日曜たのしさ一万尺 2023年7月18日

からくり発明家、岡山の奇人、ぴかぴかのおじさん、コタツ記事の偉人~ローカル偉人教えてください4

地元ではとっても有名でみんなが知っているのに、地元以外の場所ではあまり知られていない……偉人。

地元では有名なのに、県外の人はあまり知らない……そんな「ローカル偉人」の最終回です。

鳥取県出身。東京都中央区在住。フリーライター(自称)。境界や境目がとてもきになる。尊敬する人はバッハ。(動画インタビュー)

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前回、前々回、前前々回と、募集した「ローカル偉人」ですが、いよいよ最終回です。

地元の偉人、こちらの基準で募集しました。

① 市や県が作る教科書の副読本には載ってるけれど、歴史などの教科書には載ってない。

② 地元に立派な銅像や顕彰碑があるけど、旅人がそれをみると「誰?」となる偉人。

厳密に……という訳ではないので、応募した人がそう思っていればそう、ということにしています。

最終回なので、第2回から最後までに投稿されたローカル偉人をすべて書き出してみました。

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(一部、同一人物が被っていますがそのままのところもあります)

ローカル偉人の治水家、土木技師率の高さが際立ちます。川の改修や堤防を作ったというものだけでなく、ダム、ため池を作った、干拓した、疎水を作った……と、水回り土木関係の偉人の多さがよくわかりました。

治水事業は、莫大なお金と時間がかかる大変困難な大事業であること。しかし、治水の効果はその地域限定であること……などが、その要因ではないでしょうか?

というわけで、気になるローカル偉人を見ていきましょう。

茨城県つくば市谷田部・飯塚伊賀七

①    なにをした人?
・江戸時代の発明家

②    偉人エピソード
・時計や測量の機械を作った人。

③    地元からの慕われ方
・「つくばのダヴィンチ」と呼ばれ親しまれてる。

(投稿:rinaruto)

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ローカル偉人として、治水家、政治家、教育者などは多いのですが、発明家というのも意外といます。

飯塚伊賀七、僕は数年前、土浦の古本屋でみつけて買った『飯塚伊賀七』(田村竹男/崙書房)という本で知りました。
時計も、歯車や部品が全て木製の巨大な時計を作り、村に時間を知らせていたそうです。
江戸時代の谷田部あたりは、純粋な農村部で、機械加工の技術が集積しているわけではなかったのに、これほど精密な「からくり」を一人で作っていたということで、よほどの天才だったのではないかと言われています。

伊賀七の「からくり」伝説は他にもあり。

測量するための機械(ウォーキングメジャーのようなもの)を作って谷田部領内を測量した。
・自作の木製自転車(ペダルを足で回す)を作って乗り回していた
・誰も開けることが出来ない箱を作った。蓋がわからないので、誰も開けられず、蔵が無くなったときに紛失。
・足でペダルを回し、羽をバタバタさせるタイプの人力飛行機を作り、筑波山から谷田部まで飛ぼうとした
・飛行許可を殿様に願いを出したところ「人心を惑わす」「殿様の頭上を飛ぶとはもってのほか」と言われて許可が出なかった。
家の向いの酒屋に酒を買いに行くからくり人形を作ってお使いに行かせていた
豆腐を買いに行ったときは途中で止まったことがあった。

など、興味深いエピソードが多い人物です。つくばは、昔からこういった科学技術に異常な才能を持つ人間が生まれたり、集まったりする土地柄なのかもしれません。

ちなみに、飯塚伊賀七の巨大木製和時計などを修復し、世に紹介した田村竹男氏は、つくばの高層気象台に勤めていたそうです。

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飯塚伊賀七・ 広瀬周度, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で
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岡山県・中川横太郎

①    なにをした人?
明治期の岡山の社会活動家。県内各地で小学校の設立整備を説き、大きな成果を挙げた。その他、閑谷学校の再興、岡山薬学校(現在の関西高校)の設立、さらに後の岡山大学病院となる岡山県公立病院の充実にも力を尽くした。
・岡山の西洋化のためには、西洋文化と知識が必須、そのために宣教師の力を借りようと、県知事の許可を取り付けて、神戸駐留のアメリカンボード宣教師館へ赴き、岡山への宣教を直接依頼した。
・横太郎の活動により、医学、教育を専門とする宣教師が派遣され、のちの岡山医学校→岡山大学医学部の礎となる。

②    偉人エピソード
・幼名は金次。隣家の「立太郎」と意見が合わず、喧嘩ばかりしていた事から、元服時に「横太郎」を名乗った。ちなみに、二人の息子の名前は長男「竪一」次男「斜」
赤いブーツを愛用していた。
・耳学問でなんでも吸収し、講談師の要領で話し伝えることを得意としたが、字を読むのが極端に苦手で、伊藤博文や榎本武揚からの手紙を受け取った時「何が書いてあるかわからないから、オレもわからない手紙を返す」と謎記号を書き連ねた手紙を送り返した
・横太郎の招聘した宣教師により、妻、母、同居の妾がキリスト教に入信。特に妾の炭谷小梅が「妾の立場はキリスト教の教えに反する」として離縁を申し出たところ、横太郎は「ヤソ(キリスト)がオレの色女を奪りゃあがった」と怒った。自由になった炭谷小梅は、石井十字による岡山孤児院の副院長となって、生涯献身的に働いた。

③    地元からの慕われ方
・岡山市中区の国清寺で「生前葬」を大々的に取り行った。新聞に大きく「香典を多めに持ってくるよう」との広告を打った。満場の会衆の前でふんどし一貫となって、大勢呼んだ馴染みの芸者たちに、湯灌を行わせたとの記録も残っている。なお、集めた香典は、財政困難に陥っていた山陽英和女学校に寄付した。(山陽英和女学校=今の山陽学園中学・高校…原田マハさんの出身校です)

(投稿:タナボタばんざい)

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岡山の畸人、中川横太郎。もう、何も言うことはないです。こういう人物をずーっと見ていたい……そんな気にさせるローカル偉人です。素晴らしい。
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中川横太郎・岡山市 編『岡山市史』第5,岡山市,昭11至13

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