しいです。そもそもキウイを一日に2個お腹に入れることないもんなー。
「みかんだったら半分は皮をむいて半分は皮を残したしぼることもあります。全部むいてしまうと頼りない味になるんでね。キウイチューハイとデコポンチューハイでは焼酎の量も違いますし、加減が色々あるんです」
――これは、渋谷さんしかできないことかもしれませんね
「今、『ガリ(生姜)チューハイ』を出してるところがあるでしょう。ああいうのも自分なりに研究して、市販のガリじゃなかうて自分でショウガから作ってとか、ショウガのかわりにミョウガを甘酢につけてみて、それで『ミョウガチューハイ』っていうのを作りました」
――渋谷さんが熱心に研究して下さった結果、増えたラインナップなんですね。失礼な質問かもしれないですが、やってみたけどうまくいかなかったというものもあるんですか?
「柿は難しいですね。イチゴみたいにジューシーにならない。そうしようと思うと柿を相当使わないといけないんです。あと、さくらんぼもやりましたね。これもね、相当な数がいるんですよ(笑)どうしても割りにあわなくてね……」
――かなり高級なものになりそうですね。材料が必要過ぎるっていう、そういう問題もあるのか
「あとはね、『バナナチューハイ』だったらバナナを2本使うでしょう。これを飲むと結構お腹が膨れるという問題がおこる(笑)かといって1本では美味しくできないんです。あと『これなんの料理に合うの?』って聞かれると『さあねえ……』って(笑)」
――ははは。いや、もうこれはこれですよ!酒飲みにとっては美味しい健康ドリンクみたいなものです。それに、酸味のあるものなんかは色々な料理に合う気がします。
「そういう風に飲んでもらえるとありがたいですね。夏はコダマスイカを半分使った『スイカチューハイ』も出しますから、これも人気なのでぜひまた飲みにきてください。秋は巨峰やピオーネ。ザクロもおすすめです」
――四季折々ですね!楽しみです
出てくる料理が全部うまい
たっぷりお話を伺った後も、引き続きフルーツチューハイを飲んだ。ここまでまったくお伝えできていなかったが、「ふる里」は料理が絶品なお店でもあるのだった。
注文した料理、どれもやたらと美味しい。
どうだろう。一品一品に工夫が凝らされ、サービス精神にあふれているのが伝わるだろうか!
そしてその美味しいお料理にあわせるのは、
「ふる里」のフルーツチューハイには渋谷さんが日夜繰り返してきた研究の成果が果汁とともにたっぷり注ぎこまれていたのだった。
渋谷さんのお話を聞き、ますます美味しく感じられるフルーツチューハイに酔っていると、隣の泡☆盛子さんが「すみません。私ちょっとビールが飲みたくなってきました」と隣で瓶ビールを注文していて笑えた。
美味しい料理を食べ、ビールや日本酒を飲み、デザートにフルーツチューハイを一杯なんていう飲み方もいいかもしれない!
店舗情報:
「ふる里」
住所:
京都府京都市下京区 四条通大宮東入立中町478 鳥居ビル3F
営業時間:
17:00~1:20(左記は通常時。状況に応じて変更あり)
定休日:
第1・3日曜日