本当に「新語だな」と思える新語大賞
三省堂の辞書を編む人が選ぶ「今年の新語2019」は、三省堂が2014年から毎年、行っている新語大賞で、当サイトでも何度か取り上げた。
この「今年の新語」が、他の新語大賞とすこし違うのは「今後も使われ続け、日本語として定着するのではないか?」と思う新語を選ぶというところが、ポイントで、今年だけの流行語を選ぶわけではない。ここ重要なのでもう一回繰り返します。
「今年の新語」は、その年にしかはやらない言葉を選ぶのではなく、辞書に載せられるほど、定着するであろう新語を選ぶ。というイベントです。
というわけで、「今年の新語」で選ばれる言葉は、たしかに「よく使うな」と思うような言葉が選ばれる傾向がつよい。
昨年からは当サイト、デイリーポータルZも協力し、当サイト主宰のイベント「国語辞典ナイト」とコラボするかたちで選考結果発表会を行うようになった。
今年は、選考結果発表会のゲストに、作家で劇作家の鴻上尚史さんをお迎えし、三省堂の瀧本多加志さん、大辞林編集長の山本康一さん、三省堂現代新国語辞典の小野正弘先生、三省堂国語辞典の飯間浩明先生、そして司会にデイリーポータルZの古賀さんという陣容で行われた。
ということで、能書きはこれぐらいにして、2019年の大賞から10位までと、選外、特別賞まで一気に紹介したい。
大賞は「−ペイ」、なんとかペイ。というやつだ。たしかに流行ったんだけど、これが新語なの? ただのサービス名では? という気もする。
しかし、これは「PayPay(ペイペイ)」を始め、各社が義務ではないにも関わらず、軒並みサービス名に「ペイ」をつけたため、一気に認知度が上がり、今後も使用が増えるだろうという予測もこめての大賞だろう。
お茶屋さんの「茶舗」や、バイク屋さんの「モータース」など、店名やサービス名につく言葉も辞書には載っているので、電子決済サービスの「−ペイ」も辞書にのっておかしくない言葉だ。
大賞の「−ペイ」に関しては、選考の段階で、語源に関して「支払い」という意味の名詞である「payment(ペイメント)」の略なのか、「Pay(支払う・報酬)」という意味の動詞・名詞である「ペイ」から来ているのか……で議論になったという。
実は、だいたいの国語辞典には「ペイ」という項目は「賃金・報酬」といった意味ですでに存在している。したがって、それに新たな意味として「−ペイ」を付け加えるか、それとも「ペイメント」という語を新しく立項して、略語に「−ペイ」を記述するか……という問題にもなるので、実は国語辞典を作る上でこういう議論は必要なのだ。
私達にとっては、ちょっとどうでもいいかな……という気にはなるけれども、語源がわかるものに関しては、きちんとその語源が載っている国語辞典のほうが、やっぱりいいわけで、そこはちゃんと議論してるんだなと、さすが、国語辞典を作っている人たちだと、頭がさがる。
百科語が多くなった
ところで、昨年の今年の新語をふり返ってみたい。
去年と今年を比べて大きく変わったところとして、一般語より百科語が増えたということだ。昨年は、ばえるをはじめ、もやる、わかりみ、尊い、肉肉しい、寄せる。など、普段の会話で使いそうな言葉がかなりランクインしていたけれど、今年は、にわかぐらいだ。 その代わり、百科語は多い。−ペイもそうだし、反社、サブスク、垂直避難、置き配などがそれにあたる。
飯間先生によると、今年は一般語で「これ」といった言葉がいまひとつなかったという。
一般語では、今回選には漏れたものの、選考段階では「呪い」という言葉もあったそうだ。魔術的な呪いという意味ではなく、考え方や生き方を縛ってしまうような観念のことを表現するときの「呪い」だ。
しかし、「−ペイ」や、「あおり運転」に比べると、浸透率が今ひとつと判断されたのだろう。
「呪い」のように、新しい表現だけど、はじめて聞いた人でも、その言葉の意味するところがすぐ理解できる言葉はすぐに浸透すると思うので、来年あたりにはランクインする可能性があるかもしれない。
ネガティブな言葉とポジティブな言葉
これ、という一般語がなかった代わりに、やはり増えるのが百科語と呼ばれる項目だ。
しかし、百科語の言葉は、あおり運転、反社、カスハラ、電凸、といったネガティブなイメージのある言葉が多い。それに比べて面白かったのが、にわかだ。
にわか、といえば、ちょっとかじっただけの浅い知識しか持ち合わせないファンのことを蔑んで使うことが多かった言葉で、もともとネガティブなイメージの言葉だった。
しかし、今年は「わたしは、にわかなんですけど、応援します」といった形で「初心者のファン」ぐらいの意味で使う人も多かった。
こういう風に、マイナスイメージだった言葉が発掘され、あらたな意味を帯びて再び使われるようになるパターンも、実は「新語」である。
言葉は流れる水のようなものである。つねにその形をかえ、新しい意味を帯び、いろんな人に使われていく。
国語辞典は、そんな水のような言葉をひとつづつすくい取り、記録していく役割もあるのだ。
今回ランキングされた言葉ひとつづつは、飯間先生が丁寧な選評を書いて公開しておられるので、そちらを紹介しておきたい。
「今年の新語2019」の選評
「日本語を壊しているのは若者ではなくて企業ではないか」
今年のランキング、7位のカスハラに関しては、ぼくは初耳だった。
企業のカスタマーサービスに対するハラスメントを指す言葉で、クレームを言うだけならまだしも暴言や脅迫、謝罪の強要、暴力にまで発展することも有り、近年話題になっているらしい。
「カスタマーサービスに対するハラスメント」という事象を指し示す言葉が、わざわざできてしまうということに、ことの深刻さが現れているといえる。
つい最近まで『地球防衛軍 苦情処理係』という舞台をされていたゲストの鴻上さんによると、カスハラがひどい場合は、敬語を過剰にして自己防衛する場合があるそうだ。
鴻上さんによると、この過剰な敬語を、劇団の若者がわりと悪意なく普通に使う場合があって、モヤッとすることが多いらしい。そういう若者に限って「慇懃無礼」という言葉をしらないのだという。
例えば、若者が「かしこまりました」を頻繁に使うのがそうで「ちょっと飲みいこうよ」ぐらいの話でも「かしこまりました」と返ってくるのだという。ここは「わかりました」ぐらいでもいいはずなのに、「かしこまりました」だと、鴻上さんの感覚としては、王様が家臣を従えるときのようになってしまう……というのだ。
しかし、これは若者が一方的に悪いというわけではない。今、若い人たちがまず最初に出会う敬語というのがいわゆる「バイト敬語」というもので、マニュアルで受け答えが一律に決められてしまっている敬語である。
こういった敬語を使っておけば、誰に対しても失礼にはならないだろう。ということで、若い人がついつい濫用してしまう。
ただし、鴻上さんは「日本語を壊しているのはよく若者だなんて言われますけど、ぼくは日本語を壊しているのは、企業だと思うんです」という。続けて「そういった敬語のマニュアルを作っている奴らは、東大とか慶応を出た社長室付きの経営戦略室みたいなところにいる奴らなんだ、こういったやつらが、中身のない空虚な敬語を使うようにマニュアルを作っている。あくまで、現場で、戦場で戦っている人たちは悪くない。計画立案している奴らを責めなくちゃいけない」と熱弁をふるって、会場の拍手喝采をうけていた。
鴻上さんの熱弁は、もちろんトークとして大変おもしろいのだけど、同時に言葉の使い方についての問題点を鋭く言い当てているところもあり、さすが作家である。
敬語は本当に難しい問題だと思う。
同じ言葉でも、ひとによって受け取り方が違うし、過剰だと慇懃無礼になるし、足りないとただの無礼なやつ。となってしまう。
さらにいうと、英語にだって、敬語はないかもしれないけれど、丁寧な言い方やフランクな言い方といったものがあるわけで、言葉で相手との距離や間合いをうまい具合に取るというのは世界共通のテーマでもあるはずだ。
バイト敬語を過剰だと感じるひともいれば、バイト敬語を使ってないとクレームを入れる人もいる。大半はまあ、どうでもいいか。と思っているかもしれないけれど、そういった極端なところにいざ自分が行く立場になることだってあるわけで。他人事ではないのだ。
いい言葉、わるい言葉と国語辞典はどう向き合うのか
ただし、国語辞典としては「バイト敬語であれ、なんであれ、広まっているのであれば、それが日本語の変化の一部であるということで、辞書には載せるということになりますね」と、飯間先生はおっしゃっている。
国語辞典が、今の社会で使われている言葉を写し取る鏡であるか、言葉を正す鑑であるかは、どちらに重きを置くかは、まさにその国語辞典の編集方針にもよる。
小野先生は「いじめ」という言葉を「現代新国語辞典」に載せたさい、用例を「いじめ、だめ、絶対」にしたそうだ。つまり、言葉は載っているけれども、そういう行為はみとめるわけではないよ。というメッセージを用例で示しているということである。