ノンフィクションの中で輝く考察
工藤さんの考察が面白かった。特に血の薄まりを戻す話は現代の感覚からすると「そこまでしなくても……」と思うが、妙に納得感があった。本物の生きた考察はノンフィクションの中で輝く。リアルだからこそ、考察することに「意味」が生まれる。それを存分に感じられる、素晴らしい調査と考察に出会えた。
工藤さん、続報があったら教えてください。
実際のインタビューはまだまだ続いたが、あまりにも膨大なのでここからはダイジェスト形式でお伝えする。
工藤さんが見せてくれたのは「工藤物語」という本だ。この本には青森に多い工藤家について書かれている。
源頼朝の御家人の工藤祐経(すけつね)は1189年の奥州合戦に参加し、その恩賞として東北の一部の領地を与えられた。これが工藤家が東北に進出するきっかけとなったと言われる。(諸説あります。)
「藤原」といえば、工藤さんは和歌に興味を持ち、藤原定家の流れを継ぐところで和歌を習っているのだった。やっぱりどこかでつながっているんだなぁ。(正確に言うと、工藤祐経は藤原南家、藤原定家は藤原北家の出身で、藤原不比等のところで分岐しています。)
なお、工藤祐経の家系図と、工藤さんの家系図の間には約600年の空白期間がある。もしもこの600年間がつながれば、工藤さんの先祖は一気に藤原鎌足まで遡ることができる。飛鳥時代だ。
そのためには工藤祐経の家系図のさらに下を明らかにし、また、工藤さんの家系図のさらに上を明らかにする必要がある。巨大なトンネルを両側から掘り進めるような、果てしない作業だ。
先に紹介した工藤家の屋敷は青森県むつ市にある。工藤さんの親戚は「むつ市史」という本を持っており、今回工藤さんに貸してくれたそうだ。そこにはむつ市の昔の人々の生活について記されており、工藤さんの調査のもう一つの目的である「自分の先祖がどういう暮らしをしていたのかを知りたい 」の手掛かりになる。
この本を読んだ工藤さんいわく、当時日本の端っこであった青森の武士は、わりと「何でも屋さん」だった。いかにも武士という感じの仕事だけでなく、兼業農家としてお米を作ったりもしていたようだ。
工藤家の屋敷から徒歩3分のところにかつて順法寺城という城があった。工藤さんはそれについても調べたが、最後の城主が菊池正義であるということはわかったものの、それ以外はわからず、工藤家とのつながりは見いだせなかった。
東北太平記という書物に順法寺城の詳細が掲載されているようだが、それも青森の図書館にあり、まだ読めていないとのこと。
まだまだ調査は続いているのである。
工藤さんの考察が面白かった。特に血の薄まりを戻す話は現代の感覚からすると「そこまでしなくても……」と思うが、妙に納得感があった。本物の生きた考察はノンフィクションの中で輝く。リアルだからこそ、考察することに「意味」が生まれる。それを存分に感じられる、素晴らしい調査と考察に出会えた。
工藤さん、続報があったら教えてください。
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