特集 2020年11月1日

『くにたち』と『こくりつ』を見分けたい(デジタルリマスター版)

これは『くにたち』?『こくりつ』?答えは次ページ

僕は22の時に上京して、もう7年ほど経つ。だが、出不精であまり外出しないせいか、いまだに東京の地理に疎い。駅の名前をいわれてもどこかわからないことが多いし、施設やスポットの名前ならなおさらだ。

そんな僕が少なからず苦々しく思っているのが、「国立」の存在である。国立市は東京都の真ん中へんにある市で、「くにたちし」と読む。いっぽうで、東京はさすが首都だけあって、国立(こくりつ)の施設がたくさんある。ここで生まれるのが、「こくりつ/くにたち問題」なのである。

2009年9月に掲載された記事の写真画像を大きくして再掲載しました。

インターネットユーザー。電子工作でオリジナルの処刑器具を作ったり、辺境の国の変わった音楽を集めたりしています。「技術力の低い人限定ロボコン(通称:ヘボコン)」主催者。1980年岐阜県生まれ。
『雑に作る ―電子工作で好きなものを作る近道集』(共著)がオライリーから出ました!

前の記事:内部のひみつの音が聞こえる棒、「聴診棒」

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『くにたち』と『こくりつ』を見分けて東京人になる

ここでクイズ。以下にあげた施設名の「国立」に、ふりがなを振りなさい。

・国立西洋美術館
・国立天文台
・国立音楽大学
・国立科学博物館

正解は、こくりつ、こくりつ、くにたち、こくりつ、である。

「『くにたち』のこと『こくりつ』って読んじゃった!」なんて、冗談にしても使い古されてて「何をいまさら」という感じである。さっき調べたらwikipediaにも載っててびっくりした。しかし、そんな冗談みたいな話で真剣に困っている人がいるのも事実だ。(僕だ)

「国立なんとか」を声に出して言うとき、いまだに緊張感がある。間違ってたらはずかしい、そんな気持ちを押し殺して、ぐっとツバを飲み込んでから、憶測で声に出す。

そんな心労を抱えずとも普通に『くにたち』と『こくりつ』を見分けられるようになりたい。今日は、立派な東京人になるべく、その判別方法を探っていきたいと思う。

 

目で見て、体で覚えたい

よく考えてみたら、僕は『くにたち』に行ったことがない。一度見ておけば『くにたち』にどんな施設があるかわかるし、それを覚えれば判別もできるようになるだろう。そう思って、国立駅にやってきた。

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堂々と書かれた「国立」の文字にふりがなはない

さすがの僕も「国立駅」が『こくりつえき』でないことはわかっている。だって駅はJRのものだから、『こくりつ』とはいえないだろう。…いやまてよ、JRの前身は国鉄である。できた当初、この駅は国有鉄道の駅だったわけだ。そういう意味では、『こくりつ』とも言えるのでは…。

…いったん疑い始めてしまうと、思考は国立の袋小路に入り込んでしまう。こうなると、街にあふれる「国立」が全部『こくりつ』に見えてくるのだ。

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クレインパーク国立公園
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休日ともなると多くの車でにぎわいます
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日本の医療の中核をになう国立中央診療所
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意外にコンパクトな2階建て
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「日本」橋ときて「直営国立」、どう考えても『こくりつ』だろう
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日本最小の国立施設ではないだろうか。国立パイロン
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国立ビル。2Fはスナック

ちがう。今回は「『くにたち』を『こくりつ』って読むと面白い」っていう企画ではない。こういうことがやりたかったんじゃない。だいたいさっき、「冗談としては使い古されてる」っていったのは自分だ。

でも面白いのでもうちょっとやります。

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2007年に日本郵政公社は民営化されたが、市内の郵便局は頑なに国立を維持している
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国じゅうの代官たちが集まってプラプラするような施設だろうか
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都立なんだか国立なんだかはっきりしてください
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市立なんだか国立なんだかはっきりしてください
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教会も国立
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いつの間に日本はキリスト教国家になっていたのか

言うまでもないと思うが、ここまですべて『くにたち』である。『くにたち』市に来てるんだから、当たり前だ。

しかし『くにたち』市内にも、『こくりつ』の施設はある。

 

『くにたち』に潜む『こくりつ』

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かっこいい建物、
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かっこいいロゴマーク

一橋大学である。

正式名称は「国立大学法人一橋大学」。

僕が見た限り、正門にはロゴマークのレリーフがあるのみで、どこにも「国立」の文字はなかった。下手に書いて、『くにたち大学法人』と読まれるのが嫌だったのではないか。

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『こくりつ』一橋大学のある場所は『くにたち』市の定める国立文教地区だったりして、またひと混乱

優しさの『くにたち』

そもそもなんで『くにたち』なんて地名なのか。すべての混乱の元はそこである。

調べてみると、『くにたち』市の名の由来は『くにたち』駅にあった。市よりも駅の方が古いのだ。ではその『くにたち』駅の由来はというと、「国分寺駅と立川駅の間にあるから」だそうだ。中学生当時「なんか安易だなー」と思ったキャッチコピー、「ライムとレモンでライモン!」(っていう商品名でスプライトを売り出してたことがあったのだ)と同じ理屈である。(その後ライモンは元の商品名「スプライト」に戻った※1)

まあ、確かに安易かもしれない。安易ではあるが、悪気はないのだ。決して地方から東京に出てきた田舎者(僕のことだ)を混乱させるために「国立」を名乗っているわけではない。たまたま国分寺と立川の間にあっただけ。

悪意がない証拠に、やさしい『くにたち』もたくさんあるのだ。

※1 最近またライモンショッツってのが出たみたいですね。

 

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これなら誰も間違うまい
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スピード感のあるフォントで『くにたち』
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浪漫は漢字でも『くにたち』はひらがな。やさしい
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ひらがな表記には味のあるフォントが多い気がする

さいたま市を筆頭に、市町村合併でひらがなの名前になってしまった自治体がたくさんある。しばしば「かっこ悪い」なんて言われがちなひらがな名称だが、『くにたち市』に限っていえば、ひらがな表記に感じるのは、ただただ、やさしさである。

こんな思いやりを毎日見ながら育つ『くにたち』の子供達は、きっとやさしい大人に育つに違つのだろう。

 

外『くにたち』

やさしくない方の「国立」に話を戻そう。『こくりつ』が日本国立ならまだいい方である。なかには「どう考えても外国だろ」っていう名前もあった。

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国立でしかもロイヤルとかいわれると0.2秒でイギリスを連想する
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タイ政府が絡んでいないわけがない
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クレッセント国が管理しているディアナプレイスという場所に間違いないと思うが、ファンタジー小説の読み過ぎではないだろうか

 

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失われたはずのアトランティス帝国の遺産

はい、載せたい写真は全部載せましたので、いいかげんに次のページでは判別法を考えます。

 

 

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くにたち vs こくりつ

『くにたち』と『こくりつ』を比べてみれば、その判別法について、なにかしら見えてくるものがあるのではないだろうか。近い表記で『くにたち』と『こくりつ』の両方が存在する施設を探してみた。

 

国立メディカルセンター vs 国立がんセンター

前者は『くにたち』、後者は『こくりつ』である。同じ医療系のセンターで、名前がよく似ている。

ちなみにこの二つの施設、「名前が似ている」というのが選んだ理由の100%であって、当地で有名な場所かどうかは知らない。

 

外観
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『くにたち』:高級住宅地でもある『くにたち』の土地柄を反映してか、医療施設というより高級マンションのよう
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『こくりつ』:大企業の本社ビルのようだが、れっきとした病院である

『くにたち』のほうは、周囲に多くあしらわれた観葉植物が、よく手のかけられたこぎれいさであることを感じさせるメディカルセンター。いっぽう、『こくりつ』は地上19階、地下3階建ての高層ビルである。

この調子でいろんな切り口から比較してみよう。

 

病院機能
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『くにたち』:ひとつの大きな病院ではなく、内科、眼科など、7つのクリニックが集まった医療モール
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『こくりつ』:内科、消化器科、整形外科など、24の診療科を持ち、合併症も含めてトータルにガン患者のケアを行う

 

食堂
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『くにたち』:テラス席のあるおしゃれなカフェを併設
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『こくりつ』:最上階は食堂となっており、窓からは隣接する築地市場を一望

 

付属施設
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『くにたち』:薬局も完備
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『こくりつ』:研究所も完備

明らかに比べる対象が間違っている気がするのだが、名前だけで選んだので、それも納得である。

とにかく医療系の「国立なんとかセンター」に関しては、「おしゃれな方が『くにたち』、デカイ方が『こくりつ』」と覚えておけば間違いないことがわかった。

 

 

くにたち図書館 vs 国立国会図書館

どちらが『くにたち』かわかるだろうか。名前だけではぜったいにわからないと思う。わかった人、ちょっと黙ってて。

 

立地
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『くにたち』:市内7カ所に点在。中央図書館は大きな公園の一角にある
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『こくりつ』:国会議事堂のすぐ前。

 

休館日
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『くにたち』:休館日は火曜日
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『こくりつ』:休館日は日曜日

 

わかりやすさ
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『くにたち』:ひらがなで書いてあるので『くにたち』とすぐわかる
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『こくりつ』:国会とついているので『こくりつ』とすぐわかる

 

違いとしては立地と休館日があげられるが、そんなの覚えなくても名前だけでわかるので、この比較自体かなりどうでもいい感じである。


音大以外はだいたい『こくりつ』でいい

「見分けたい」というタイトルながら、丸2ページ、全体的に見分ける気の感じられない記事になってしまった。ごめんなさい。しかしこれには理由があるのだ。

取材前、『くにたち』市って何があるのだろう、と思ってネットで調べた。その時点で、「普段の会話に出てくる『くにたち』は国立音大くらいだ」ということに気づいてしまったのだ。いままで悩んできた「国立科学博物館」や「国立西洋美術館」、以下もろもろの日常会話に登場しそうな「国立」は、現地を訪れるまでもなく、全部『こくりつ』なのである。

これまで、僕が「国立」の2文字に対して必要以上に感じていた緊張感。それは『くにたち』のせいではなく、ただ単に、僕が東京に対していまだに肩の力が抜けてないだけ、という気がしてきた。

「国立」と対峙することで発見したのは、7年目にしていまだに「おのぼりさん」の自分であった。

 

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