特集 2021年8月2日

世紀の珍発見!すき焼きにメンマを入れると松茸の味

あの夜、僕が食べたメンマ入りすき焼きは、確かに松茸の香りがしたんだ。だけど店の女将さんは「松茸なんて入れてない」と言う。

一体、あの体験はなんだったんだろう? あの謎を解かないことには、僕は前に進めない気がする。

1978年東京生まれ。酒場ライター。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター・スズキナオとのユニット「酒の穴」としても活動中。

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数年前の不思議体験

もう少し詳しくお話ししよう。

数年前、どこの街のどこの店だったのかはすっかり忘れてしまったのだけど、ハシゴ酒の途中に出会ったちょっと印象的な出来事があった。

そこは、女将がひとりで営む、カウンターだけの古くて小さな居酒屋。何の前情報もなく、佇まいの良さに吸い寄せられるようにふらりと入り、席に着く。すると目の前にことりと、お通しの小鉢が置かれた。

……なんだろうこれは? 見たことのない料理だな。メンマの……煮物? そこで女将さんに聞いてみる。

「これはどんな料理ですか?」
「あ、それね。すき焼きの残りにメンマを入れて煮たのよ」

ははは。これだから酒場巡りはおもしろい。

そこは、カウンター上におばんざい的な大皿がずらりと並び、そこから客が食べたいものを注文するスタイルの店。きっと前夜、そこにはすき焼き風の煮物の皿が並んでいたのだろう。それを大鍋で仕込み、肉や野菜などの旨味がたっぷりの煮汁が余った。再利用しない手はないと、翌日、そこにメンマを入れて煮込み、その日のお通しとした。

この自由さ! 決してレシピ本には載るようなものではない、一期一会の味。そこに新鮮な驚きやおもしろさ、そして意外な美味しさが待っているから、僕は酒場に通うのかもしれない。

確かこんなだった気がする
確かこんなだった気がする

ただ、本題はここから。注文したチューハイが届き、ではではとこのお通しをつまむ。すると、酒のすすむ過剰な甘じょっぱさとともに口中にふわりと広がる「松茸」の香り! 僕が思わず聞く。

「豪華ですね。松茸入りのすき焼きだったんですか?」
「え? 松茸なんて入れてないわよ」

これには面食らった。だってだって、どう考えても松茸の味がしたんだもの!

一体、あの体験はなんだったんだろう? あの謎を解かないことには、僕は前に進めない気がする。

まずはすき焼きのタレでメンマを煮てみよう

はい、というわけでですね、長年、のどに引っかかった魚の小骨のように僕の心から消えずにいる、あの謎。それを今回、実際に検証することによって解消したいというのが趣旨です。もちろん、メンマ入りのすき焼きを作って!

というわけで、まずはメンマを買ってきました
というわけで、まずはメンマを買ってきました

僕の愛する「ぎょうざの満州」のテイクアウト販売で「自家製メンマ」が200g入りでなんと200円と圧倒的にお得なので、メンマを買うときはいつも満州なんですが、よく考えるとより一般的なのは桃屋のメンマかもしれないなとそっちも購入。今回はまず桃屋のメンマを使い、途中で足りなくなるようなら満州のメンマを追加する方針でいきます。

で、肝心の検証方法はというと、最初にすき焼きを作り、そこにメンマを入れる方法だと、すき焼きのなかのどの要素がメンマと反応して松茸味になったのかがわかりませんよね。

そこで、

いったんエバラ「すき焼きのタレ」を鍋で煮立て
いったんエバラ「すき焼きのタレ」を鍋で煮立て
そこに桃屋のメンマを汁ごとひと瓶
そこに桃屋のメンマを汁ごとひと瓶

で、肝心の松茸の香りを確認するために、本物の国産松茸を買ってきて……なんて贅沢はできないので、こんなものを用意。

「松茸香料」
「松茸香料」

約1000円で30cc入りの小瓶なのですが、どんな料理にも1〜2滴入れるだけで強制的に松茸風味にしてしまうというヤバい液体。エリンギ入りのすき焼きなんかを作ってこれを加えると、もはや松茸すき焼きです。インスタント松茸ラーメンもうまい。

あとはもう、鍋と香料の両方を香り比べていくだけ。 

まずは鍋のほうの香りを確認
まずは鍋のほうの香りを確認

……ん? 

松茸の香りを確認
松茸の香りを確認
あれ? これは……
あれ? これは……
もっかい鍋を確認
もっかい鍋を確認
え? 嘘でしょ!?
え? 嘘でしょ!?

正直言って僕、今回の検証、うまくいくなんて思ってなかったんです。あの夜の体験はなにかの偶然か勘違いであって、単に「うまくいかなかった」という結果になることで、それを解消したいと思っていただけなんです。

が、おそろしいことに、この「すき焼きのタレでメンマを煮たもの」、すでにほんのり「松茸の香りがする」んですけど!

しょっぱくて酒がすすむすすむ
しょっぱくて酒がすすむすすむ

もちろん、完全に松茸じゃありません。それに、香料と比べたら何分の1とかの香りでしかない。だけど、なんか方向性として近い。僕が「松茸入れました?」と聞いたのもわからなくはない。そういう香りが、すでに漂っています。

そういえば多くの外国人にとって、松茸っていい香りではなく、「革靴の匂い」みたいな表現で嫌われることが多いんだそうです。だから、高級品だからといって安易におもてなしに使わないほうがいいと。

考えてみるとメンマの、あの独特としかいいようのない香りって、なんとなく革靴方面の匂いに近いような気がしなくもない。それがすき焼きのタレと合わさることにより、偶然に近く感じてしまうのかもしれないな。とはいえ、う〜ん、変な現象。

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定番具材を足してゆく 

本来ならば、ここからすき焼きに入れる代表的な具材をひとつずつ加えてゆき、どこかで「あ、松茸味になった!」となるのが理想だったのですが、すでほんのり松茸っぽい香りの鍋。まぁ、せっかく用意したので、具材を加えていってみましょう。

牛肉
牛肉

失礼ながら、場末の酒場で高級和牛は使っていなかろうという想像から、オーストラリア産の牛バラ切り落としを。十二分に美味しそうですが。 

よりわけわからん鍋
よりわけわからん鍋
無論うまい
無論うまい
長ねぎ
長ねぎ
白菜
白菜
白滝
白滝
焼き豆腐
焼き豆腐

はい、ここまで、なにを入れたら劇的に香りが変わった! というような現象は起きませんでしたが、定番の具材を入れれば入れるほど全体の香りがよりすき焼きらしくなり、さらにたっぷりのメンマによる松茸風味も健在。どんどんそれっぽくなっていきます。

で、次に加えるのが「しいたけ」ですよ。

僕、あんまり場当たり的なのもなんだと思って、事前に松茸の香りについて少し調べておいたんです。

すると、松茸の独特の香りの主な要素は「1-オクテン-3-オール」、通称「マツタケオール」と「桂皮酸メチル」というふたつの成分だそう。で、マツタケオールについては、そんな名前をしていながら、しいたけをはじめとする多くのきのこにも含まれるんだそう。

ということはですよ? すき焼きの定番のきのこ類に対し、メンマが「桂皮酸メチル」の役割をすることで、全体が松茸風の香りになるんじゃないか? そんなふうに仮説を立てていたんですね。まぁ、桂皮酸メチルを多く含む食品の代表は、松茸の他に、いちご、バジル、月桃、花椒などだそうで、統一性のなさすぎる謎の成分ではあるんですが。

そこで、生しいたけをかいでみる
そこで、生しいたけをかいでみる

すると、しいたけって煮るともうしいたけ臭としかいいようのない独自の香りを強烈に放ちますよね。ところが、生のしいたけの匂い、驚くほど松茸っぽい! これまた新しい発見でした。 

それを鍋に投入!
それを鍋に投入!

すると最終的に、 

笑っちゃうほど松茸入りな香りに
笑っちゃうほど松茸入りな香りに

というわけで、いまだに理由はわからないものの、「メンマ入りのすき焼きが松茸味だった謎」の真相は、単純に「そういうもの」だったという結果が導き出されました。

とはいえ、僕の鼻の性能が人より秀でているということはなく、というかむしろ人並み以下だと思います。「それは朗報!」とさっそくまねして、「ぜんぜん違うじゃん!」となっても、当方責任は負えませんのであしからず。

あの日のお通しの再現
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