憧れのキヌガサタケは、成長の様子が面白くて、その姿に気品があって、でもダンゴムシが集まってきて、そして匂いが猛烈に臭くて、なんと食べると美味しいという、なかなか味わい深い個性を持った女王様だった。
もし竹林を散歩していて、ちょっと匂いがするなと思ったら、あえて近づいてみるとキヌガサタケに出逢えるかもしれない。でもウンコだったらごめんなさいね。
純白のドレスを纏ったかのような美しい姿から、『キノコの女王』とも呼ばれるキヌガサタケ。その成長はとても早く、朝に地中から出現して、その日の昼には萎んでしまうとか。
その姿をじっくりと観察してきたのだが、可憐な外観とともに驚いたのは、その特徴的な匂いだった。そりゃもう臭いのである。でも食べたら美味しかった。
キヌガサタケは梅雨と秋頃の竹林に発生するキノコで、なんでもピンポン玉くらいのタマゴから数時間で一気に育つそうだ。
そのため成長を最初から観察したいのならば、夜明け前にタマゴを発見しておく必要がある。そこで同行いただいたキノコ好きの友人が目星をつけておいた竹林を、夜中のうちからチェックする。
集合した時点で降っていた大雨はどうにか小降りになってくれたものの、足元は当然グシャグシャで、腹ペコの蚊は飛びまくりの刺しまくり。
学生時代のバイト仲間だった竹林くんは、みんなからチクリンと呼ばれていたっけ。そんなことを思い出しつつタマゴを探して竹藪を歩き回る。
カブトムシやクワガタでもいれば気がまぎれるのだが、雨上がりなので足が多すぎたり少なすぎたりする虫ばかり。なかなかの辛さだ。
いくつかの竹林を見て回るも、なかなかキヌガサタケの気配は見つけられない。雨合羽の中が猛烈に蒸れる。
暗いとキヌガサタケのタマゴは見つけにくいという、当たり前のことがよくわかった。でもタマゴから観察したいのだから仕方がない。
そんなこんなで移動を繰り返しているうちに雨はすっかりとやみ、暗闇は朝焼けを静かに迎え入れた。
時刻はすでに4時半。この場所で見つけられなければ、タマゴからじっくり観察という野望の達成は厳しいかもしれない。
ヘッドライトを点灯させるか迷うくらいの明るさの竹藪を焦りつつ歩いていると、同行の友人が「遅かった!」と声を上げて地面を見つめた。
彼の視線の先には、頭を下げてうなだれている怪しいキノコが、無残にもダンゴムシに食われていた。遅いってなんだ。これがまさかキヌガサタケなの?
友人の話だと、正しくこれこそが目的のキヌガサタケなのだが、おそらく昨日発生したもののようだ。胞子を飛ばすという役目を終えると、僅か数時間で倒れてしまうのだ。
残念ではあるが、これはまぎれもない吉兆。昨日の亡骸があるのなら今日の分もあるはずと近くを探すと、数歩先でキヌガサタケのタマゴを発見。ほほう、確かにこれはタマゴだ。
この竹林は今日が当たり日だったようで、これら以外にもいくつかタマゴは見つかった。それぞれが微妙に遠い距離で面倒だったが、グルグルと回って同時進行で観察をする。
キヌガサタケはタマゴからキノコの形になる成長がとても早いという話だが、それはどれくらいの時間なのだろう。
先ほどの発見から30分後には、鳥のタマゴだったらヒナのクチバシにあたる部分が殻を破きだしていた。
ここから45分後、殻を破って出てきたのは緑色をしたスッポンの頭。これがキヌガサタケのカサなのか。
そしてその匂いは、正直かなり臭かった。すごく正直に書かせていただくと、ウンコとオシッコを混ぜて発酵させたような容赦のない香り。食べ物だと韓国のホンオフェ(アンモニア発酵したエイの刺身)が一番近いだろうか。
その匂いに釣られてか、ダンゴムシがワラワラと集まってきている。女王様というか現段階では下働き中のシンデレラだ。
キヌガサタケはスッポンタケ目スッポンタケ科スッポンタケ属のキノコ。
これはキノコの女王であるキヌガサタケではなく、白いレースのない近縁のスッポンタケ(Wikipediaのページ)なのでは。それならこの匂いも納得できる。スッポンには大変失礼な話だが。
スッポンタケの成長はキノコとしては驚異的に早いんだろうけれど、じっと観察するにはちょっと辛い速度だったりする。それでも見られる喜びの方が当然大きいから我慢。
さらに30分経つと、スッポンの頭部分は完全に露出して、その下から海綿のようなスポンジ状の柄が見えてきた。
じっくりと顔を近づけて観察する。うん、臭いのよね。
さらに30分が経過。カサの形はそのままに、柄の部分がクイっと伸びてきた。まだレースは出てこない。
さらに30分。ゆっくりと柄が伸びていく。
レース部分はまだ見られないため、スッポンタケ疑惑は未だ晴れない。
このタイミングでデジカメに定点観測みたいな機能があることをようやく思い出して、1コマ30秒で設定してみた。その1時間分の動画がこちらである。
ちゃんと撮れていた!
グイグイと柄を伸ばし、そこからカサの下に隠していたレースをフワッと降ろす瞬間のカタルシスたるや。
ギリギリまでスッポンタケと思わせておいて、本当にキヌガサタケだったのだ。
これは見事な成長だ。いきなりベストな状態のキヌガサタケから見るのとは、ちょっとこちらの思い入れが違う。まず老菌でがっかりして、次にタマゴを発見して、この状態に育つまでを見守ったというのが感慨深いじゃないか。
現在の時刻は午前9時。発見から実に4時間半に及ぶ長時間の観察だったが、やっぱりタマゴから観察してよかった。
上記のキヌガサタケを見守っている間に同時進行で頑張っていた子達も、せっかくなので紹介していこう。
今日はみんなが主役だよ。
さてキヌガサタケの特徴的なレース部分だが、これは一体なんのためにあるのだろう。動物だったらクジャクの羽やライオンのたてがみのように異性の気を引くためなのだろうが、これは性別のないキノコである。
臭いのは胞子が入っている傘のベタつく緑色部分(グレバ)で、キヌガサタケとしてはこれを遠くに飛ばしたいはず。そのために独特の匂いをあえて発して虫を寄せているのだろう。
できればハエやチョウのような長距離移動型に来てほしいところだが、先にダンゴムシやナメクジが全部食べてしまう可能性もある。そこでネズミ返しならぬダンゴムシ返しとして、立派なレースのスカートを備えたのかもしれない。
それに対してレースを持たないスッポンタケは、そういう進化が面倒だったのだろう。
例えばどんなに晴れていても必ず傘を持っていく人と、今にも降りそうでも面倒だからと持っていかない人がいる。きっとそういう違いなのだ。
この日の観察が楽しすぎて、後日別の場所へ一人で探しにいってしまった。
こうやって毎年少しずつ、その名前と発生条件のわかるキノコを増やしていくのが楽しいのだ。
このキヌガサタケは中国などでは食材としても利用されているそうだが、この美しいけど猛烈に臭いキノコ、果たして美味しいのだろうか。
せっかくなので試してみようと、ブニョブニョしたタマゴ部分を除いて何本かを持って帰ってみた。
ビニール袋に入れていたにもかかわらず、それを入れていたカバンが臭くなってしまったが、美味しく食べられるのだろうか。緑のカサも置いてくるのが正解だったかな。
家に帰ってビニール袋を開けて、その匂いにもう一度驚いてから、壊れやすいレースをはずして、臭うカサの部分を流水でしっかりと洗う。
すぐに強烈な匂いはしなくなったが(あるいは鼻がマヒしたか)、それでもまだ食べるには不安なので下茹でをしておこうか。
レース部分もせっかくなので茹でておく。
こいつをどうやって食べようか迷ったのだが、キヌガサタケ自体に強い味や香りがあるというタイプではないようなので、適当なキノコスープを作って吸わせることにした。
素材の味を生かすのではなく、味を足されることで光る助演タイプだと思うんだ。
スープは塩と薄口醤油で味をつけて、15分間煮込んでみた。ちょと豚の脂が強すぎたかな。
例の匂いはもうほぼしない。ほぼというか、知らなければまったく気が付かないレベル。気持ちの問題として少し香ってくる気が脳内からするのだ。
まずはレース部分をいただくと、脆かった割には意外としっかりした歯ごたえで、プルプルというかクニュクニュというか、口から入ってくる食感の情報量が多い。湯葉を丁寧に折って作ったハチの巣のようだ。味自体はほぼない。
続いてはスポンジ状の柄。効果音でいうとシャキシャキで、すごく詰まったきめ細かい食べられるスポンジ。こんなにも弾力があるものなのか。だが味自体はほぼない。
最後に強烈に臭かったカサ部分。こちらは柄よりもさらに弾力が強く、ちょっとプラスチックっぽい食感で、人によってはちょっと嫌かも。もう匂いはまったく気にならない。そして味自体はほぼない。
このように味はほぼないのだが、パーツごとに食感がまったく違う稀有な食材だ。すごくうまいものというよりは、すごくうまいものを受け止める食材。これはフカヒレや燕の巣と同じ特徴といえるだろう。もっと本気でスープを作ればよかった。
これでも十分美味しかったが、次は柄の中に何かを詰めたり、揚げて高級うまい棒にしてみたり、もうちょっと冒険してみようと思う。
憧れのキヌガサタケは、成長の様子が面白くて、その姿に気品があって、でもダンゴムシが集まってきて、そして匂いが猛烈に臭くて、なんと食べると美味しいという、なかなか味わい深い個性を持った女王様だった。
もし竹林を散歩していて、ちょっと匂いがするなと思ったら、あえて近づいてみるとキヌガサタケに出逢えるかもしれない。でもウンコだったらごめんなさいね。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |