型抜き道は奥が深い
こんなに練習しても、まだ居酒屋で勝てなかった。型抜き道は奥が深い。すでに多くの学びを得たが、まだまだ道半ばなのだろう。連載はこれで終わりですが引き続き型抜きを極めようと思います。ありがとうございました。
型抜き、それは、板に描かれた溝にそってうまく形を切り出す遊びである。縁日で昔挑戦した人も多いのではないかと思う。私もその一人だが、残念ながらいままでで一度も成功したことがない。そんな中、不幸にも居酒屋で型抜きと再会してしまった私は、再び闘志を燃やすのであった。
編集部より:
この記事は全5回の連載企画「型抜きをズルせずマスターしたい!」をまとめたものです。より詳しく読みたい方は連載1回目のこちらからぜひご覧ください!
型抜きという遊びがある。板に描かれた型の溝にそって画びょうを用いてうまく形を切り出す遊びだ。途中で型が割れてしまうとゲームオーバー。子供でも遊べるが、楽しそうに見えて非常に緊張感のある遊びだ。
何で急に型抜きについて語りだしたかというと、先日、居酒屋で型抜きに再会してしまったからである。
型抜きとの突然の再会によみがえる、ほり少年の思い出。そういえば学校の文化祭や祭りの縁日で型抜きに挑戦したことはあれど、成功したことは一度もない。ここは大人になったいま、リベンジしておく必要があるのではないか。型抜き一つクリアできない大人が今後えらそうなことを言っても何一つ説得力がない。
型抜きの緊張感は失敗を経験したことがある人にしかわからない。急に終わるのこれ。本当に。さっきまで全然そんな感じじゃなかったのに急に!突然すぎて悔しさが来る前にあっけにとられる。
この感じ久しぶりだ。だんだん悔しくなってきた。あまりに悔しがっていたら店員さんに「これ難しいですよね~。」と言われた。店員さんの情報によると
とのことだ。3回連続で成功した人がいたってことは、運ゲーではなくて実力なのだ。あぁこうなってくると極めたい。絶対にクリアしたい。
居酒屋の型抜きに挑戦し失敗した私は、型抜きをマスターすることを決意した。そのために、Amazonで200枚の型抜きを購入したのであった。
左側が「易しいタイプ」で右側が「難しいタイプ」。価格は1枚あたり約9円である。居酒屋で挑戦したときは1枚100円だったので約1/10の値段だ。その代わり成功しても何の景品もない。
いよいよここから修行が始まる。
当分は「易しいタイプ」の手前から順番に練習しようと思う。200枚のうち記念すべき最初の一枚はこちら。
まずは今まで通りノーマルに攻める。まずは安全そうな下から慎重に。
いつ死ぬかわからないので頻繁に途中経過を撮影しようと思っていたのだが、2刺し目でズバッと割れた。右下に針を刺しただけなのに右側の溝が全部割れてくびれ部分が割れた。むずい。
まずい。居酒屋でやったときよりも圧倒的に下手だ。1回100円と1回9円では心理的な重みが違うのかもしれない。確かに、居酒屋でやったときほどの緊張感がなかった。これはメンタルのスポーツだ。
そういえば、「型抜き」については当サイトで過去に乙幡さんが挑戦している。当時はルーターと呼ばれる工具を使ってズルをして攻略しようとしているので、今回はズルなしで成功することを目標にしている。しかし、驚くべきことに当時乙幡さんは工具を使うというズルをしたにも関わらず、一度も成功せずに終わっている。
乙幡さんが挑戦していた型抜きはどうやら「難しいタイプ」のようだが、それにしてもこれは大変なことである。手芸を得意とする乙幡さんと比べ私ははるかに不器用なうえに、ズルをせず正攻法で挑もうとしている。冷静に考えて、私が型抜きに成功するはずがないのである。
こうなったら質と量で挑むしかない。とくに質だ。型抜き一枚一枚、常に成長の糧としたい。そこで、記録を付けることにした。
青色は意図通りに割れた箇所、赤色は意図せず割れた箇所である。コメントには敗因と教訓を含めることにした。
ここからはいろいろな作戦を試す。まずは「余白を外側から削って行く作戦」である。
全ては居酒屋でこのシャンプーボトルに敗戦したのが事の発端だった。対戦よろしくお願いします。
直感だが、「余白を外側から削って行く作戦」はかなり有効だと感じた。かなり制御が効く気がする。
しかし結局、失敗してしまった。その理由が悲しい。型の上にたまった粉を手で払ったときに負荷がかかってしまったのだ。このような惨劇を二度と繰り返さないため、今後、粉がたまった際は息を吹きかけることにした。
いっこうに成功する気配がない。探偵ナイトスクープなら探偵が匙を投げて専門家が登場するタイミングだ。しかし探偵ナイトスクープではないのでここはインターネットの力を借りる。
多くの攻略サイトが見つかったが、特に、「これだけ知っていれば戦える!型抜き攻略法」という記事の「指で割る」という方法に注目。大まかな部分は指で割って余白を取り除く。
指で割る作戦は、使いどころによってはかなり有効だ。画びょうほどの精度は出ないが、大幅な時間の短縮になる。そうすると、後半まで集中力を持続させることができるのでかなり強い。なぜなら型抜きはメンタルのスポーツなのだから……。
いいぞ!インターネットの力!
敗因は凹みの対処方法である。何となく浮かんだ解決策と合わせて図で説明させてください。
今までは凹みの奥側の溝に画びょうを刺していたが、「余白を外側から削る」はどうやら正しいようなので手前側から削って行ったほうが良さそうだ。しかしまだ現時点では仮説にすぎない。
引き続き、インターネットで得た知見を試してみる。続いて注目するのは、「濡らす」という技だ。こちらの記事に載っていた。
明らかな余白を指で取り除いたのち、ウェットティッシュで濡らします。
こうすることで、型が湿り、制御が効きやすくなる。これはズルなのか微妙なところだが、今回はあくまでも「居酒屋で型抜きに成功する」を最終目標としているため、濡らすのはアリとさせていただきたい。居酒屋にはおしぼりがあるので、それを使って濡らすのは不自然な行為ではない。(屋台で型抜きをやる場合は濡らすのNGの店もあるそうなので、各自ルールに従ってください。)
これまでのノウハウを総動員する。余白を削り、凹みは手前から削る。そして何よりも気持ちが大事。落ち着いて……。
突然の成功だった。人生初の型抜き成功だ。やった~。
ついに初めての成功である。まだ「型抜きマスター」には程遠い。ポケモンでいえば最初のポケモンをゲットした段階である。しかし、やるたびにノウハウが蓄積されていく。学習初期特有の急な成長だ。
突然だが、修行の終わりを定めることにした。「易しいタイプ」に入っている13種類の型をすべて成功したら修行終わりとしよう。現実的だが容易ではない、ちょうどいい目標だ。
というわけで当面の目標は「易しいタイプ」13種類のコンプリートである。現在成功したのは1種類。残り12種類の成功を目指します。
しかし、あせると人は失敗する。何度も言うが、型抜きはメンタルのスポーツなのだ。おさかな一枚成功しただけで内心舞い上がっている自分がいる。しかも研究の余地はまだたくさんある。
攻める順番だが、できるだけ左右対称を保ちながら攻めるといい気がしてきた。 そのほうがくびれ部分にかかる負荷が左右で均一になり、くびれで割れるのを防げると思う。
これで 2/13コンプリート。いいぞいいぞ。
試したのは、くびれ付近の左右の三角形の凹みをあえて最初に攻略するというもの。今までくびれ付近は最後に攻略していたが、最後の最後で失敗していた。これは私の考えた「もろさ後半上昇理論」に基づくものだ。後半はもろくなりやすい。図で説明するとこうなる。
材料工学に全く触れたことのない素人が提唱していることなので冗談半分で聞いてほしいが、この「もろさ後半上昇理論」が正しいのならば、序盤にくびれ付近を対処したほうがよさそうだ。事実、それで帆掛け船を攻略することができた。
でも序盤にくびれ付近を切削してしまうとその後くびれが細いままずっとさらされてしまうので、一長一短か。
シャンプーボトルのコツは、「ちょい残し」。左側の画像からわかるように、3か所のちょい残しをしている。特に左下の小さい三角形を残すのがポイントだ。これによって割れやすい箇所をギリギリまで補強しながら作業を進められる。
ちなみに最後の細かい作業は画びょうの角度を90度に近づけると良さそうだ。力のかかる領域が狭くなり、細かい作業ができる。
けん玉とハンマーはこれまでのノウハウを使えばいけた。特に、「できるだけ左右対称に」が大事だ。
こまに至っては今までのノウハウを全部無視したやり方で成功した。コマの軸の部分は鈍角なので、パキっと気持ちよく一気に削り取ることができる。成功率をあげるためには、あらかじめ溝をなぞって掘りを深くしておくとよい。
また、「どこを指で押さえるべきか問題」もこのあたりで浮上し、砕こうとしている余白を押さえるとうまくいくことが分かった。こまの画像で言うと、左下の余白を砕くときは、左下の余白そのものを指で押さえながら砕く。画びょうのそばを押さえるので若干窮屈ではあるが、型本体に余計な負荷がかからず成功率が高い。
パフェ。最も簡単な左上をあえて最後まで残すことで、難関な右上を削る際の強度を保ち、成功へと導いた。ここでも「もろさ後半上昇理論」を利用している。
というわけで、13種類中8種類成功だ。
いよいよ残りは5種類。かかし、ひこうき、うさぎ、かさ、チューリップ。ただし、これまでの修行で頻繁に記録を取っていたこともあり、ノウハウがかなり蓄積されてきている。
型抜きノウハウ(ここまで得られたもの)
まずは首回り以外を処理する。これは前回説明した「もろさ後半上昇理論」とは逆行するが、首があまりにも細いため、先に首周りを対処してしまうと後半他の箇所を削っているときに割れてしまう。
その後、首の左右の溝を何度もなぞることで深くすると……。
コツは、首回りをなぞって溝を深くすること。型抜きノウハウには「『溝を掘る』のではなく、『余白を削る』」と書いたが、これだけ細いと溝を掘る方が有効のようだ。
これであとは4種類。しかし、箱に入っていたこれらの型はすべて使い切ってしまったので、再度購入した。
以前、おさかなは水でウェットティッシュで濡らすことで成功した。しかし、水で濡らすのは諸刃の剣。濡らすと柔らかくなるので削りやすくなるが、その分、型本体も割れやすくなってしまう。そのため、最近は濡らさずにやっていたのであった。
しかし、ここでとんでもない作戦を思いつく。
こうすることで、紙の乗っていない部分だけ水がかかり、柔らかくなる。ズルいかズルくないかでいうと、いよいよズルい気がする。居酒屋に霧吹きはない。もういい、ズルでもいいから成功させてください。(長くなるのでカットしましたが実はすでに何度もひこうきで失敗していて心が折れかけているのです。)
霧吹き作戦でひこうきに挑む。
霧吹き作戦大成功!やっぱりちょっとズルいぞ。しかも紙を切るのが割と面倒だ。
うさぎの難所は耳元である。鋭角に入り込んでおり、どうしても耳元で割れてしまう。これまで何度も苦しめられてきた。
ちなみにここからはカッティングマットの上で作業をしている。木製のテーブルの上で型抜きをすると針の穴が無数にできてしまうので。
うちはもう手遅れですが、他の人は最初からカッティングマットの使用を強く推奨する。
さて、うさぎ。
というわけでうさぎもクリア。型抜きノウハウの「もろい箇所は『ちょい残し』で補強する」がうまくいった。
いよいよ残すところあと2種類だ。かさとチューリップ。そして、うさぎをクリアした後、2箱目に入っていたかさとチューリップは全部失敗したので、3箱目に突入している。
型ガチャ成功。どちらも8枚入っていた。じつは、型の枚数はけっこうバラツキがある。いつからか、箱を開封して目当ての型を探すことを型ガチャと呼ぶようになっていた。
さて、かさといえばひらがなの「し」のような柄の部分。ここが細いので毎回折れてしまう。そして私の心も折れる。
「引退」の2文字が脳裏をよぎる。
何度も何度も失敗しているうちに、「次こそは絶対成功させてやるぞ」という気持ちが次第に薄れていっている自分に気づく。というか、おこがましくないだろうか?「成功させてやる」って。ここで、はっとした。
型を抜いてやるんじゃない。型を抜かせていただいているんだ。
そうだ。私に欠けていたのは謙虚さだ。「型抜きはメンタルのスポーツ」とあれだけ言っておきながら、全然メンタルをコントロールできていなかったのではないか。失敗するたびに悔しいという気持ちがあったし、何とかすれば必ず成功できると思っていた。
しかし、型抜きをコントロールできると思っていること自体が傲慢なのだ。 型の一枚一枚に個体差があり、割れ方も違う。コントロールできるわけがない。型抜き、それは他力本願の世界。型抜きの前に人間は皆無力なのだ。
とはいっても、型抜きマスターを目指す私はどうすればよいのだろうか。もう答えは出ている。一枚一枚、丁寧に型を抜かせていただく、ただそれだけだ。次の一枚では失敗するかもしれないが、いつかは成功するはずだ。あくまでも型抜きとの向き合い方が大事なのであって、結果はただの副産物である。
謎に宗教っぽさを出していたら普通にかさが成功した。やった~。
これで13種類中12種類成功。あとはチューリップのみ。ちなみに3箱目のチューリップは全滅したので4箱目になります。謙虚さとは。
ただ、本当にチューリップは難しい。13種類で一番難しいのではないだろうか。花の形も細い茎もすべてがやっかいだ。
ここである決断をした。この8枚でチューリップを成功できなかったら、あきらめよう。キリがない。
成功したら型抜きマスターの修行を終え、居酒屋でのリベンジマッチにのぞむ。失敗したら居酒屋にも行かず、ここで終わり。
残機は8枚。この8枚でダメなら私は型抜きマスターになれない。緊張感がある。
ちなみに、右上の画像は残機表示である。いまは1枚目に挑戦していて、まだ残り7枚が控えているので残機7となっている。緊張感を持たせる演出だ。
心の旅のBPMはちょうどいい。一拍ごとに溝の一部を針で一往復する。心の旅をリピートして5周目に差し掛かったその時……!
こうして、私は13種類すべての型を(ズルせず?)成功させたのであった。型抜きマスターといってもよい。
長い長い戦いが終わった。これまで、何度失敗して、破片を食べたことか。(型抜きは食べられます。) 疲れたなぁ。
そういえば、型抜きを食べる話について補足すると、失敗しても破片は食べない方がいいです。普通に美味しいので。どういうことかというと、「失敗する→食べる→美味しい→快感」という報酬系が脳に出来上がってしまい、無意識のうちに「失敗しても美味しいからいいや」と思うようになり、型抜きに集中できないのである。
こんなにも一つのことに向き合ったのはいつぶりだろうか。忘れないうちに、型ごとの攻略法と、型抜きノウハウを整理しておく。
こうしてみると、誰でも簡単にできそうな気がしてくる。でも現実は甘くないです。
ノウハウも更新しておく。
型抜きノウハウ (太字は更新箇所)
最後に、居酒屋でのリベンジマッチ。勝負は一発。さあどうなる。(新型コロナウイルスに十分配慮した居酒屋に行きました。)
知らない型が出てきた。せっかく13種類の型をコンプリートし、型ごとの攻略法までまとめたのに意味がない。
実は、ハシモトの公式サイトのカタヌキの型一覧には、「紙に包んだ業務用カタヌキの型は非公開です」と書かれており、嫌な予感はしていた。やはり、業務用の型には13種類以外の型もあるようだ。
いきなりプロの洗礼を受けたが、でも大丈夫。ここまでのノウハウをもってすれば必ず成功できるはず。作戦通り居酒屋のおしぼりで型の周りを湿らせてから始める。
負けました。リベンジマッチ、敗退です。型抜きはそんなに甘くない。いいわけをすると、
と愚痴は止まりませんが、負けは負けです。対戦ありがとうございました。
こんなに練習しても、まだ居酒屋で勝てなかった。型抜き道は奥が深い。すでに多くの学びを得たが、まだまだ道半ばなのだろう。連載はこれで終わりですが引き続き型抜きを極めようと思います。ありがとうございました。
▽デイリーポータルZトップへ | ||
▲デイリーポータルZトップへ | バックナンバーいちらんへ |