美術館の作品にはライトが当たっている
美術館では、展示されている作品はいろいろと演出されている。工芸品なら台の上に乗せられていたり、絵なら額縁に入っていたり、作品名や作者名のキャプションが書かれていたりする。
なかでも、「スポットライトに当たっている」という演出はとりわけかっこいいと思う。もともとすばらしい作品が、さらに素晴らしいものに見えてくる。
そこで思った。なんでもないものでも、スポットライトで照らせば作品に見えたりしないだろうか。
牛乳パックで試してみる
たとえばここに牛乳パックがある。
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これに暗闇でライトを当てるとどんな感じになるだろうか。
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なるほど。なんとなく劇的な感じにはなった。しかし、「作品」かというと、違うなにかのような気がする。
たとえば、牛乳の製造の闇を検証する報道番組のようでもある。それは、牛乳パックは作品というより製品である、ということをすでに知っているからかもしれない。あとは、作品として照らすならそれなりの照明技術があるべきところ、それができてないというのもありそうだ。
コメント:牛乳業界の闇を照らしているかのようにも見える
もっとなんでもないもののほうがいいだろうか。
くしゃくしゃの紙
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今度はくしゃくしゃに丸めた紙である。これにライトを当ててみる。
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照らす前との落差ではっとするが、やっぱりよく見ると照らされているのは紙ゴミである。
いっぽうで、作品と言われればそのようにも見える。花かなにかを表現しているのかもしれない。白いバラ、みたいな感じだろうか。
コメント:ゴミのようだが、美しい感じもする
ちなみに、上の写真ではスポットライトを真上から当ててみた。これが一番作品ぽい感じだったからである。
参考までに、真横から照らした場合はこんな感じ。
そして手前斜め45度から照らすとこうだった。
照らす方法によっても作品ぽさが違ってくる。個人的には真上と真横がそれっぽいかなと思う。
食器はどうか
こんどは食器でやってみる。
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ただの、ふだんづかいの水差しである。これにスポットライトを当てるとどうなるか。
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これは何らかの作品に見えるんじゃないだろうか。すくなくとも、何かいいものに見える。
そもそも、食器というものが作品と親和性が高い、というのがあると思う。誰かが作った品であることは間違いないのだから。民藝という文脈もある。食器は、そもそも作品ぽい。
コメント:食器はそもそも作品ぽさを持っている
方向性を考える
もともとの発想は、なんでもないものでも、ライトを当てれば作品のように見えないだろうか?というものだった。それに対して今のところの結果は次のようなものだ。
牛乳パック:微妙。業界の闇。
紙ゴミ:微妙だが、作品ぽさもあり。
食器:作品ぽい。ただし食器はもともと作品。
つまり、もともと作品ぽいものが、ライトによって改めて作品に見えているという状況だ。もうちょっと別の可能性はないだろうか。

