赤くて辛い方のキムチだって作る人によって味が全然違うけど、水キムチの味もまた、作る人によってまったく違った。
自分の中の水キムチ像が揺らぎ、さらに興味が湧いてくる機会となった。「鶴橋 水キムチ」で軽く検索しただけでも、私が今回見つけられなかったお店がまだまだたくさんあるようなので、近いうちにまた鶴橋に行かねばと思っている。
そしてその際は、持ち手が腕に食い込まない保冷バッグを持っていこうと思う。それが大事だ。
去年の夏から急激に「水キムチ」が好きになった。「水キムチ」とは、韓国語では「ムルキムチ」(「ムル」が「水」を意味する)と呼ばれるもので、唐辛子をふんだんにつかった赤くて辛い「キムチ」とは違い、米のとぎ汁や水で漬けているからあっさりしていて辛さはない。
大阪・鶴橋は関西でも有数の規模を誇るコリアンタウンで、キムチの専門店がたくさんある。その中から水キムチを売っているお店を探し、6つのお店で買い集めてみた。
一つ一つじっくり味わってみた結果、「水キムチ」の美味しさと、その自由度に驚かされることになった。
私は去年まで「水キムチ」を食べたことがなかった。「水」と「キムチ」という二つの言葉がどのように結びつくのかまったく想像もできず、なんとなくあっさりした漬け物なのかなとは思ったが、果たしてどんな味がするものかわからなかった。「鯖の水煮」、「水炊き鍋」など「水」がつく食べ物を思い浮かべてみたが、どれとも違いそうだ。
たまに買い物にいく近所の市場にキムチの専門店があって、ある時、そこをじっくりのぞいていたら「水キムチ」が売られているのを見つけた。たっぷりの汁とともにビニール袋に入ったそれを買って帰り、食べてみて驚いた。
白菜の浅漬けなんかに近いものを感じはするが、発酵した食品ならではの酸味が濃く、たっぷり入ったスープに旨みがある。「水キムチ」の主役はこのスープだと言われることも多いようで、乳酸菌が豊富に溶け込んでいるから飲めば飲むほどお腹にいいとも聞く。
さっぱりした味わいと発酵食品の風味が濃いスープが一発で気に入った私は、以来、「水キムチ」を見つければ買うようにしているのだが、普通のキムチと違ってまだまだ日本の食卓には広く普及していない状況で、今のところスーパーで普通に見かけるようなものではなく、買おうと思えばキムチの専門店を探す必要がある。
私は大阪に住んでいるのだが、大阪には鶴橋という町がある。古くから韓国文化が根付くエリアで、焼肉店が多く集まっていて「焼肉の聖地」とも呼ばれる。韓国食材を扱う店も多く、韓国のカルチャーに興味がある人なら歩いているだけで楽しい場所である。
鶴橋にはキムチの専門店も多い。ということはつまり、水キムチが買える店も多いはずである。「水キムチを買えるだけ買ってこよう」と思い立った私は保冷バッグを片手に鶴橋を目指すことにした。
JR鶴橋駅周辺は商店が立ち並ぶ細い路地が入り組み、慣れない状態で歩いていると「あれ?今どこにいるんだっけ」と迷子気分になるような場所である。
まずは適当に歩き回り、町の雰囲気を体全体で味わう。エリアごとに立ち並ぶ店の雰囲気が少しずつ違っている。
キムチの専門店があれば店頭の商品をのぞくようにして歩いていったが、まずわかったのが、どのキムチ専門店でも水キムチを扱っているわけではないということである。
数週間から数ヶ月かけて熟成させていくという「キムチ」と、発酵期間が短く、漬け方も異なる「水キムチ」とは製造過程が異なるため、鶴橋といえども売っている店は限られているようだった。
何軒か探した後、ようやく店頭に水キムチが発見できたのが「岡村商店」だった。
「水キムチを探していたんです」と言う私に、お店の方が水キムチを持ち上げて写真を撮らせてくれた。
一つ購入すると新聞紙に包んでビニール袋に入れてくれた。「大根と白菜が入っています。美味しいですよ」とお店の方。「水キムチは夏のものですよ。家によって味が違います」との教えていただいた。
「岡村商店」の近くの路地を折れると、惣菜店ばかりが並ぶ道に出た。
その中の一店、「金井韓物店」の店頭の冷蔵ケースに「水キムチ」の文字があった。
「うちの水キムチは無添加です。味付けは塩だけです」とお店の方が言っていた。この店で水キムチを販売しているのは夏の間だけで、周辺のどこの店もだいたい夏季限定で売っているが、中には一年中売っているところもあるとのことだった。
先ほどの「金井韓物店」のはす向かいにある「神戸商会」にも水キムチがあったので買う。
ビニール袋が厚めだったのでこの時点では中身が詳しくわからないが、緑っぽい、青菜のようなものが入っているように見えた。どの店の水キムチも個性的だな。まあキムチだって、というかそもそも漬け物はそれを売る店や家庭ごとに味わいも異なるのだから、そりゃそうか。
続けざまにその近くのお店でも水キムチを購入する。これで4袋目だ。
「豊田商店」の前を通るとお店の方が「何かお探しですか?」と声をかけてくれた。「水キムチを探しています」と答えると、店頭には無いようだったが、近くの本店から持ってきてくれるという。
「夏はやっぱり水キムチがいいですよ。冷麺に入れても美味しいですよ」とお店の方が言っていた。なるほど、市販の冷麺に水キムチを乗せたら絶対美味しいだろうな。
さて、私は買った水キムチをさっきから次々と保冷バッグに突っ込んでいるのだが、スープがたぷたぷに入っているために一つ一つがずっしりと重く、持ち手が腕に食い込んで激痛が走っている。もう一個だけ買って終わりにしよう。
これが最後だと思ってやってきたのが「金剛食品」だ。
キムチ類は単品でも購入できるが、3パック1000円で購入するのがお得だとのこと。水キムチは2種類あるというのでその両方と、オーソドックスなキムチも買わせてもらった。
よし、買い物はここまでとして、とにかく腕が千切れないうちに帰宅しよう。
汗だくになって家に戻り、「この保冷バッグ、どれぐらい重いんだろう」と思ってそのまま体重計に乗せてみた。
さて、ここから買った順番に中身を取り出し、食べながらそれぞれの違いを確認してみる。
まずは「岡村商店」の水キムチである。
中身の一部を器に取り出してみる。具は大根と白菜が中心でにんじんが少々入って彩を添えてくれている。
食べてみると、あっさりさっぱり。クセがなく、これはもうほぼ日本の浅漬けに近いのでは、と思った。和定食の中に忍ばせても違和感のなさそうな、誰にでも好かれそうな味わいだ。私がこれまでに食べたことのある水キムチとはまた違った印象だった。
さて二つ目は「金井韓物店」で買った水キムチだ。
早速スープの色合いが違う。こっちはかなり白濁していて、匂いからも発酵感が強い。これも一袋900グラム超えの重量だった。
白菜、大根、青菜、パプリカなどが入っていて、生姜の風味も効いている。ニンニクの風味もかすかにあって私好みだ。酸味も強く、浅漬けとはすっかり違っていて、これが和定食に忍ばせてあったらびっくりすると思う。
3つ目は「神戸商会」の水キムチである。
前の二つよりも若干小さめのビニール袋に入っており、一袋の重さは530グラムほどであった。
器に盛ってみると、ひとつ前の「金井韓物店」のものより、若干スープが黄味がかっているように見えた。
大根、青菜、にんじん、細切りの生姜も入っている。唐辛子のかけらも浮かんでいて、なるほど、唐辛子効果によって少しスープの色味が黄色っぽくなっているのかも。
味わってみると、唐辛子が浮かんでいることからわかる通り、今までの二つにはない辛味がパーッと口の中に広がった。とはいえ、あくまで控えめな辛味だ。これはこれで後を引いていいなー。
4つ目に購入したのは、1つ目と同じ「岡村商店」のものだったとわかった。店名を確かめず買ってしまった私がうっかりしていた。
念のため中身も味わってみたが、最初に食べたのと同じ、浅漬けに近い淡麗な味わいだった。今の私なら知らずに食べても「あ、これって岡村商店さんのだよね」と判別できるんじゃないかと、ちょっと調子に乗ってしまった。
次は5つ目の「豊田商店」の水キムチだ。これには驚いた。真っ白いのだ。
中身を器にあけてみてわかった。具材が大根のみなのだ。白い大根とスープの中に唐辛子の欠片が浮いている。
かなり太くカットされた大根だが中までスープの味が染み込んでいて、そうでありながら歯ごたえはシャキシャキ。後からほのかな辛味が広がって、これはこれで美味しいな。
さて最後、「日本の人向けの味付け」、「韓国の人向けの味付け」と2種類のタイプが用意されていた「金剛食品」の水キムチである。
他の店とは違ってビニール袋ではなくプラパックに入っていてスープが少ないからか重量は控えめ、二つとも400グラムほどであった。器に盛りつけ直してみる。
まずは「日本の人向け」と言われた方。あっさり感の強い見た目である。
大根、白菜、きゅうり、にんじん、と具材はまさに浅漬けという感じだが、そこにリンゴが入っているのが面白い。
味わいは一番はじめに食べた「岡村商店」に近いものを感じた。浅漬け系のタイプである。
最後は「韓国の人向け」と説明された方だ。
食べてみると、辛味があり、ニンニクの風味も効いていて、今まで食べてきたものよりパンチがある。この野菜は大根菜のようで、しっかりした歯ごたえがある。そうか、これもまた水キムチなのか……。
こうして食べ比べてみて浮かび上がったのは、「水キムチは店ごとに違う」というシンプルな事実である。また、その違いを楽しみながら鶴橋でお気に入りの水キムチを探すことがすごく楽しいということである。水キムチの旬であるという夏が去ってしまう前に、もっと色々食べてみなくてはならない。
赤くて辛い方のキムチだって作る人によって味が全然違うけど、水キムチの味もまた、作る人によってまったく違った。
自分の中の水キムチ像が揺らぎ、さらに興味が湧いてくる機会となった。「鶴橋 水キムチ」で軽く検索しただけでも、私が今回見つけられなかったお店がまだまだたくさんあるようなので、近いうちにまた鶴橋に行かねばと思っている。
そしてその際は、持ち手が腕に食い込まない保冷バッグを持っていこうと思う。それが大事だ。
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