氷柱までのひとつの憂鬱
今回は埼玉県は秩父の山奥に氷柱を見に行くことにした。
「三十槌の氷柱(みそつちのつらら)」という岩清水が厳しい寒さで氷柱になった氷柱群があるのだ。その氷柱は驚くほどに長い。僕の背丈なんかより全然長いのだ。背の順に並ぶと氷柱が一番後ろだ。ぜひ見たいと思う。
家を出たとたんに寒い。
近所に氷柱が出来ていたら嬉しいと思ったけれど、もちろん出来ていなかった。後で現地にいた観光客のおばさんが「最近は氷柱が出来ない、子供の頃はあったんだけどね」と言っているのを聞いた。今では氷柱は珍しいものになったようだ。
今回一番懸念していることは、秩父の三峰口駅前から乗るバスが「フリー乗車」ということだ。運転手さんに「三十槌の氷柱」を見たい旨伝え、降ろしてもらわなければならないのだ。
ピンポンを押してバス停で降りるのではないのだ。
これが人見知りの僕にはハードルが高い。氷柱は楽しみだけれどこれが憂鬱で仕方がない。どうしたものかと思いながら電車に揺られた。
針に糸を通す
電車内でおもむろに温度計を出すと21度だった。
たくさん着込んで来ているので暑いくらいだ。さらにおもむろに針と糸を出した。この21度という温度ではどれくらい針に糸を通すのに時間がかかるのか試そうと思ったのだ。長い長い電車旅ではよい時間つぶしだ。
僕は不器用なので普段は100%「糸通し」を利用している。
「糸通し」を利用しないで針に糸を通すのは本当に久しぶりだ。いったいどのくらい時間がかかるんだろうと思っていたらあっさり通った。器用になったのだろうか。暖かいためだろうか。謎だ。
御花畑で針に糸を通す
器用になったのかと考えていたら御花畑駅に着いた。
ここから秩父鉄道に乗り換え、三峰口駅を目指す。しかし電車の数が驚くほどに少ない。ラーメンなら食べる気が失せるくらいにのびてしまう待ち時間が発生する。でも、待つしかない。
待ち時間を利用して針に糸を通す。
さすがに外なので手がかじかみ動きが硬い気がする。やはり寒いと糸は通りにくくなるのだろうか。実際、電車の中で通した時よりはもたついたと思う。
といっても「30秒」で通ってしまった。
全然許容範囲のタイムだと思う。昔はどこでやっても、もっと時間がかかったけれど、この環境で30秒だ。僕は器用になったのかもしれない。
もしかすると、人見知りも治って「三十槌の氷柱を見たいっす」とバスの運転手さんに言えるかもしれない。なんだか明るい兆しを感じた。針に糸を通してみるもんだと思った。
嬉しい話と違う!
しばらくすると電車がやって来たの乗り込んだ。
乗客は少ない。朝のギュウギュウの電車がウソみたいだ。窓から見える流れる景色もとてものどかである。
きっと今も株価は変動しているけれど、ここではそんな世界の存在を忘れてしまう。もっとも普通に生活していても、僕は株価の変動を気にしたことはないけれど。
三峰口駅ものどかだった。
駅の目の前にバス停があって、時間があったので見回していると、今回の目的地である「三十槌の氷柱」の情報が貼ってあった。そこを熟読するとフリー乗車ではないらしいのだ。これはやっぱり嬉しい誤算だ。
「秩父湖行き」に乗るとフリー乗車で、それ以外だと「宮平」で降りないとダメらしい。一般的には、「秩父湖行き」の方が楽だからフリー乗車の方が嬉しいけれど、僕にとっては歩く方が断然いい(人見知りだから)。もっとも、「秩父湖行き」は1日に2本しかないので、乗りたくても乗れないという問題もある。
乗ったバスは普通のバスだけれど「メロディーバス」と言って、降りたい時に運転手さんに言えば降ろしてもらえるシステムらしい。
ただ今回は「三十槌の氷柱」へ道が分かれるギリギリのところにあるバス停まで乗るので、声をかける必要がない。なんだかホッとした。器用にはなったようだが、人見知りはそのままのようだ。
氷柱へ
バスを降りると空気が冷たくて驚いた。
普段は猫背の僕の背筋が少し伸びた気がした。ここからは20分ほど歩かなければならない。ネックウォーマーを口元まであげて歩く。風も冷たい。ふと下を見ると氷柱が見える。やっぱりこの辺は寒いのだ。
この辺りは高い山々がそびえ、日の光は一日のわずかしか当たらず、1690年頃は田が一枚も無かったそうだ。またエレキテルで有名な平賀源内はこの辺りに滞在して、金脈を探したと記録が残っている。でも、結局は見つからなかった。
18世紀頃からは山の木々を使い炭焼きが始まり明治・大正の期に入るとその炭焼きは隆盛を極めたらしい。ただ今はすれ違う人も稀で、たまに車が通るだけの寂しい道をひとり歩いた。
下を流れる川を見ると、本流は流れているけれど、その脇の海で言うところの潮溜まり的なものは完全に凍っている。寒いのはもう体感で分かっているけれど、そういうものを見るとやっぱり寒いんだと余計に寒く感じた。
圧巻!
入り口から川の方へ下って行くと氷柱が目の前に現れた。
思っていた以上に長い。数もたくさんあってその迫力に驚かされる。風を特別冷たく感じたけれど、なんだか心地よかった。ここまで遠かったけれど来てよかったと心から思った。やっぱりデカいのはテンションがあがる。
氷柱に満足したら今度は水が凍っていることに興奮し始めた。周りには10人くらいの観光客がいるけれど、その迫力に言葉を失っていたり、カメラのファインダーを覗いていたりでみんな静かだ。あ~騒ぎたい。僕は南国育ちなので凍っていると珍しくてテンションが上がるらしい。
壮大な氷柱をバックにちまちまと針に糸を通す。
やっぱり今までとは比べ物にならないくらいに寒い。風も冷たい(もっとも、そうじゃないとこんなに極長の氷柱は出来ないだろう)。さらにはしゃいだけれど、水に手を入れたり、氷を持ったりしたせいで手はすっかりかじかんでしまっている。針に糸を通す環境としては良いとは言えない。
かじかんだ手では手元が定まらず「35秒」を要した。
しかし全然許容範囲のタイムではないだろうか。実は後日、家で針に糸を通したら「1分」もかかったのだ。もちろんここより家の方が暖かい。
つまりこの実験で分かったことは「寒さと針に糸を通す時間はほとんど関係ない」と言うことだ。外でも裁縫は問題なく出来るということだ。そして綺麗な氷柱を見ながらの裁縫は乙なものかもしれない。
氷柱は素晴らしい!
「三十槌の氷柱」は聞いていた以上に綺麗だった。
今年は寒いおかげで氷柱の出来具合が僕が行った時点で9分と例年より早いようだ。通常の見ごろは1月下旬から2月中旬。また1月21日~2月13日までは夜ライトアップされるそうだ。
寒くても針に糸は意外と早く通るということが分かったのは発見だった。
ちなみに、「三十槌の氷柱」では温度計は3度を指していた。風もあったので体感温度はもう少し低いと思う。
しかし暖かくても寒くても通す時間にあまり違いは無い。
外でも裁縫は出来るということだ。あとは若干恥かしいという問題だ。なんで僕は「鬼のパンツ柄」の布をチョイスしたのだろうか。