特集 2019年9月26日

名画のロケ地に行ってみる

風景から場所を推測するのが好きだ。趣味と言ってもいい。

CMや映画を見ていて背景に街が映ると、内容よりも場所が気になってしまう。次第に明らかになるヒントをもとに場所がだいたい特定できてくる感じが好きだ。

そういうのを絵画の世界でやっている人がいると聞いた。同好の士だ。話を聞いてみた。


山内崇嗣さんという美術家の人

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絵画の風景のロケ地さがしをしている人こと、山内崇嗣(やまうちたかし)さんだ。油絵の個展を開いたりいろいろ受賞したりしている美術家でもある。

この日は、東京の代々木あたりで書かれたという絵の場所を見に行くため、代々木駅で集合した。山内さんが案内してくれるという。

その絵とは、これだ。

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岸田劉生「道路と土手と塀(切通之写生)」1915年 (出展:東京ステーションギャラリー「没後90年記念 岸田劉生展」図録 p.79)

大正時代の代々木を描いた絵だそうだ。いまの東京にはありそうもない、土がむき出しの地面。いったいこんな場所が代々木にあるんだろうか。

ところで当サイトには、ライターの西村まさゆきさんによる「ここはどこでしょう?」という連載がある。

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「第39回の問題1」より

こんな感じのどこともしれない風景を見て、場所を当てるという遊びだ。基本的に難しいのだが、拡大すると看板の文字が見えたりして、それがヒントになったりする。

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今回は西村さん(右)も同行しています

それを踏まえて、さっきの絵を思い出してほしい。絵画なので、基本的にはどれだけ拡大しても小さい文字が見えてきたりはしない。それに時代も100年違う。いまの風景とは全然違うのだ。段違いに難しいと言えるんじゃないだろうか。

ポイント1: 資料を追う

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「ここが岸田劉生の住んでた家があった一角です」と山内さん

昔の名画はスマホで拡大できない。その代わり、当時の記録が残っている。今回でいうと、作者である岸田劉生(きしだりゅうせい)の日記が残っている。そこにヒントが隠されているそうだ。

ぼく自身が美術に詳しくないので補足すると、岸田劉生というのは「麗子像」の作者だ。

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岸田劉生「麗子微笑」1921年 (出典:同図録 p.132)

美術の教科書に載ってた、自分の娘さんを描いてた人。作者自身は「道路と土手と塀」の場所について、特にどこだとは明言していないらしい。

しかし日記を読むと、彼が当時、代々木に住んでいたことが分かるそうだ。そして「道路と土手と塀」を描く1年前に、まさに「麗子像」の麗子が生まれたことも分かっている。子育てで手がかかる時期だ。風景を写生するために何日もかけて遠くまで行くよりは、近場のほうが描かれやすいんじゃないか、と考えられるという。

ポイント2: 絵を見る

そして大事なのは、やはり絵そのものをよく見ることだという。刑事のいう「現場百遍」みたいなものだろう。

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まず現場はすごい登り坂だ。ということはこの坂を作った犯人、つまり川がこの坂の下に流れている可能性がある。100年経っているので、川は残っていない(=暗渠になっている)かもしれないが、地形は残っているだろう。

それから手前に横たわる二本の黒い線だ。なにかの影に見えるけど、いったい何だろう?

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岸田劉生「代々木附近の赤土風景」1915年 (出典:同図録 p.78)

これは同じ作者が同じ年に描いた別の絵だ。坂道だし、道の左側に同じような白い壁が見える。ぜったい同じ場所だろう。それから作品のタイトルには「代々木附近の」とある。場所は代々木で確定と言っていいだろう。

よく見ると画面中央左に高い電柱が立っていて、その影が左に伸びている。これだ! これに違いない。そして電柱の立っている場所は、時代が変わってもそれほど変わらないだろう(同じ場所に建て替えるだろう)と山内さんは考えたという。たしかにそうだ。

ここまでを総合するとこんな感じだろうか。

・場所は代々木
・川(跡)の近くの、高低差の激しいところ
・道はT字路で、電柱が立っている

ポイント3:地図を見る

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地理院地図に「東京地形地図」を重ねたものに加筆

高低差がわかりやすい地図で代々木を見てみる。上の地図では、緑が濃いほど高い場所だ。色が急に変わっている場所は高低差が激しい。

急な坂があって、その下に川が流れてそうで、道があって、という条件で絞っていくと矢印のあたりが怪しそうだ。

他にも古地図を見るのも大事なんですが、いい加減長くなってきたので割愛します。

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「あっちに行ってみましょう!」

(昔の刑事ドラマによくある、捜索中に音楽が流れてるシーンをイメージしてください)

ポイント4: 現場を見る

というわけで、ここがその現場です。

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すごい坂で、電柱があって、その影があって、T字路になっている。比較してみましょう。

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電柱の影の向きも含めて、なんとなく同じでしょう。(右側の写真は左に合わせるため上下に伸ばしてます)

元の絵の左側に描かれた白い壁は、当時の山内侯爵邸の塀だそうだ。この左側一体がでかい家だったとのこと。

いまはマンションが立ち並んでいる。建物が白いので、なんとなく絵の塀に似てなくもない。

また、電柱の影の向きに注目すると、この絵が午前11時ごろに描かれたのではないかと推測できるという。

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日時計を使って説明してくれた

現場で方位磁針を使って日時計の向きを北に合わせる。次に絵に描かれた影の向きを日時計の上に想定すれば、絵が描かれた時間が推測できる。

これは現場に来ないと分からないことだ。

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当時の痕跡も残っている。さっきの白いマンションの壁の一部が不自然に色が違うし、瓦も違う。この部分は山内侯爵邸時代の名残と考えられるという。

とにかく道路がアスファルトなのでいまの景色とは全然違うように見えちゃうけど、こんなふうに跡もちゃんと残っているとは。これも現場に来て初めて分かることだ。

現場には説明板が立っている

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「岸田劉生が描いた切り通しの坂」とある(左)

実は、現場にはここが絵のモデルになったことを示す説明板が立っている。絵から場所を探す方法を説明する都合上、山内さんと一緒に探したみたいな体でお伝えしましたが、この絵は重要文化財だったりするし場所そのものは昔から有名らしい。

応用: 場所が知られてない絵

「道路と土手と塀」の場所くらい知ってるよ、という岸田ファンの方、お待たせしました。未知の場所です。

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岸田劉生「冬の崖上の道」1915年(出典:同図録 p.82)

同じ作者によるこの絵は、さっきと違ってロケ地がこれまで知られていなかった。それを山内さんが見つけ出したそうだ。

ちょっと場所を推測してみてほしい。全然手がかりないでしょう? 西村さんが「ここはどこでしょう?」でこの問題を出したら文句が来ると思う。それでも山内さんは探した。

考え方はさっきと同じだ。

・崖なのでおそらく川沿いだろう。
・影は手前から奥。正午ごろとすれば奥が北になる。
・つまり道は川の東側にあり、川は北に伸びている。

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「渋谷区洪水ハザードマップ」より抜粋

そこで代々木付近のハザードマップを見る。ハザードマップは低い場所が濃く描かれるので、かつての川の跡が浮かび上がる。ここで、北に伸びる川跡の東側の道に当たりをつける。

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同ハザードマップを加工・加筆

どうも矢印のあたりが怪しい。そうやって見つけたのがこの場所だ。

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どうでしょう。絵と並べてみる。

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現在のほうは左側に建物があるので想像しづらいけど、なければ崖になっているはずで、そうするとだいぶ似てくるんじゃないだろうか。

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上から見るとこんなだ。結構な崖でしょう。よく探したもんだなーと思う。(なお、場所の地図はこちらです)

山内さんがロケ地めぐりをしたのは、いわゆる「聖地巡礼」の感覚に近いところもあるそうだ。映画のロケ地をめぐりたくなるように、名画のロケ地も探したくなると。

山内さんによると、この坂道は、まさに上の写真のアングルで新海誠監督の「秒速5センチメートル」という映画にも出てくるとのこと。なので二つの意味で聖地になってるんですね。

各地で展覧会やってるそうです

山内さんが岸田劉生の絵のロケ地探しをするようになったのは5年前。ちょうど「道路と土手と塀」が描かれてから100年後だ。

そして今年は岸田劉生の没後90年だそうで、いま各地で岸田劉生展が開かれている。

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これは東京ステーションギャラリー

東京ステーションギャラリー「没後90年記念 岸田劉生展」展(2019/8/31 〜 10/20)

八王子市夢美術館「素描礼讃 岸田劉生と木村荘八」展(2019/9/13 〜 11/04)

調布市武者小路実篤記念館「版画を味わう」 展(2019/9/7日 〜 10/14)

山内さんが「#岸田劉生の場所行ってみる」というイベントをやる予定という東京ステーションギャラリーの展示を、ぼくも見にいってみた(残念ながらイベントはすでに満員とのこと)。

先にロケ地を見てから絵をみるという順番になっちゃったけど、おかげで「なるほどあの塀が今はマンションに…」みたいな謎の感慨をいだきながら見ることができた。

それに同じような昔の東京の風景画をたくさん描いていることもわかったので、まだ知られざる名画のロケ地がたくさんありますねこれは、などと思った。

協力:山内崇嗣(http://jp.omolo.com/


やってみると難しさが分かる

岸田劉生は他にも日比谷とか虎ノ門とかの絵を描いている。それを実際に見てみても、どこなんだこれは…という感じでほとんど分からない。

現場では山内さんの話をふむふむと聞いていたが、自分でやってみるとなるとこれは難しいぞと改めて思った。でも聖地巡礼だと思えば楽しそうだ。

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