想像もできない名前、それが「ハトシ」
まず「ハトシ」と聞いて、どんな食べものを思い浮かべるだろうか。
サブレみたいな語感ではあるし、人の名前のようでもある。
佐世保で生まれ育って、たまに見かけることは見かけていた。どうやら長崎の名物らしい。
なんとなく薄そうだし、棒状のようなものにも感じられるなぁ、と、お店の看板やPOPを見て一通り満足してから去ってしまう。そんなハトシだった。
同じ長崎県でありながら、長崎市と私の暮らす佐世保市の文化は色がまったく違う。それであまり身近ではなかった。
文化が違うからこそ、できるだけフラットな目線で見ようと心掛けてもいた。
けれどなかなか素直になれず、ハトシに対しては一定の距離を保っていた。わたしの生活と交わることはないだろうと思っていたのだ。
いつも取り巻きがいるクラスの人気者にあえて近寄らないことと同じである。
そんな彼と、長崎市の中華街で出会ってしまった。相手のフィールドに入り込んでしまったのである。
「海老のすり身の揚げパン」と、書かれていることをそのまま読み上げてしまった。
なんどもスーパーや土産店で見掛けていたし、人とそういう話題があったかもしれないのに、初耳であった。海老のすり身の、揚げパン。
食べたいです!と、同行していたお義母さんにお願いした。お姑さんにハトシをねだる嫁。
他にも小籠包や肉まんを買い、近くの公園でガサガサと広げてみんなで食べた。
サンドイッチのような、薄いパンがカラッと揚げてあった。これはまさにラスクである。
かじるとザクっとした食感に、海老の香りがふんわり。パンの表面が赤い。
海老のすり身の揚げパン、とのことだが、どこまでがすり身でどこまでがパンなのか分からない。
前回、佐世保市世知原町の揚げサンドを食べたけど、それとはまた違う感じだった。
すり身とパンの境界線について考える日が来るとは思わなかった。
長崎の郷土料理だった
重い腰をようやく上げ調べると、「ハトシ」は長崎の郷土料理だった。
海老に限らず、魚介類のすり身をパンで挟んで揚げたもので、東南アジアでも食べることがあるそうだ。
ということは、古い歴史の中で海外から伝わった味の1つなのかもしれない。
農林水産省のサイト「うちの郷土料理」には以下のような記載がある。
「ハトシ」は、明治時代に清国(当時の中国)から長崎に伝わった料理。
中国語で「蝦多士(ハートーシー)」と書くとおり、蝦=エビのすり身を、多士=食パンで挟み、それを油で揚げて作る料理で、当初は円卓を囲む卓袱(しっぽく)料理のなかの一品となっていた。現在では街中で店頭販売されるほど、市民に身近な料理の一つになっている。
かつては料亭の卓袱料理として食べるものだったが、次第に一般の家庭や飲食店でも作られるようになり、広く愛される郷土食となった。
海老のすり身の代わりに魚のすり身やはんぺんなどを使う場合もある。また、野菜やチーズを加えアレンジすることも。
先ほど登場した角型をはじめ、ロール型などさまざまな形状で作られることもある。
地元佐世保のハトシにも歩み寄りたい
長崎市でようやく近寄ることができたハトシ。では、地元佐世保でも、もう一度近寄ってみようではないか。
以前ハトシを見かけた駅構内を訪れると、なんとそのお店が閉店していた。
観光客向けの店以外で、この近くにハトシがあるところ…頭の中のお店フォルダを引っ張り出すが該当しない。
半ば諦めつつ、駅ナカにある地元スーパーエレナへ立ち寄ると、なんと、あった。
ハトシサンド、とある。ハトシではなく、サンド!まさか、あの薄揚げハトシがさらにパンで挟んであるのかとわなないたが、海老のすり身プレートが上品に挟んであった。
そして、形状がまさにあの世知原の揚げサンド。ならば、復活方法はお手のものである。
ザクザク感が復活した。お腹が空いていたので、颯爽と庭へ出る。
色合いからして、やはり縁起が良さげだ。郷土料理の威厳を感じる。
ガブッとかぶりつくと、ザクザクしたパンにプリプリの海老すり身が、互いの食感をアピールしている。わかったわかった、かわいいなお前たち、と言いたい。
白身フライサンドとは違った、海産物パン。加工品を加工品でサンドして揚げる、これはある種の贅沢である。
ハトシのおかげで、ちょっと良い仕事始めを迎えることができた。ありがとうハトシ。
安藤さんもハトシを食べていた!
なんと、過去記事を遡ってみたところ、安藤さんが長崎県のハトシについて取り上げていた(「ハトシでおなかいっぱい」)。
長崎市を舞台に、未知の食べもの「ハトシ」にがつんがつんと体当たりしており、最終的には6本ものハトシを完食している。恐れ入る。たぶん、そんなにたくさん食べるものではないはずだ。
ロール型ハトシは、おそらく佐世保では手に入らないと思うので、長崎市に行ったときには食べてみたい。「佐世保にもあるよ!」とご存知の方、ぜひ教えてください。