特集 2019年8月12日

夏だ! 旅行だ! 「岬ゆきのバス」に乗ろう

岬にはバスで行くに限る。なかでも終点が岬という「岬ゆきのバス」が最高だ

岬へと向かって走るバス、それが「岬ゆきのバス」。

街から離れ、だんだんと岬へ近づいていく高揚感に満たされながら、車窓いっぱいに広がる青い海を眺める。至福の時間である。

そんな愛すべき「岬ゆきのバス」の魅力について語りたい。

1983年徳島県生まれ。大阪在住。エアコン配管観察家、特殊コレクタ。日常的すぎて誰も気にしないようなコトについて考えたり、誰も目を向けないようなモノを集めたりします。(動画インタビュー)

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バスを使った岬めぐりの良さ

『岬めぐり』(山本コウタローとウィークエンド)という曲がある。恋にやぶれた若者が、いつか二人で行こうと約束した岬を一人で巡るという哀愁ただよう歌である。

私はこの曲が大好きで、特に「バスで岬をめぐる」という心情に強いシンパシーを感じる。バスで! 岬を! 巡るのだ。それってつまり、こういうことである。

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これまで縁のなかった土地へ降り立ち、いざ飛び乗ったのは不慣れな路線バス。流れる景色を横目に見ながら、頭では釣り銭のことばかりを考えている。運賃をピッタリ払わねばならぬというプレッシャーである。小銭を握りしめた手からは、じっとり汗がにじみ出ていた。
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アナウンスを聞いても、知らない地名ばかりである。本当に岬へ辿り着けるのだろうか。ここは自分の知らないパラレルワールドなのではないか。そんな不安が体を支配し、一刻も早くバスから降りたい衝動にかられる。「次止まります」に思わず手が伸びそうになった、そのとき、
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……パッと車窓の風景がひらける。目の前に広がるのは、一面の青い海、そして青い空。これまでの鬱屈とした気分は一気に晴れ、爽快さに気持ちが高ぶる。ああ、自分は旅に出たんだと実感する。――岬まではもうすぐだ。

人によってグッとくるポイントは違うだろうけど、私にとっての「バス+岬」の良さって、これである。不安からの解放。はるばる来たぞという達成感。日常ではなかなか味わえない、この感覚がたまらなく好きなのだ。

そして「岬ゆきのバス」へ

ここまでは序章である。私は別にバスで岬を巡る話がしたいわけではなくて、伝えたいのは「岬ゆきのバス」についてだ。

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北海道の最東端・根室を走る、納沙布岬ゆきの路線バス。太平洋回り(かつてはオホーツク回りもあったという。壮大である)で岬へと向かう。2006年撮影

この納沙布岬ゆきのように、終点が岬であり、岬を目指して走るバスを「岬ゆきのバス」と呼んでいる。これまでにいろんな岬を巡ってきたが、「終点が岬である」という縛りから生まれる旅情は強烈なのだ。

どういうことなのか。

それを説明するため、先日「万葉の岬」(兵庫県)へと向かう岬ゆきのバスに乗った話をしたい。

実録・岬ゆきのバス

路線バス網は、全国各地に張り巡らされている。ということは、「岬ゆきのバス」もさぞたくさんあるのだろう……と思いきや、実はたったの15路線しかない(筆者調べ、詳細は後述)。

そのうちの一ヶ所が、兵庫県相生市にある「万葉の岬」なのである。

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梅雨があけたばかりの休日に、ふらっと相生までやってきた。大阪からだと、新幹線を使わなくても2時間ほどで行ける距離だ

駅のホームから見えるのは、198円弁当で有名なラ・ムーである。近所にないので思わず はしゃいでしまったが、特に本編とは関係ない。

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駅前にはデデンと東横インがそびえる。現代の一般的な地方都市風景である
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バス乗り場を順に見て回ると、目指す「万葉の岬」ゆきを発見した
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土休日の場合、一日たったの3便しかないという。この時刻表だと、わざわざバスで行く人は皆無である。しかし行くのだ、俺はバスで岬に
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やがて時刻通りに、目的のバスがやってきた
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行き先は「岬」である。正真正銘、岬ゆきのバスだ
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出発してしばらくは、市街地を走り抜けていく

「岬ゆきのバス」の旅は、駅前でバスを待つ瞬間から始まる。マイカーと違って時刻表に縛られるため、少し早めに行って待機する必要がある。心配性の私なんかは、この時点でほどよい旅の緊張感に包まれる。

バスは定刻に出発したあとも、一直線に岬へと向かってはくれない。まずは市街地を回り、いくつものバス停を経由する。たまに人を乗せたり降ろしたりしながら、マイペースに街を走り抜けていく。

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この時点では、何人か地元の方も乗っていた

路線バスは、基本的に「地域の足」である。そのため乗客のほとんどは、岬とは無関係に利用している地元の方々だ。特に今回のような観光で使うには不便すぎるバスの場合は、その傾向が顕著である。ひとりだけ旅気分に浸っている自分が、ひどく浮いた存在となることも珍しくない。

つまりバスはまだ、誰かの「日常」の中を走っている。

日常から非日常への転換

旅の目的は人それぞれであるが、私は「日常では味わえない感情、つまり非日常を味わいたい」というのが大きい。

岬を巡るとはすなわち、効率を捨て、わざわざ先っぽを目指す遠回りをすることによって非日常を味わう行為である。

でもどうだ。市街地を走るバスの車内は、誰かの日常に支配されている。

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しかし、景色は徐々に移ろいでいく……。終点が近づくにつれ、乗客はひとり、またひとりとバスを降りていった

時間が経つにつれ、バスは市街地から遠ざかり岬へと近づいていく。もちろん地元の方は岬に用がないので、手前で降りていってしまう。ほどなくして、乗客は私ひとりとなった。

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そして誰もいなくなった車内から見えるのは、青い海、青い空。一気に「非日常」空間へと突入した
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車窓一面の海!
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海の次は山だ。先ほどまでの日常感からうって変わって、観光バスのような趣に変貌した
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ほどなくして、目的地である「万葉の岬」に到着。この日は天気が良く、美しい瀬戸内海の景色を見ながら、ひたすらボーッとする贅沢な時間を過ごした

途中から、急に場面転換したのが分かっただろうか。

乗車時点では、日常を運んでいた岬ゆきのバス。それがルートを進むにつれ、徐々に非日常へと変貌していく。

行き先は、なんといっても「岬」なのだ。そんなバスに終点まで乗り通すのは、意思を持って岬へと向かう旅人だけである。

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日常から非日常へといざなう、それが岬ゆきのバス

この日常から非日常へのゆるやかな変化によって、自然と気持ちが高ぶってくる。おまけに、それを盛り上げるかのように車窓の風景も一変するのだ。なんておあつらえ向きな!

つまり岬ゆきのバスとは、日常と非日常とを結ぶある種のアトラクションである。たとえばこれが観光バスだと、最初から最後まで非日常である。また岬を経由するバス(終点が岬ではない)となると、岬に到達した時点でまだ日常を引きずっている。私が純粋な岬ゆきのバスを求める理由はそこにある。

さて、このようなバスは全国にいくつかある。趣味でいろんな岬を巡っていくなかで、当初は偶然こういう性質のバスを発見して喜んでいたのだけれど、やはり全貌をつかんでおきたい。とはいえ、「岬ゆきのバス」という概念を提唱している人は他にいないし、データも存在しない。そこで独自の調査を行うことにした。

ここからは、全国の「岬ゆきのバス」を調査する話である。

岬ゆきのバスの探し方

無数にあるバス路線から、岬ゆきのバスを探し出すのは簡単ではなかった。(ちなみに約8年前に一度 調査済みであったが、今回この記事を書くにあたって一から調べ直した)

全国のバス停を「岬」で検索すればいいのでは? と思うかもしれない。でもそれだと、「岬を経由するバス」が大量に含まれてしまうのだ。

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分かりやすいのが、北海道にある襟裳岬。何もない春で有名な襟裳岬は、西側の様似、東側の広尾を結ぶ路線の途中にある。つまり岬は、終点ではなく経由地なのだ

一見すると「岬ゆきのバス」と勘違いしてしまうが、このようなバスは「岬を経由するバス」である。趣が異なることから、岬ゆきのバスにはカウントできない。

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一口に岬と言っても、呼び方もいろいろある。西日本には「長崎鼻」のように、「~鼻」という名称も多い(ちなみにこの長崎鼻は、終点ではなく経由地だった)

やっかいなのは、岬の呼び方だ。「~岬」だけでなく、「~崎」「~埼」「~碕」「~鼻」など、岬を表す言葉はいっぱいある。どんな呼称パターンがあるのか全貌がつかめなかったので、結局のところ検索には頼れない、という結論になった。

「これはもう、海岸線のバス停を目視で確認していくしかないな……」

覚悟を決めて、地道に調査するしかないのである。

日本の全海岸線をチェックする

調査には、国土交通省が公開している「国土数値情報」というデータベースを利用した。そこに「バス停留所」「バスルート」というデータがあって、日本の全バス路線(ただし2010年頃)のルートが収録されているのだ。なんてありがたいの……。

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それをプロットしたのが、すでに何度かお見せしているこちらの地図である。紫色がバス路線で、バス停の位置や名前も一目で分かる
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東京23区内は、実にめまいがするような複雑度である。見なかったことにしよう
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この地図が描画できれば、あとの調査は簡単。海岸線をひたすら目で追っていき、
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突端に向かって突き出しているルートがあると、可能性がある路線としてメモする(ちなみにこの辺戸岬も、終点ではなく経由地だった)

この作業をひたすら進めること約5時間。休日を半分費やすことによって、日本の海岸線すべてを見終えることができた。その結果として、「岬ゆきのバス」の可能性がある全国94路線の抽出を終えた。

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この時点では、まだ可能性にすぎない。このあと一ヶ所ずつバス会社のサイトや、衛星写真をたよりに、本当に岬ゆきのバスかどうかを確認する必要がある。これにはさらに数日を要することとなった

確認を進めるなかで、「岬ゆきのバスだと思ったけど、そうじゃない」というパターンが分かってきた。せっかくなので、いくつか事例を紹介したい。

これは岬ゆきのバスじゃない

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乗ったことのある方も多いであろう、日本最北端の「宗谷岬」ゆきのバス。実は岬が終点ではない。方向幕は「宗谷岬」になっているが……
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宗谷岬は通過点であり、その先にある「大岬小学校前」が真の終点である。この場合は残念ながら、岬ゆきのバスとは認定できない
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これは福井県にある常神岬。終点のバス停も「常神」なので勘違いしそうになるが、地図を見ると「常神という集落」が終点だと分かる。このパターンは全国に多いうえ、判別が難しいので最後まで扱いに悩んだ

あくまで終点の「岬」へと向かう、一途な思いが必要なのだ。バス会社としては、人の住んでいる場所を結びたいというのはもっともである。でもその誘惑に負けず、観光客のために岬までバスを走らせる。その意気込みを買いたいと思うのである。

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これまた頻出だったのは、「岬にある建造物が終点」というパターン。写真は終点「北山崎展望台」。惜しい。他には、灯台、レストハウス、展望台、タワー、宿舎といった顔ぶれ

例えば「龍飛崎灯台」「石廊崎オーシャンパーク」「波戸岬国民宿舎」などなど。たしかに岬へ向かっているのは間違いないのだが、お目当てが岬から微妙にずれているため、岬ゆきのバスからは除外した。苦渋の決断である。

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とは言ったものの、ただ除外するのも忍びなかったので「準・岬ゆきのバス」として一覧にしてみた(※2019年8月現在。筆者調べ)。岬が主体か、岬にある建造物が主体か。おそらくいろんな思惑のすえに決定したバス停に違いない

発表! 全国にある「岬ゆきのバス」

そんなこんなで吟味を重ねた結果、残ったのが全15路線というわけである。

ついに発表、岬ゆきのバスが走る岬がこれだ!

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2019年8月現在、筆者調べ。お出かけの際は、必ず最新情報のご確認を

一番悩んだのが、先に例を出した「終点が集落」問題である。悩みすぎて無限に時間を吸い取られ始めたので、最後は自分が自信を持って「これは岬ゆきのバスだ!」と言える路線だけを残すことにした。

このうち筆者が乗車済みのバスは、万葉の岬のほかには、納沙布岬、神威岬、御崎岬、日御碕の計5ヶ所であった。残るはあと10ヶ所。また全国を巡る目的(大義名分?)ができた。これから徐々に巡りを進めていくつもりだ。

岬ゆきのバスは、これまでの説明でも分かる通り「概念」に近い。自ら定義した概念にしたがって行動する、いわば概念旅行である。でも現地で目にできる美しい風景は本物だ。

岬を巡ろう。そして非日常を味わおう。


減りゆく?「岬ゆきのバス」

本文にも書いたとおり、この調査をするのは8年ぶり二回目である。

その当時と比べると、民間のバス事業者が撤退し、自治体が運営するコミュニティバスに転換された岬がいくつかあった。岬ゆきのバスも、今後どんどん減っていく一方かもしれない。

みんなも行こう、岬。ただ真夏の岬は太陽に焼かれるので、少し涼しくなってからがオススメである。

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