特集 2025年3月4日

巨人の吉村が35年前、江東区南砂で打ったホームランの飛距離を測りにいく

忘れられないホームランがある。

私が育った東京都江東区は少年野球が盛んな地域で、私も小学校1年生から6年生まで野球漬けの日々を過ごした。

毎年地元の野球場で「巨人軍選手が教えてくれる野球教室」というビッグイベントが開催されていた。桑田投手をはじめ、超一流選手とキャッチボールできたりする特別な日だった。

その野球教室で目撃したのだ、吉村選手のホームランを。35年経っても夢にまで出てくる、強烈な一発だった。

ふと思い立ち、私は生まれ育った町を久々に訪れその飛距離を測ってみることにした。

1980年、東京生まれ。片手袋研究家。町中で見かける片方だけの手袋を研究し続けた結果、この世の中のことがすべて分からなくなってしまった。著書に『片手袋研究入門』(実業之日本社)。

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吉村の一振り

あれは1990年頃、私が小学校4、5年生の時の野球教室だった。その年来てくれた選手の中に、吉村禎章選手(以下、敬称略)がいた。今考えると札幌円山球場での大怪我から復帰した直後だったのではないかと思う。

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これはその前年の写真。吉村選手、村田選手、勝呂選手、もう一人はどなただろう?

吉村はマイク片手にスウィングの解説などをしてくれた後、バッターボックスに立った。

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我々のリーグを代表する6年生のピッチャーが選ばれ渾身のストレートを投げると、なんと吉村のバットは空を切った。球場を埋め尽くす人々からどよめきが起こる。

「プロが空振りしたぞ。やっぱりあのピッチャーは凄いんだな」

私達がそう思いかけた瞬間、吉村が言った。

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う、嘘だろ?空振りしたのが恥ずかしくて、ムキになってるのか?ピッチャーは言われるまま2mほど前進し、再び剛速球を投げ込んだ。

「スコーン!」

初めて聞く甲高い快音と共にボールは美しい放物線を描き、軽々とライトフェンスを越えていく。

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打球の先には民家が!「危ない!窓ガラスが割れるぞ!」
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だが打球は開けっ放しの窓からそのまま二階の部屋に飛び込んでいった

一瞬の静寂ののち、球場は大歓声に包まれた。(凄い、凄すぎる...)。私は魂が震えるほどの衝撃を覚えた。

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あれから35年

あれを上回るホームランをいまだに見たことがない。嘘ではなく44歳になった今でも定期的に夢に出てくるくらいだ。思い返すたびに脳内飛距離は伸びていき、今では200mくらい飛んだイメージになっている。

昨年、ニュースで大谷選手の特大ホームランを見ていて、ふと「あの時、実際にはどれくらい飛んだんだろう?」という興味が湧いてきた。20歳で南砂からは引っ越したが、Googleマップで調べてみると球場は現存しているようだ。

私はすぐにロードメジャーを購入した。

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思い出を現実の数字に置き換える行いは正しいと言えるのか?

若干迷いもあったが不意に湧いた衝動を抑えきれず、私は妻を誘い久しぶりに南砂に向かった。

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町は大きく変化していた

東西線の南砂町駅に到着してみると、見覚えのない景色が広がっていた。

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私が住んでいた頃は都内とは思えないほど駅前に何もなかったのだが…

気になって思い出の地を色々巡ってみると、変わったのは駅前だけではなかった。

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試合前練習に励んだ原っぱは…
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綺麗な公園に
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巨人の川相選手がサイン会を開いたイトーヨーカドーはイオンになっていた
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確かこの辺でサイン会が開催されたのだが…

休日だったこともあり、楽しそうな家族連れで賑わうイオン。しかし、初めて食べた時あまりの美味さに悶絶したサーティーワンも、放課後時間を潰していたメダルのじゃんけんゲームもそこにはない。

肝心の野球場も例外ではなかった。

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休日だというのに誰もいない

我々の頃は休日ともなれば朝から夕方まで常に試合が行われていた。やはり少子化やサッカー人気で少年野球は廃れてしまったのか?

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最終学年でリーグ三位になって貰った銅メダルまで持ってきたのに…
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子供たちは、私の思い出はどこに消えたの?

なんだか不安になってきた。ひょっとして「夢にまで出てくるホームラン」は「夢の中にしか存在していないホームラン」なのか?あんな出来事、本当はなかったんじゃないか?

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一気にテンションが下がる私の横で、妻も犬のうんこを踏んでテンションガタ落ち
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実測開始

落ち着け。今は記憶の中にあるホームランの弾道を追うのだ。球場には入れないので、高等数学を駆使しておおよその飛距離を求めることにする。

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長方形の敷地にA面とB面、二つの球場が配置されている。吉村が打ったのはA面
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かなり高度な話になってきたが、皆さんは付いてきているだろうか?

久しぶりに訪れた故郷でロードメジャーをコロコロする気持ちを考えてみて欲しい。

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同級生とかに遭遇しないことを祈った
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誰だ、こんなことやろうと言い出したのは!
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まさかの展開

すると、前方に大勢のユニフォームを着た少年たちが見えた。やっぱり試合あるのか!グラウンド整備のためか、球場内に少年野球チームのコーチが歩いていたので計測をやめフェンス越しに話しかけてみた。

筆者:
「すみません!A面の右翼フェンスまでの距離って分かりませんか?」
男性:
「ちょっと正確には分からないですね」
筆者:
「そうですか。実は私、昔ここで少年野球をやってまして、巨人軍の選手が来てくれたことがあるんですけど…」
男性:
「ああ、ホームラン出た時ですよね」

ええええっ!なんと、たまたま話しかけたこの方も、あの吉村のホームランの目撃者だったのである!やっぱり、あれは夢じゃなかったんだ!

一気に興奮状態に陥った私は、あのホームランがずっと忘れられなかったこと、今回その距離を計測してネット記事にしたいこと、などを早口で捲し立てた。

男性:
「そういうことだったら、どうぞ球場に入って直接測ってください。今球場を開ける準備してるんで、少し後で来てください」

高等数学を用いずとも、直接測れることになってしまった。

⏩ 35年振りに球場へ足を踏み入れる

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