適当なスーパーのチラシを学習する実験をします
対面の学習効果があるとするなら、受験生でない私たちの日々の生活でも学習はあるし対面もしてるし、無関係ではない。ということで今回は生活代表としてスーパーのチラシの値段をおぼえることにした。
ネットで適当に検索したスーパーのチラシをデイリーポータルZ編集部の藤原くんに憶えてもらった。記憶タイムは4分間。
テキストで自習
まずはテキストだけで学習した結果だ。いわば自習だろう。チラシから商品名と金額だけ抜き出し25個学習してもらった。
テキスト学習は11点
25問を採点していく。きゅうりは? 「う~ん……98円」。残念! 48円。「あ~そっちか!」といったようにどうでもいい問題でも多少の熱を帯びるのがおかしい。今後一生役に立たない数字である。
「全体を見て一番高いやつと一番安いやつ、値段が続いてるやつ、など特徴をがあるのを覚えました」と藤原から。振り返ってみると、これは"一覧で見やすい"という効果があったようだ。
結果は11点。ここがスタートとしよう。
ビデオ学習はどうなる?
今度はまた別のチラシをビデオ学習してもらった。使う映像は筆者が家で種類と値段を読み上げてきたものだ。
ビデオの学習の効果はどこに…
藤原によると「『~円ですね』のように細かい言い回しが記憶のトリガーになったものがありました」とのこと。情報に変化があると覚えやすいのだろうか?
4分間の学習の結果は11点。おやや!? 変わってない! 家で一人でカメラに向かって(…問いかけるように出したほうが効果高いだろうな)とか真心込めて作ったものが効果なし。
こんな意味のないテストでも先生のむなしさみたいなものを感じるのか。学校の先生たちはもっと大きなむなしさを抱えて日々泣きながら眠るのだろう。
ビデオはどんなビデオでもいいのか?
自粛期間中にNetflixのドキュメンタリーを5倍速で見ていた。もはや何を言っていても関係がないほどだ。そのときに思ったのだが、もしかしてこれって何を喋っていてもいいのではないか?
ということでパブリックドメインの映像にスーパーのチラシの価格を字幕でつけてみた。
アラビア語のおじさんがスーパーのチラシの値段を伝えてくる。なぜだ。これがグローバリゼーションか…という映像になった。
ピアゴの価格を伝えてくるアラビア語のおじさん…
結果は13点。お、まさか上がった。高得点だったのは末尾が8円のスーパーだったこともあるらしい。
もしかしたら、語りかけてくる映像だからやる気が上がって学習効果があるのではないか。比較のために自然系ドキュメンタリーの映像に字幕をつけたものも用意した。
鳥の群れに「さくらんぼ498円」と字幕がついている。自然の冒涜であるかもしれない
結果は10点。藤原によるとこれは先程のアラビア語のおじさんが語りかけてくる映像と印象は変わらなかったらしい。語りかける意味ないのか…。
語りかけるとか教育者側の人的影響は変化として小さいのかもしれない。それよりは「字幕で値段が出てる」とか学習のしやすさ、学習の素材の方が大きいのかも。
リモートの授業をする
次はZOOMの授業をやってみよう。この後めちゃめちゃ熱く授業をしてもらおうと思って俳優さんを呼んだ。小劇場界隈で迫力に定評のあるナカゴーの篠原正明くんに来てもらった。
とはいってもまずは普通にZOOMで値段を伝えてもらった。
ZOOM授業のメリットも見えず
結果は10点。藤原によると「文字がないので数字が頭に入ってこない」という。やはり学習素材由来か。
繰り返す時間もなかったため「一回こっきりなので前半を忘れる」という弊害があった。映像に比べて、遅い、ムダな時間が多い、板書がない、あたりがよくなかったそうだ。
見られてることによって集中力が上がったのでは?と水を向けると「どれも集中していた」そうだ。うーん、まあ実験だしわかるのだけども…
対面授業は効果があるのか?
さあいよいよ対面授業である。まずはふつうに授業をしてもらった。「ヘレステーキは498円」だとか板書していくことがメインだ。
この後に熱血授業が行われるため、効果を顕著にするため体験者にはやる気なく寝っ転がって授業を受けてもらった。これでも対面の点数の効果は出るのだろうか?
「板書があったので後半を勉強してるときに前半を振り返れてよかった」という対面の授業の結果は…11点! とくに効果なし!! 先生たち泣いてます。
お気づきかもしれないがさっきからずっと11点付近なのである。このあたりで種明かしともいえる体験者藤原の最もショッキングな言葉を紹介しよう。
それが「物語のようなものを理解するなら対面も効果あると思うんですけど、これは数字をおぼえるだけなので自分に集中してたいです」である。
なんてこった…!! そもそもスーパーのチラシをおぼえる作業は「家で一人でやっとけ」案件だったのでは!! この実験自体意味がなかったのか…!?
熱弁する授業の効果は!?
とはいえもはや引き返すこともできず、体験者藤原を一番前に座らせて篠原くんのでかい声で熱弁してもらった。
実は過去の記事でデイリーポータルZのライターでもあり理科の高校教師でもある加藤まさゆきさんが「科学的なイメージって授業で黒板使いながら動いて説明しないと(生徒側は)意外とわかんない」と言っていたのだ。(参考 『学校の授業は大人になった今や最高のレジャー』)
要はフィジカルではないか。これを利用してめちゃくちゃ熱く伝えたらさすがに点数が上がるだろう、と俳優の篠原くんにお願いした。
これでも結果は変わらないのだろうか??
なんでこの人はサランラップの値段をこんなにでっかい声で言ってるのだろう…この状況はなんなんだ
熱弁しても効果出ず!
先生が汗をかいてめちゃくちゃに熱く伝えてくるのを最前列で聞く、の結果は10点 ! なんと1点減ってしまった! これは一体どういうことなんだろうか。
さきほどの加藤さんに聞いてみた。
加藤「最近の教育界の流れでは『熱弁はダメ』ってのが結構あると思います。生徒が自分で頭の中に考えや構造を組み立てるのには、少し静かに語り、むしろよく聞かないと聞こえないぐらいの声で喋る方がいいという人もいます。
これは研究に基づきます。佐藤学という有名な学者の『学びの共同体』って理論の一部です。」
千葉県からわざわざ出てきてくれた篠原くんの熱弁はムダであった。我々がビデオ学習している間も隣で授業を準備していた彼の努力は何の意味もなかった…
加藤さん自身も授業やっててどうですか? 大きな声出します?
「体感的に理科の授業で、熱弁してもそんなに結果は変わらないですね。一度授業アンケートで『物理の時間は楽しいが、物理自体はわからない』と書かれたこともあります」。
大きな声だったり笑わせてくれたりしても概念理解は別なのか…
「いまでも年に何度か思い返す言葉ですね……」
加藤先生が遠い目をしている。すごくつらいことを思い出させてしまった…。さっきから幸せな人が一人も出てこない実験である。
物語的なものって何?
やっぱり熱弁とか対面って意味なかったんですかね?
「今回は数字の暗記なので何とも言えないですが、学校の勉強だと、得体の知れない概念やストーリーを学ぶので、またあれこれ違うかもしれません」
あ、ストーリーって藤原も言ってました。物語的なものを学ぶなら対面にも意味がありそうって。そしてやっぱりスーパーのチラシのような単純な記憶学習は授業でやらないのか…(実験が悪かった)
「『実況中継』型の参考書(※授業の文字起こしみたいな本)が売れるのは物理・古文あたりの硬い概念を消化しないといけない科目に多いなという印象があります。(ストーリーとして)『人』の『語り』から教わらないとつらいんですね」
物語を対面でやる結果は…!?
再び実験に戻る。藤原が「物語なら対面学習で効果あると思うんですが…」と言い始めたので語呂合わせをやってみた。
「パクっと食べるからバナナは89円」とかだ。これも一種の物語なんじゃないか。他にも「このヨーグルトとこのパンは兄弟だから同じ値段で229円」などその場で思いついたことを篠原先生に言ってもらった。
結果は…10点。なんで!? また篠原くんの意味なかったの? ゴッドタンにもネオキングとして出てくるんだよ? 藤原によると「パクっとバナナ89円は覚えやすかったので覚えましたが、兄弟は兄弟であることは覚えていてもそれがいくらだったかを忘れてしまいました(そこがとれていれば+5点)…」とのこと。
くわっ。物語部分の学習はよかったが、ここでも単純な記憶作業が足を引っ張った。
加藤さん、こういう実験をしたんですが語呂合わせもストーリーだったと言えるんでしょうか?
「そうですね語呂合わせも一つのストーリー性だと思いますが、どちらかというと有意味受容学習の例としてよくみます」
有意味というのは「既存の知識との結びつけ」くらいの意味らしい。単純に数字をおぼえる機械的学習ではなく、知ってることに結びつけると学習しやすいのだとか。それは体感として分かる。
なぜストーリー性のあるものは対面だと頭に入るのか?
ビデオ学習よりリモート授業、リモートより対面授業、の話もそうなんですけど、なんで物語やストーリー性の学習だと対面した人から効果上がるんですかね?
「持論ですが、人は基本的に言語と会話を特殊能力として原始猿人から分かれてきた生物だと思います」
あ、サピエンス全史のやつだ。ホモサピエンスは物語を作れて集団でまとまれたからネアンデルタール人に勝ったってあれだ。
「そうそう。人同士の『会話』から、新たな何かを学ぶことは汎人類的に持っている能力ではないのかと」
もともと会話や人が喋ってるところからストーリーを得てきた、そんな歴史があるからストーリー理解は対面の方が効果あるって推測ですね。
「言っちゃなんですけど、文字だけで詐欺に引っかかる人ってそういないじゃないですか。オレオレ詐欺が手紙だったら引っかからないですよ」
ぐわ~、たしかに! 新宿界隈のファミレスやハンバーガー屋で熱くビジネス説いてる人たちとかもそれだ。
物語は生が強い、そして物語はあふれている
自粛期間中オンラインの演劇をいくつか見た。映像配信だったり生中継だったりZOOMだったり。とはいってもなんだかあまり楽しめなかった。そんな中でも「地味な話のやつだと見やすかった」とか「謎解き要素のものがウケてる」という話も聞く。これはやはり「物語は対面にかぎる」ということなのではないか。
加藤さんの言うように、オレオレ詐欺は電話にかぎるし(架空請求のはがきも結局電話させられる)、マルチビジネスを勧誘するなら新宿のファミレスやファーストフード店にかぎるのだろう(※)。
物語はなにもマンガや映画だけでなく、授業にもお坊さんの説話とかコンビニの募金箱とか意外とどこにでもある。そうしたものを目の前の人から摂取するのは意味があったのだ。
※話の流れでそう書きましたけど、もちろんお店側の気持ちからしてもやらないであげてほしいと思っていますよ!