トランスジャパンアルプスレース
TJARと呼ばれる山岳レースがあることは知っていた。
TJAR(トランスジャパンアルプスレース)。
日本海富山県からスタートして北アルプス、中央アルプス、南アルプスを超えて太平洋静岡県でゴールする8日間に及ぶレースである。もちろん乗り物とかには乗らず、自分の足だけでその距離を走破する。
参加条件が厳しい上に、そもそも常人には参加も完走も想像できないレースなので、毎回SNSなんかを横目で見ながら(すごいなすごいな)とやり過ごしていたのだけれど、静岡県に引っ越してきて近所を歩いていると、そのTJARのゴール地点が引っ越してきた家の近くだということに気づいた。
運命だろうか。
僕もトレイルランナーの端くれなので(これは!)と一瞬ときめいてしまったのだが、そんな端くれである僕なんかがおいそれと夢見られるレースではないのもわかっている。
一度冷静になるために、ゴール風景だけ見に行ってみることにした。TJARが行われるのは二年に一度、夏の一番暑い時期である。
日常にかみさまがやってくる
ゴール地点である大浜海岸には、見るからにトレイルランナーだとわかる人たちが集まってきていた。
野球をやっている人にもラグビーをやっている人にも、同じスポーツに取り組んでいる人は見た目でだいたいわかるだろう。同じことがランナーにも言える。
僕がゴール地点に行ったのはスタートから6日が経過した日の午後のことで、先頭はすでにゴールしていた。
こういうことを言うと「レース中って寝ないんですか」と聞かれることが多いのだけれど(その疑問あたりまえですよね)、短いレースだと寝ない人が多いです。
ここでいう短い、というのは2~3日で終わるレースのことで、だいたい40時間くらいでゴールする。こういうレースの場合は寝ずに走っちゃうことが多い。
しかしTJARのような長いレースになると、さすがに途中で数分、数時間、選手は仮眠を入れているはずだ。
もちろん宿をとってしっかり寝るわけではなく、寝てもいい場所にテントを張ったりして横になる程度なのだけれど。
ランナー応援サイトを見ると(全ランナーの位置がGPSで追えるようになっていて、おかげでファンは一週間こればっかり見ていることになります)、次のランナーがそろそろゴールしてくるということで、ゴール会場には続々と関係者やらトレラン好きやらが集まってきていた。
ゴール地点の大浜海岸は普段は平和な公園である。
この日も子どもづれがたくさん遊びに来ていて、大半の人たちは、ここにまさか日本海から一週間以上走り続けてきた人がやってくることを知らないのではないかと思う。
「かみさま」たちがゴールしてくる
公園の平和な雰囲気の中に少しだけさざなみが立ち始める。
ざわざわ、ざわざわ。
そろそろ選手の一人がゴールに近づいているようだった。
「応援の人は沿道ではなく堤防の上でお願いします!」と交通整理をしてくれている運営スタッフさんが整理誘導する。
選手がやってきた。
信じられるだろうか。
この人は400キロ以上遠くの日本海から山を越えてやってきているのだ。そんな常人を超えた選手は、ここに来てもまだしっかりと走っていた。
これは冗談抜きにして神々しかった。
先ほどランナーは見たらだいたいわかる、みたいなことを書いたが、ここにゴールしてくる人たちは100メートル離れていても、いやきっともっと先から見てもわかると思う。
意志を持ったエネルギーの塊みたいな姿なのだ。
尊い。
僕はあまり信仰心とか強くない方なのだけれど、こればっかりは「今おれはかみさまを見ているな」と思った。
ゴール地点は最後にちょっとした堤防を超えないといけない。
400キロ以上走ってきたあとである。このちょっとした階段だってとんでもなくきついに違いないのだが、選手は嫌な顔ひとつ見せずに淡々と登っていく。
拍手と歓声に導かれるように、選手はそれでも走ることをやめずにゴールゲートをくぐっていった。
この後も翌日の夜中まで、選手たちはそれぞれゴールしていった。
僕が見た選手たちはみんな笑顔だった。
僕は自分がレースに出た時のことをあまりよく覚えていないのだが、少なくともゴールでこんな爽やかな笑顔でいられたとは到底思えない。
マラソンですら30キロを超えてくると沿道の応援すら負担に感じて(ちょっと静かにしてください)と思っちゃったりする。そのくらいきついのがマラソン競技だと思っていたのだけれど、この「かみさま」たちはすでに400キロ以上を走破して来てこの笑顔なのだ。信じられない。
長いレースに出るということ
長いレースはまずスタート地点に立つまでに色々あるのである。
僕ごときがいう立場ではないとは重々承知で話しているが、本当に色々あるのだ。まずこのレースに出るには最低でもレース期間中、仕事を休まなきゃいけないだろう。自分の生活を調整できること、これがまず一番の障壁となる。
それから練習。ここまでくるにはほとんど全ての時間をこのレースに賭してきたはずなのだ。全ての時間というのは文字通り全ての時間である。
毎日の食事から睡眠、トレーニング、気持ちの持っていきかた、モチベーションの保ちかた。文字通り全部を捧げてここにやってきているのだ。「かみさま」だろうそんなの。
人間の可能性は無限だから、本気で挑戦したらできないことはない。
なんて僕は教師の立場からたまに生徒に話しているのだけれど、ゴールしてくる「かみさま」たちを目の当たりにすると、これはおれには無理です、と素直に思う。想像するだけで震えてくる。
いや、もしかしたらやればできるのだろうか。
そんな可能性の芽を2%くらい感じて、帰り道はダッシュで帰って来たら200メートルくらいで息があがりました。



