「ヤンマーミュージアム」へ行ってみる
まだ時間はある。近くにどこか立ち寄れるスポットはないかなと色々調べていて、「ヤンマーミュージアム」という、あの、農機などを作っているヤンマーの企業ミュージアムが徒歩圏内にあることがわかった。
再び日差しの中へと歩き出す。ナビに従って進んでいくと、真っ直ぐな道の両脇に飛び出し注意の看板が並んでいて滋賀県らしいと思った。私はこの看板が滋賀県名物であることをみうらじゅん氏の著作で知った。呼び名は色々あるようだが私にはみうらじゅん氏の名付けた「飛び出し坊や」が一番しっくりくる。
坊やが着ているTシャツに「Y」とか「M」とか文字が書かれていて、なんだろうと思ったのだが、看板の下に「ヤンマーミュージアム寄贈」とシールが貼ってある。なるほど、ヤン坊のY、マー坊のMだったのか。そんな知見を得ながら歩いていたら「ヤンマーミュージアム」に着いた。
建物の前に「Y」坊やと「M」坊やが集合していた。
で、ミュージアム内に入ったのだが、どうやらこのミュージアムは主にお子さんが遊びながらヤンマーのことを身近に感じられるように作られた体験型施設で、私一人でうろうろするのは心もとない。ミュージアムショップだけを利用することもできるそうだったので、そうさせてもらうことに。正直、涼しいだけでめちゃくちゃありがたい。
ミュージアム内で、ヤンマーのロゴが入ったハンドタオルを買い、ガチャガチャの「歴代ヤン坊マー坊 缶マグネット」をやってみることにする。
マグネットはシークレットも含めて全10種あるようで、1959年から2024年まで、少しずつ絵柄を変えてきたヤン坊とマー坊のイラストがあしらわれている。
私がよくCMでヤン坊とマー坊を見ていたのは80年代から90年代にかけてで、なるほど、その頃の絵柄には強烈な懐かしさを感じる。1960年代以前の白黒のイラストは見覚えがないし、最新の2024年バージョンの二人も見慣れない。
ちょうどいい時代のが当たるといいなー!と思いつつ。小銭を投じる。1回300円。最初、2019年バージョンが出た。ちょっと今っぽい二人。これでは終われん!と思ってもう一回。すると今度は1999年バージョンが。もう一声、80年代のが欲しいんだよなー!と、思って財布を見たらもう100円玉がない。
レジの方に言おうと思ったが、急な電話に対応されていて忙しそうである。「忙しいところを邪魔してまでお前は缶マグネットが欲しいのか?」と自分に問いかける。「もう1999年バージョンも当たったし、それで十分ではないか?」と。しかし、「いや……自分の中の本当にヤン坊とマー坊は1980年代の感じなんだ!」と、内なる自分が声を上げる。
レジの方へ近づいて行くとレジの方が電話を一度保留にし、両替をしてくれた。本当にすみません……。と、ガチャガチャに戻って、もう一回やってみると、最も馴染みのない2024年バージョンが出た!いやいや、もうこうなったら引き下がれんわ!と、100円玉をまた投入してレバーをまわす……!と、驚いたことに中身が出てこなかった。どうやら、ガチャガチャが人気で、もうあまり中身が残っていないようで、カプセルが、こう、説明が難しいのだが、ガチャガチャを回すとコトンと落ちてくるネクストバッターズサークル的な部分にセットされていなかったようなのだ。
また自問自答が始まる。「あんなに忙しそうな方に両替を頼み、さらには、あの、ガチャガチャが出ないんですけど……だと!?子どもならまだしも、恥ずかしくないのか?」「いや、でも、お金を入れたのに出ないっていうのはやはり言うべきで……よし、この一回で何が出ようと最後にするから、言うだけ言うわ!」と、めちゃくちゃ恥ずかしかったが、勇気を出して言ってみることにした。
レジの方は「すみません!」と言いながら鍵を使ってガチャガチャの蓋をあけ、いい感じにしてくれた。一旦返していただいた300円を入れ、レバーを回す。1980年のが出た!隣で様子を見てくれていたレジの方に「これでもう、思い残すことはないです」と、後になって思えば不気味なセリフを残し、私は外へ出た。
我ながら、ヤン坊とマー坊の変化がはっきり表れたいい4つになったんじゃないかと思う。
1988年から1999年は、まあ、実はそれほど変わらない。本当はこの間に1995年のマグネットもあったのだが、それもそんなに大きくは変化していない。
一方、2019年から2024年への変化よ。
面白い。1988年の二人になら飴玉でもくれてやりたくなりそうだが、2024年の二人には敬語で話してしまうと思う。ヤン坊さんとマー坊さん。
ヤンマーミュージアムの中は快適に涼しかったのだが、恥ずかしさで冷や汗をかき、そしてまた暑い外に出たので元通りだ。
近くに銭湯があるらしいと分かり、興奮した。水風呂もあるらしい。この暑くてどうしようもない状態からの水風呂。絶対に最高だろう。のんびりと20分ほど歩き、目的の「びわこ湯」へ到着した。
コンパクトな浴場内に、十分な設備を備えた素晴らしい銭湯だった。水風呂は18度にキープされているようで、冷たすぎる水風呂が少し苦手な私には最高の温度であった。電気風呂もあった。ちょうどさっき買ったヤンマーのタオルで体を拭いた。
銭湯のおかげでかなり回復した。そして、暑さは厳しかったが、そのかわり、体力を使ったからか、お腹が減ってきたのをはっきりと感じる。時計を見ると17時半になっている。あと1時間ほど歩けばもう、カツカレーを食べたくて仕方なくなっていることだろう。
もう少しで空腹を感じられそうだ
引き続き、長浜の城下町を行き当たりばったりに、とはいえ、なんとなく駅の方へ向かいつつ歩き回る。古い建物が並ぶ通りに急に大きな倉庫のような建物があると思うと、それは長浜曳山祭の山車を収める建物なのだった。
この中に山車が収められている、と思うと改めてその大きさが感じられた。それから、
秀吉を祀る「豊国神社」に立ち寄り、少し遠くに見えた「本願寺長浜別院」まで歩き、いよいよ、もう完全にお腹が減った。
いよいよカツカレーを食べます!
再び「ラーメン大学 都」の前までやってきた。
再びカウンター席に座り、もう心は決まっているくせに、一応メニューを開く。「瓶ビールの中瓶と、カツカレーをお願いします」と伝える。
よく冷えたビールを飲みながら店内に設置されたテレビを見ていると、バレーボール選手が、遠くの的に向かってボールをアタックするみたいな番組が流れていた。「あっ」と思う。これ、昼にここでテレビを見ていた時に「今夜こんな番組があります!」と予告CMが流れていたやつだ。昼のテレビで予告されていた番組を、同じ店で夜に見ている。なんだか不思議だ。
カツカレーが来た。
うおー!これだ!サラダがついて、福神漬けの入った小鉢があって、ドーンとカツカレー。まずはルウのかかったカツをひと齧りしてみる。うまい!
メニューの紙には、「旨みが凝縮されたラーメンスープを使用したコクあるルウにやわらかい美濃豚のカツはボリュームも満点!」とあったが、なるほど、ルウにコクがあって、カツはとても柔らかい。辛みもあるが、あくまでマイルドな感じである。
ビールを飲み、今度はルウのかかったご飯をスプーンですくって食べる。うーむ、これだ。カツカレーが好きなパリッコさんが「カツカレーはつまみになる」というようなことを言っていたのを思い出した。カツカレーは、ゆっくり自分流に食べ進めながら途中にビールを挟んだり、テレビの中のバレーボール選手の頑張りを眺めながらちょっと深呼吸したりできる。スプーンの先でカツを切り、また口に運ぶ。思い出したようにサラダを食べる。これもうまい。
ああ、再びお腹いっぱい。同じ店で一日に二度お腹いっぱいになれるとは。会計時にお店の方に少し伺ったところによると、お店はオープンから50年以上になるそうで、以前はもう少し駅寄りの場所にあったのが平成元年に今の場所に移転してきたそうである。チェーン店ではなく、独立経営のお店だそう。
帰宅後によく調べてみると、ラーメン大学は長野県を中心に複数の店舗が展開されているが、そっちはマスコットも柳原良平キャラとは別である(この記事で取り上げられている蜂木さんのレポートもご参照ください)。
滋賀県内には同じ柳原良平キャラ看板のお店も過去にあったり、今も営業しているお店があるが、お店の方がおっしゃる通り、現在は別々の経営ということだろう。
とにかく、私は「ラーメン大学 都」と、長浜の街がとても好きになった。お店の方が「また長浜に来られる時はぜひまた寄ってください」と言ってくれたので、今度は餃子も麻婆豆腐も食べてみたい。
夜風が気持ちよかったので、昼間は暑くて限界を感じた琵琶湖まで歩いてみた。豊公園はもう真っ暗で、私の視力では視界の奥に本当に琵琶湖が広がっているのかもわからない。
また今度、少し涼しくなったら来よう。そう思いながら、夜道を引き返した。

