静岡市が広すぎる
静岡市は広い。
その広さ何平方キロメートル!なんて言われても僕みたいな地理にうとい人間にはよくわからないのだけれど、海から山の果ての方までずっと静岡市なのだと聞くとそれはたしかにすごいなと思う。
そんな広大な静岡市の、今日は山の方に行ってみようと思い立ち、愛車の原付にまたがって走りまわっていたところ、こんな看板を見つけた。
急に太秦映画村みたいな場所に来てしまった。さっきまで海が見えていたのに急に時代までも超えくるなんて。これもまた静岡市の広さのなせる業なのだろうか。
原付をとめて町を歩いてみると、あたりまえだが住んでいる人たちはとくに映画の関係者ではなさそうだった。
ここは静岡市と藤枝市の市境に位置する宇津ノ谷(うつのや)と呼ばれる旧東海道の宿場町で、江戸時代には参勤交代の行列が行き来する交通の要所だったのだとか。その名残が今でもこの周辺に映画村みたいな空気を漂わせている。
タイムスリップしたみたいな集落を抜ける一本道を、登山電車のスイッチバックばりにUターンを繰り返しながら登っていくと、それはあった。
トンネルである。壁がレンガで作られており、風格がとにかくすごい。明らかに現代に作られたものではないだろうこれ。
これが看板に書かれていた「明治トンネル」なのだろうか。一直線なので出口の光も見えるのだけれど、水平線に揺れる船くらいの頼りなさだ。
手前に車止めが設置されているので歩行者専用なのだろう。とくにチケット売り場のようなものもないのでそのまま入っていいと判断して足を踏み入れた。いまのところあたりには僕しかいない。
トンネルの中はひんやりとしていて暗いのだけれど、廃れていて怖い、みたいな感じはしなかった。それどころかしっかりと整備がされた暖色の空間がむしろ落ち着く。狭さや圧迫感を感じないのもありがたかった。
壁はレンガ造りだが、落ちてきそうなほどの劣化もないようだ。明治トンネルというからには明治時代に建てられたものなのだろうか。だとしたら驚異的な保存状態の良さである。
たまに首元に水がぴたりと落ちてきて飛びあがったりしながら自分の足音だけが聞こえる道をとぼとぼと進むと、ほどなくして出口の光が近づいてきた。
距離としては100メートルもないだろう(調べたら61メートルらしいです)。それなのに、明るさも湿度も温度も一歩一歩に変化があって、長い旅をしてきたみたいな気持ちになる。
出口付近、といっても、僕が入ってきた側が入口だったのか出口だったのかすらわからないのだけれど、とにかくトンネルを出たところに設置されていた案内図によると、やはりこれが明治トンネルのようだった。
明治のトンネルはその名のとおり、明治時代に掘られたトンネルで、当時は中で「く」の字に折れ曲がっていたらしい。それではきっと出口が見えないわけで、今よりずっと心細かったことだろう。
明治のトンネルは一度火災で焼失し、いまの形に修復されたのが明治36年。そのあと車が通行できるように別の場所に大正のトンネル、昭和のトンネル、平成のトンネルと順に作られていったのだとか。このあたりは山をいかにして越えるか、それが一番の課題だったのだ。
明治のトンネルは日本初の有料トンネルとして利用されていたが、車社会に変わっていく過程で他のトンネルに文字通り道を譲ることになる。しかしそのおかげで保存状態が良いまま今でも保存されているのだろう。ちなみに日本初の有料トンネルだったというが、今は無料で誰でも通ることができます。
各時代に作られた他のトンネルについては、明治のトンネルの入口あたりに立体地図があるのでこれがとてもわかりやすかった。
道の駅の良さ
ここからはおまけだが、明治のトンネルを出て映画のセットのような宇津ノ谷集落を抜けたところに道の駅があった。
この道の駅がまたよかった。
お店の中でおでんが食べられたりするのももちろん嬉しいのだけれど、店頭で野菜なんかを手売りしているおばちゃんが、わたし地元です!すぐそこに住んでます!というオーラを完全に放っていて最高に和む。
ちょうどお昼時だったので、「ぜんぶ手作りよ~」という和菓子とおにぎりを買わせてもらった。
トンネルでタイムスリップ
僕は普段、静岡市の中でも海に近いところで生活をしているのだけれど、原付でちょっと走ると本気の山にぶち当たるのだ。昔の人たちもきっとこの山を見て、その向こう側にある世界に行きたいと考えたのだろう。
明治のトンネルはそんな時代にこの辺に住んでいた人たちのやりたかったことが伝わってくるようなトンネルでした。



