人生最大のメシウマ体験
不幸のサイズは違えど、誰もがメシウマ状態になったことがあるだろう。
高校生の時、一つ上の先輩に「お前は敬語の使い方がなっていない」と呼び出され、正座させられながら説教を受けたことがあった。説教している先輩のアゴの上がり具合を今でも覚えている。
1年後、その先輩が第一志望の大学に落ちたことを人づてに聞いた帰り道、「ヨッシャー」と叫びながらとにかく走った。なにかすごいエネルギーが湧いてきたので、走りまくった。そして、サイゼリヤに飛び込み、ミラノ風ドリアを食べた。あの味は忘れられない。
大人になってからは、嫌なヤツが不運な目にあったことを聞くと、家系ラーメンをニンニクもりもりで食べる習慣がついた。
いくら嫌なヤツだからって不幸を楽しむのはかわいそうだ。心が醜いのはわかっている。でも、でも、人が不幸になったときに食べるご飯はやっぱりなんか美味しい……。
メシウママシーンを作ろう
美味しいご飯を食べたいから、「メシウママシーン」を作ることにした。人の不幸を検知したら、ご飯に「ふりかけ」がかかるマシーンだ。人の不幸とふりかけの力で、ご飯がすげえ美味しくなる画期的な発明である。
人の不幸をどう検知すべきか。という問題がある。どこかに落とし穴を掘って、それに誰かが落ちたらマシーンに信号を送る仕組みを作ろうかな。と思ったけれど、裁判沙汰になってしまいそうだ。
メシウマの同義語、シャーデンフロイデのWikipediaページを読んでみると、イスラエルの哲学者による考察が掲載されていた。それによると、シャーデンフロイデが起きやすい特徴として、
- その不幸が、当人の落ち度であること
- 深刻な不幸ではないこと
- 意図的に不幸にするわけではなく、見聞などで知ること
この3つをあげていた。
3つめの「見聞で知る」から考えてみると、落とし穴作戦ではなく、SNSを使うのがよさそうだ。
特にツイッターには、数多のユーザーによるつぶやきが投稿されている。今起きたことを共有するSNSだからこそ、今起きた不幸も共有されやすい。
ということで、特定の不幸なキーワードが含まれる新着ツイートがあると、マシーンに信号を送る仕組みで作ってみようと思う。
設定するキーワードは、
「小指 ぶつけた」
「鍵 なくした」
の2つでいこうと思う。誰かがが足の小指をタンスの角にぶつてたり鍵をなくしているときにご飯を食べたら絶対に美味しいからだ。
IFTTTというサービスを使って、Twitterとマシーンを接続する。「小指 ぶつけた」か「鍵 なくした」のどちらを含むツイートがつぶやかれると、マシーンが動く。
本当は嫌いなヤツのツイッターアカウントに限定したら、もっとご飯が美味しくなると思うが、一年経ってもマシーンが稼働しない可能性がある。なので、全ユーザーの小指と鍵がメシウママシーン対象だ。覚悟してくれ。
マシーンは、MESHというソニーから出ている電子工作用のデバイスを使って作った。タグと呼ばれる四角いデバイスを専用のアプリ内でつなげることで、簡単に電子工作をすることができるのだ。
あとは、木を切ったり塗ったり貼り合わせたりを頑張る。
はたして、メシはウマくなるのか?
メシウママシーンが完成した。トムサックスの作品みたいになった。やったね。
これを使うことで、誰かが小指をぶつけたり鍵をなくすと、ご飯がより美味しくなる。
あとは、炊きたてのご飯をセットして、人の不幸を待つのみだ。
夜7時。夕ご飯どきになり、お腹が空いてきた。今日のご飯は高級フレンチよりもウマいメシになるぜ。
あとは、とにかく待つ。待つのみである。スイッチをいれて10分経つが、全く動く気配がない。想像の中では、毎分、誰か一人は足の小指をぶつけていると思っていたので、これが現実なのか、という気持ちだ。
しかし、止まない雨はない。明けない夜はない。かからないふりかけはない。
とにかく自分を信じて、人の不幸を願いながら待つのみだ。忍耐。忍耐だ。
あっ。
待った割にはかなり少ない。しかし、普通のふりかけとは違って「他人の不幸」という旨味も入っているから、この少量でもきっと満足感があるはずだ。
このふりかけ、かなりうまい! ほどよい塩っぱさがクセになる味だ。美味しすぎて、茶碗からこぼれた2粒くらいを指で拾ってなめた。
いや、ふりかけのことはどうでもよいのだ。
どんなツイートに引っかかったか確認してみると、「アアアア 小指ぶつけたあああ」というツイートだった。
うれしい。全く知らない方なのに申し訳ないが、小指をぶつけた人が引き金になって、美味しいご飯を食べられているのがすごく嬉しい。メシウマの新しいレベルに到達できた気がする。
カメラの録画時間を見ると、25分を超えていた。一眼レフは最長30分しか録画できないので一度止めてまた録画をし直す。無の表情の自分が20分以上写っていて、得体の知れない恐怖心を覚えた。
やっとマシーンが動いたと思ってもふりかけの量が少ない。味付けにかける塩の量だ。
不幸なツイートを確認したところ、「○○サービス終了のお知らせ 小指をぶつけたためサービス終了します」といった診断メーカーの冗談の文章だった。悔しい。
それでも私はお腹いっぱいご飯を食べるために、マシーンが動くのを待つ。
急にすげえ出た。手に負えない量が出てきた。
これはとんでもない不幸に違いねえと思い、引き金になったツイートを確認したところ、「家の鍵なくした」という内容だった。「小指ぶつけた」は手放しでメシがウマく感じたのに、鍵の紛失は心が痛んでくる。こんなに人間の感情というのは複雑なのか!
平均すると10分に1回のペースで、誰かが小指をぶつけるか鍵をなくしていたので、1時間の中で6回ほど不幸ふりかけをかけることができた。
それにしても、冗談抜きで、ご飯が美味しく感じている。これは、人の不幸によるものなのか、それとも一口食べたら誰かが不幸になるまでご飯を食べられないからか。ふりかけが美味しいからか。どれだろう。
朝ごはんもメシウマする
メシウマと同じ意味で、「他人の不幸は蜜の味」という言葉がある。蜜……。はちみつ……。おいしい……。食べたい……。ということで、はちみつバージョンを作った。
誰かが不幸な目に遭うと、パンにハチミツがかかるという仕組みだ。朝はパン派です。
朝から鍵をなくす人はあまりいないかもしれないが、小指をぶつける人ならたくさんいるはずだ。なので、でーんと構えて誰かが小指をぶつけるのを待つ。
パンを固定する術がなかったので、マシーンが動く前に「チーン」という音が鳴る設定にした。音が鳴ったら、すかさずパンをハチミツがかかる位置に持っていくのだ。
今日、はじめてのメシウマだ。しっかりハチミツをキャッチしてやるぜ。
もっとブチューっと出るかと思っていたが、1滴だった。1不幸に対しての蜜は1滴ということか。
どんな不幸か見てみると、「昨日の夜にぶつけた小指がまだ痛い」という内容だった。大丈夫だろうか。病院に行った方がいいのではないだろうか。
1時間ほど待って、計3滴の不幸ハチミツを得ることができた。最終的に我慢できなかったので、自分の手でかけて食べました。
メシウマの先を求めて
他人の不幸で飯をウマくすることができてうれしい。「今この瞬間、小指をぶつけて痛がっている人が日本のどこかにいる」と思いながら食べるご飯は、格別だ。最高だ。打ち上げのビールくらい最高だ。しかし、あのミラノ風ドリアを超えることはなかった。
あの時食べたミラノ風ドリアを超えるほどのメシウマな出来事と巡り会えるように、いまから嫌なヤツをたくさん作っておこうと思う。
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