特集 2024年12月12日

「くしはらヘボまつり」でヘボ(クロスズメバチ)を食べ、ヘボに刺され、そしてヘボを抜く

刺されるとちゃんと痛い

味は良いし、気性はおとなしいし、ヘボはまるで人間のために神様が作ってくれたような虫だなあ。そんなことをナメたことを考えながら会場を歩いていたら、見事にお叱りの一撃を食らった。

シャツの下で何かがもぞもぞ動く感触がして、思わず反射的に手で押さえてしまったのだ。瞬間、お腹のあたりにビリッと電気が流れたような激痛が走った。

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シャツをめくると、そこには渾身の力で針を突きたてるヘボの姿が。
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ヘボを外すと、針とそこにつながる内臓がニュルンと体から抜け出て、こちらの皮膚に残った。

これには驚いた。

蜂の針には、一度刺すと針につながる内臓ごと外れて獲物の皮膚に残ってしまう使い捨て式のものと、毒を注入した後に引き抜いて何度も使いまわすことができるものがある。前者はミツバチなどが装備している針で、刺した蜂はその場で死んでしまう。いわば捨て身の攻撃である。後者の針を装備している蜂の代表がオオスズメバチだ。

ヘボはスズメバチの仲間だから、当然その針は使い回しが効くものと思っていたのに、意外にもそうではなかった。

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ヘボの針ってこんな形なのか。

刺されたのは痛かったけれど、よい発見があった。怪我の功名というものだ。

喜んでいたら、30分後に今度は左手を刺された。腹の時と違ってこちらが何かしたわけでもないのに、一方的に攻撃してきたのだ。こちらの内心を読んでいるとしか思えない。

一度目と違ってとくに何か発見があるわけでもなく、しかもよく動かす手を狙ってきたわけだから、完全に刺され損である。

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その場ではそれほどでもなかったのだが、刺された左手は翌日になってパンパンに腫れて、しばらく握ることができなかった。

刺せば本人も死ぬというのにわざわざ攻撃してきたのは謎である。こちらが刺される阿呆ならあっちは刺す阿呆。ともかく、ヘボはおとなしいとはいえまったく刺してこないわけではないし、刺されるとちゃんと痛い。侮らない方がいい。

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優勝したヘボの巣の重さ、なんと6,410g

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開封と計量が終わって巣が出そろった。

大きいものも小さいものも、巣はどれもヘボの労働の結晶だ。だからみんな優勝でいいじゃん!と思わなくもないが、それでもやはりランキングは気になるというもの。

2024年のくしはらヘボまつり、優勝した巣の大きさはなんと6,410g!実に新生児二人分くらいの重さがあったことになる。

あの小さな蜂が大勢で力を合わせて成し遂げた仕事としてはこれでも十分すごいと思うのだが、なんと過去には12キロ台の巣もあったというから輪をかけて驚きだ。

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優勝者には表彰および、大きな巣作りのコツなどを聞くインタビューが。

今回のコンテストに参加した巣箱が全部で52個。ヘボの不作のせいもあり昨年と比べて大幅に減ったのだが、じつのところそういった事情がなかったとしてもヘボの巣コンテストの規模は縮小傾向にある。例えば、ライターの平坂さんが2011年に訪れた時は140個の巣が出品されていたそうなので、持ち込まれる巣箱の数はこの10年ちょっとの間に半分以下になってしまったことになるのだ。

山間部における人間活動の退潮が露骨に反映されていて、一抹の寂しさを感じる。

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コンテストに参加した巣は販売される。

購入者は整理券に書かれた番号の順番に巣の置かれているエリアに入り、欲しい巣を選んでいく。値段は1キロあたり1万円、3キロの巣だと3万円。結構な買い物である。

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5020gだと、お値段は50,200円!ひゃあ、買ったら当分ヘボ以外に食べるものがなくなってしまう!

チャンピオンクラスの巣は、その大きさ故に最後の方まで売れ残っていた(整理券の番号が最後の方の人が「仕方がねえなあ」と言いながら買っていた)。逆に引く手数多なのは1~2キロ台のほどほどの大きさの巣で、こちらは早々に完売していた。コンテストの結果と市場の評価は別なのだ。

我々も「1キロくらいのがあったら買ってもいいかな?」と思って整理券を握りしめていたのだが、当然そういう巣はすぐになくなってしまったので断念。

ただ、物欲しそうな様子が滲み出ていたのだろうか。若くて爽やかなお兄さんが「よかったらシェアしませんか?」と話を持ちかけてきた。手ぶらで帰ることに若干心残りがあった我々は、大喜びで飛びついた。

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「祖父母がヘボを食べたいというから3キロ弱の巣を買ったんだけど、多すぎるので」と言っておられた。

こういう、予期せぬ交流はリアルイベントの醍醐味だ。

関東からわざわざやってきて、苦労して手に入れたヘボを分けてくれた彼に、こちらとしては感謝感激することしきりだったのだが、当の本人は

「こちらこそちょっと大きすぎるなと思ってたので、買い取っていただけて助かりました。ヘボは巣の処理が大変ですからね」

と言い残して爽やかな笑顔を残して走り去っていった。

この言葉の真意を、後ほど我々は思い知ることになる。

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ヘボ抜きは深夜まで続く

ヘボは手のかかる食材だ。巣はそのままでは料理することができず、ヘボの幼虫や蛹を巣から抜き出す「ヘボ抜き」という作業が必須だからである。そしてこのヘボ抜き、思っていた以上に根気と時間が必要であることがわかった。

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ピンセットで1匹1匹抜き出していく。
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蛹になる前の大きい幼虫だと、抜き出されまいとして身をよじったりする。そういう抵抗をおさえつつ、幼虫を潰してしまわないように抜き出さなければならない。慣れればなんということはないのだが、それまではなかなか難しいのだ。きれいに抜ける瞬間は気持ちいい。
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すでに蛹になった個体も。

蛹は抵抗しない上に少々手荒く引っ張っても皮が破れたりしないので、返って抜きやすい。

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かわいいな。
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左から、幼虫→蛹→羽化する直前の黒っぽい蛹→成虫。

おもしろいからついつい観察してしまう。時間がかかることこの上ない。

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なんとかすべて抜き終わった!苦労の結晶だ!

ヘボの巣はナマモノだから、その日のうちに処理してしまうことが望ましい。朝の5時から活動して、帰宅後のくたくたになった身にはこたえる作業だ。横になりたかったけれど、一度寝ると朝まで起きないことは容易に想像できた。眠い目をこすりながら、同居人の協力も得てなんとか終わらせたのだった。

推定750g程度の巣をヘボ抜きをして、かかった時間は二人がかりで2時間ほど。慣れればもっと早くできるんだろうけど。この大きさですらこれだけの労力がかかると、どうしたって、5キロとか6キロある巣だったら......と想像してしまう。「しゃあねえなあ」と言って巨大な巣を購入していたおじさんの姿が脳裏に浮かんだ。家族にヘボ抜きを手伝わせようとして煙たがられていやしないだろうか。しぶしぶ手伝っている妻も、内心では不満をため込んでいるのだ。小さいころは喜んで手伝っていた息子は、成長して

「こんなことやってられっか!」

と、親爺を殴って家を出て行ってしまうかもしれない。娘は、ヘボにも親爺にもそもそも目もくれない。ヘボは美味いが、そのせいで家庭が壊れてしまっては元も子もないのだ。自分でもヘボを抜きながら、名も知らぬヘボ愛好家の家庭を案じてしまう夜なのだった。


でもヘボは美味い

ヘボは高価で、しかも買ったあとに必要な労力も相当なものだ。ただそれだけの価値があるものだとも思う。初心者には、まず一人で処理しきれそうな量を買うことを勧めたい。

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自分でヘボ抜きして、深夜に食べるヘボ飯の味はまた格別だった。

 

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