外道も素敵な深海釣り
こんなにおいしい魚やカッコいい魚が外道扱いなんて!なんと贅沢な遊漁だろう。
堤防でアジを釣るよりはハードル高いかもしれないけど、生きた深海魚に触れ合える休日は最高。深海釣り、始めてみません?怪獣獲れるよ?

※取材協力:釣り船・民宿 鈴清丸
深海魚の中には高値で売れる魚も多く、それらを獲ることを生業としている漁業者やあるいは趣味の遊漁対象として狙う釣り人たちがいる。
そうした人々が深海1000m付近で本命の高級魚を狙う折に、『怪獣』と呼ばれる魚が招かれざる客として釣れてしまうことがあるという。
深海の怪獣…。市場価値はどうあれ、ビジュアルはさぞカッコいい魚なのだろう。釣って食べてきた。
というわけで魚好きの友人らと連れ立って早朝の三浦半島へ。
深海魚を釣るにはかなり沖合の海域を攻める必要があるので、必然的に漁船や釣り船に乗り込むことになる。三浦半島からは相模灘の深場へアクセスが良いため、深海漁師も多いのだ。
そしてそのほとんどがメヌケ類(深海性の大きな赤いメバルの仲間。高くて美味い。)やアブラボウズなどの高価な魚を狙う。道楽でチャレンジする釣り人たちもしかり。間違っても『怪獣狙い』はいない。僕以外は。
今回一緒に船へ乗り込んだメンバーたちも第一目標はメヌケ類である。だが、高級魚であるメヌケたちは運も味方してくれないとなかなか出会えないという。
一方で、船長曰く怪獣は「よほどのことがない限りほぼ毎回釣れる。イヤでも釣れる。正直イヤだ。」とのことだった。
なんて気が楽なんだ。本気で設定した目標が実は低次元だったって素敵なことだな。
しかし、いざ釣りを始めるとこれがなかなか大変なのだ。まず、水深1000mともなると普通の魚釣りとはまったく勝手が異なってくる。釣り糸は最低1500m、オモリは2kg。釣竿とリールはそれに合わせた非常に大掛かりなものになる。
ちなみにこの釣りに使うリールの値段はウン十万円。頭が痛くなりそうだが、これで水深1000m超の世界にアクセスできるなら安いものだろう。潜水艇を個人購入するよりはリーズナブルだ。
そして何より、仕掛けの扱いが難しい!
この釣りはポイントが深すぎるため、仕掛けを一回投入して回収するのに1時間ほどかかる。
一日に仕掛けを投入できる回数はたった四回。そのチャンスをものにするため、広範囲を探る=非常に長くて針がたくさんついた仕掛けを使用することになるのだが…。実にその全長およそ40m!
長すぎ、針数多すぎで適当に触ると確実に絡んでしまう。そのため、独特の掛け枠(治具という)に特殊な編み方でその都度巻きつけていかなければならない。
揺れる船上でこれをマスターするのに一苦労!だが怪獣に会うためには避けて通れない道だ。
ふつうの魚釣りなら、魚がエサに食いついた感覚があったらすぐに糸を巻いて格闘を開始する。しかし、この釣りは違う。魚からの反応があろうがなかろうが、船長から「回収!」の合図が発されるまではひたすら待つ。で、指示に従って順番に仕掛けを巻き取る。
いわゆるゲームフィッシングとは一線を画した釣りである。むしろある種の漁業体験実習に近い。
そしていよいよ「回収!」の合図が。
仕掛けを巻き上げることおよそ30分。1500m先から上がってきたのは…。
いかにも深海魚でございといった不思議な姿をした魚が二種、水面に浮いた!
『オニヒゲ』と『イバラヒゲ』。彼らこそ『怪獣』ことソコダラ科に属す魚たちである。
ソコダラの『ソコ』とは生物の和名にあてがわれる場合、主に深海底を表す。また、名の通り分類学上はタラに近縁である。
ソコダラの仲間はいずれも深海性で、体色は黒や灰色。尾ビレがなく、尾部は尻尾のように細長くなっている。加えて頭が大きいオタマジャクシ体型で、かなり異様な印象を受けるものばかりである。
この刺激的なビジュアルゆえ、一部の海の男たちから怪獣という愛称で呼ばれているわけだ。
さっそく二種類釣れた!!
…でも、彼らじゃ『怪獣』と呼ぶにはちょっと小さくない?
と思っていたらその後にやって来ました!より怪獣っぽいやつが!
全長1mを超える大型怪獣『ムネダラ』だ!
特大サイズのものは体重20kgにも達するようで、人によってはこのムネダラだけをして『怪獣』と呼ぶこともあるのだとか。
たしかにこれは文句なしにかっこいい魚だぞ!
そんなこんなで三種の怪獣が出揃った!後はこれを持ち帰って試食するわけだが、それにしても楽しいなこの釣り!
水族館でも見られない魚を生きたまま観察できるんだから、高級魚なんて釣れなくても十分楽しい。結局メヌケの顔は拝めなかったが、それでもみんな帰港するまで笑顔が絶えなかった。
まずはオニヒゲとイバラヒゲを食べる。実を言うと以前に僕はこれらの魚を別々の機会に軽く試食しており、味についてはざっくり知っているのだ。ここまで鮮度の良い個体ではなかったが、とりあえずどちらも美味い魚であることはわかっている。
というわけでここはちょっと趣向を凝らし、怪獣映画よろしくこの二種のソコダラをまったく同じ条件で調理し、食べ比べてみたい。
果たして勝つのはどっちだ!?
ところで、イバラヒゲを釣った際に船長から面白い話を聞いた。
「イバラヒゲやオニヒゲのウロコは剥がすときに飛び散りやすいけど、熱湯をかけると軽く触るだけでサラサラ剥がせる」というのである。
それは試してみなければ!
言われた通りに熱湯を体表にかけて撫でてみると…。たしかにゾゾゾゾ…ズルンッ!とウロコが綺麗に剥がれて落ちた。これは気持ちいい
どうやらサメなどと同じく、加熱によって皮へのジョイントが甘くなるらしい。
ただし、調子に乗って一点にたくさんかけ続けるとウロコの下の皮や肉にまで火が通ってしまうので注意すべし。コツはさっと流しかけること。
ちなみに、ソコダラ類の体表には鉄っぽいような独特の臭気がある。これが釣り人からは嫌われるが、肉は一切臭わないので安心していい。
まったく同じ調味料で両者を煮ていく。肝から滲み出た油が煮汁にたっぷりと浮く。この油の量はオニヒゲ>イバラヒゲ。こうなるとオニヒゲの方が美味そうに見えるが…?果たして。
いざオニヒゲとイバラヒゲの食べ比べ。二大怪獣大決戦だ。
…しかし、
これが実に甲乙つけがたいハイレベルな勝負となった。
身の味や食感だけならオニヒゲが上である。イバラヒゲはオニヒゲに比べて旨味がやや浅く、繊維質な歯ざわりが(気になる人は)ちょっとだけ気になるかもしれない。オニヒゲはやわらかで、かといって水っぽすぎず、味のバランスも良く万人受けするものである。
煮汁の味、つまりダシもオニヒゲの勝ち。汁に浮いた油の量から予想はしていたものの、非常においしい。濃厚なコクがある。
外見のわりに…とかのひいき目抜きにしてとても美味い。色々な料理に活用したくなるダシの強さである。
一方でイバラヒゲからもいいダシが出ているものの、オニヒゲと比較するといま一歩およばないのだ。こちらも間違いなくうまい魚ではあるのだが。
というわけで肉もダシもオニヒゲに軍配が上がり、勝敗は決した。…と思いきや、イバラヒゲの逆襲が始まった。
肝を一口食べた時点で全員の評価が一気にイバラヒゲへ流れたのだ。
そう、イバラヒゲの肝はとてつもなく美味い。これより肝がおいしい魚を挙げろと言われても。なかなか思いつかないほどである。
濃い濃い濃い。ひたすら濃い。だが、それでいて、しつこくない…!
一方のオニヒゲの肝も間違いなく美味い部類ではあるのだが、口に含んだ瞬間にほんの少しのクセを感じた。イバラヒゲにはそれがない。一点の曇りもない美味さである。
肉とダシはオニヒゲ>イバラヒゲ、肝はイバラヒゲ>>オニヒゲ。これは参った。決着がつかない。
その場にいた全員での議論の末「オニヒゲとイバラヒゲをごった煮にするのが正解、さらにその中からイバラヒゲの肝を少々むしり取りオニヒゲの身でくるんで頬張るのが至高」との結論に至った。
なんだか『○○VS☆☆』みたいなタイトルの特撮映画が最終的に○○と☆☆の共闘展開で大団円を迎えるアレと似た展開である。
ちなみに写真はないが、イバラヒゲの肝を醤油に溶いて肝醤油を作り、それで刺身を食べるのも最高だということも付け加えておく。次の機会にはぜひオニヒゲの身をイバラヒゲの肝醤油でいただいてみたい。
さあ、残るはムネダラのみである。
船長が「え…。ムネダラも持って帰るんですか?本当に?」と何やら心配そうに言っていたのが気にかかるが…。まあ聞かなかったことにしよう。
さすが大きいだけあって台所に横たえた時の圧が違う。今この瞬間からシンク内の空間は異界へと変わった。
ところで、せっかく持ち帰ったのだからその怪獣フェイスをまじまじと見てやろうではないか。まず意外と鋭い歯が並んでいることに驚かされるが、さらにその奥にのぞく口腔内と喉か黒いのも特徴的だ。
喉が黒いといえばノドグロことアカムツが有名であるが、よく考えてみるとあちらも水深200m以深に生息する深海魚である。
実はこの喉の黒さはそのさらに奥、腹膜にまでべったりと続いている。ノドグロどころかハラグロだ。
これは深海魚にありがちな特徴で、ちゃんと意味がある。
有名どころのホタルイカをはじめ、深海性の小動物はその多くがなんらかの方法で発光することができる。魚がそうした生物をエサとして捕食すると、腹の中で発光しやがるわけだ。
その光が外に透けてしまうと、それを目印により大きなサメや大型イカなどの捕食者に見つかってしまう。そんな間抜けな事態を防ぐために口腔から腹に内側から暗幕を張っているわけだ。
…これは僕の推測というか妄想でしかなく、本人たちに聞いたわけではない。でもたぶん合ってるはず。
話が逸れた。解体を進めよう。
ウロコはとても剥がれやすく、イバラヒゲたちのように湯をかける必要もなく包丁の背で優しく逆撫でするだけで綺麗になった。
続いて内臓を除こうと腹に切れ目を入れると、なんと体液に混じって大量の油が流れ出てきた。
なんだこれ!?考えられるのは…肝臓?
そう思って肝臓を摘出して皿に取り分けておく。
おお、立派。オニヒゲとイバラヒゲに負けないくらいおいしそうだぞ。大きいし。
が、しかし!
肝臓からみるみる油が浸み出してくる!!すさまじい勢いと量。あっという間に皿の底がタプタプだ。
なんかすげえな…。他の怪獣たちとは早くも一線を画している。
気を取り直して身を三枚におろそう。
肉はみずみずしく非常にやわらかい。というか、水分多すぎてゼリーかこんにゃくのようにプルプルしている。瑞々しい、じゃなく水々しい。
なんだこれ!?オニヒゲやイバラヒゲとぜんぜん違う。
あちらも多少水気の多い肉質だったが、ちゃんと魚肉としての自覚を持った佇まいだった。だがこの蒟蒻怪獣ムネダランときたらどうだ。食材として大丈夫か?けっこう肉量あるんだが完食できるか?
と、おろした身を皿に並べていて我が目を疑った。
…!?皿が水浸しになっている…?
切り身から大量の水が滲み出しているのだ。
なんだお前!?木綿豆腐でももうちょっとシャンとしとるぞ!?
肝臓に続いて筋肉まで液体漏れまくり…。さっきからなんだお前は?おもらし野郎なのか?おもらし怪獣ムネダランなのか?
…とりあえずまずは素材の味を知るべく刺身でいただくことにした。
キッチンペーパーを取り替えながら一時間ほど脱水したが、それでもまだ水っぽい。
ふと気づいたが、刺身を引くのに苦戦してベタベタと身を触っていても手がまったく魚臭くならない。体表はあんなに鉄臭かったのに。
喜ばしいようだが、臭くない=旨味に欠けるというのは魚ではよくある話だ。悪い傾向かもしれない。
…いざ食べてみると醤油の味しかしない。グニュグニュシャバシャバとひたすら水っぽい。
水分の多さに反して、筋肉の少なさを感じる。いかに彼らムネダラが運動を避けた省エネ生活を送っているか分かる。
そして水分の多さはすなわち、すさまじい水圧の影響で体内に大きな浮き袋(生物学的に正しい表記は『鰾』)を持てないがために体の比重を周囲の海水に近づけることで遊泳に必要な浮力を得ているということなのだろう。
それに加えて、脂肪たっぷりの肝臓も浮き袋代わりになっているはずだ。
…っつーか、そういう小賢しい御託はいいよな!食レポいきます!刺身はマズい!!
でも生態が推測できて面白い!!だからOK!!
じゃあ残りを美味しく食べるため、イバラヒゲとオニヒゲで成功した煮つけいってみよう。
見た目は悪くないんだが…。やはり身は非常に弱い。箸ではまず切り身の原型を保って持ち上げることが不可能。ゴムのヘラでそっとそっと盛りつけることになった。
濃いタレで煮込んだことでいくらか水気は絞れたが、それでもまだ水っぽすぎる。タダでもやわらかいカレイの煮つけをふやかしてもっとずっとゆるくしたような感じ。
ようやく薄味ながらも魚肉の味を明瞭に感じられるようにはなった。カニ風の味付けをしたかまぼこがカニかまぼこなら、これは魚味のゼリー『魚ゼリー』だ。
口の中でとろける…といえば聞こえはいいが、油脂ではなく過剰な水分でとろけられるのは個人的に好みではない。
可もなく不可もなし。食べられないことはないが、決して喜んで食べるものではないな。
あるいは、オニヒゲたちの後で舌が肥えてしまっているということもあるかもしれないが。
また、薄味で水っぽいところに肝から出た脂がまとわりつくのも苦手だ。なんというか、この脂が見た目に反してイマイチ。脂肪の美味さを感じない。
また、肝はやたらプリプリしており、鳥獣のレバーを連想させる食感である。ただし脂のクドさはあるのに、不思議なほど魚の肝らしい旨味は薄い。ギトギトなのに淡白。決してマズくはないにせよ、イバラヒゲのあの肝を舌が覚えているうちはかなり見劣りしてしまう。
煮汁もイマイチな脂が多く混じるため残念な感じ。そして肉や骨から出たダシは薄い。
ビジュアルはぶっちぎりで好みだったが、味は周回差をつけて最下位。
まだ半身が残っているので、そちらはこれから干物やすり身にするなど時間をかけてよりおいしい食べ方の追求に活用したいと思う。
あー!!シメにイバラヒゲとオニヒゲ食べたい!!手元に1匹ずつ残しとけばよかった!!
※取材協力:釣り船・民宿 鈴清丸
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