わたしは破滅に備えている
株で儲けるのは簡単だ。安く買って高く売るだけなんだから。
そんな調子で何も考えず売買を続けていたら、新年早々とんでもない額のマイナスを抱えてしまった。どえらい含み損で本当につらい。
このままでは今年度中に破滅しそうだが、わたしはこれまで破滅に備えてきたので問題はない。備えあれば憂いなしというやつだ。
いざというときの覚悟があるので、一文なしになるまで勝負できるというわけだ。
ここまできたらガチホしかない。本気のホールド。いまは値段が下がっていても、暴騰する日まで損を確定させなければ勝てる可能性はあるのだ。絶対いつかは助かるだろう。
……不安だ。
ガチホの練習を野菜のカブでしておきたい。気を紛らわせたい。
カブを買ってきた
近所のスーパーで300円のカブを買ってきた。これがわたしに許される最後の贅沢かもしれない。
カブは野菜の中でも目立つコーナーに置かれていた。旬なのだろう。流れは確かにこちらにある。幸先が良い。車の運転もあるので、家まで戻ったらカブをガチホしよう。
左手でガッチリホールド。これぞカブのガチホである。
やりたいことはほぼ終わったが、ホールドし続けることに投資の妙味がある。
もう外も暗くなってきたが、限界までガチホしよう。カブを手放さない。やることはそれだけだ。
カブを手放す理由はいくらでもある
突っ立っていてもしょうがない。カブをガチホしつつ散歩することにした。気づけば外は真っ暗だ。田舎は街灯が少なくて夜がちゃんと夜をやっている。
この手の中にあるカブを手放す理由は探せばいくらでもある。
まず、株式投資の「株」というのは切り株が語源といわれていて、いま手に持っているカブ(蕪)のことではない。じゃあ俺は一体なにをしているのだろう。
「むき出しのカブ、野菜泥棒だと思われるかもしれない」
「ひもじい」
「こういう言葉遊びみたいなネタってみんなやらなくなったよな」
……そんなふうに弱気や不安が襲ってきても強い心でホールドを続けるのだ。それこそが真の投資家の態度といえよう。
長時間歩くとお腹が空いてくるのが動物の宿命だが、誘惑に負けてカブにかじりつくことなかれ。
カブは生で食べるよりも料理をして食べるほうがおいしい。すなわち、時間をかければカブから得られる幸福の値が高まるのだ。利益の最大化をはかるのも投資には大切なことである。
カブをガチホするとき、葉っぱを持つのと白い部分を持つのでは、葉っぱを持つほうがいい。白いとこ持つとめっちゃ冷たいから。
ずっとだまってカブを持ちながら歩きつづけた。
家に帰ってきた
しっかりとカブを握り続け、ついぞ手放さないまま家に帰ってきた。1時間は歩いていたようでテンバガー級の達成感である。
ガチホも大事だが、同じくらい生活も大事だ。明日のために米を炊こう。ガチホしたまま炊飯できるだろうか。
カブのガチホと日常生活は両立できることが分かった。
みんな、カブに現を抜かさずに日々の暮らしにも精一杯取り組もうな。
これが損切りだ!
炊飯器のセットが終わり、一息ついていると思わぬ妨害が入った。
うちの猫は葉っぱが大好きなのだ。気を抜くとカブをかじられてしまう。
猫の手から逃すためにカブを持ち上げ続けていたら、急に左腕に疲れが溜まってきた。もう無理かもしれない。ついに損切りか。
カブを手放したら気持ちが軽くなった。
持っているときには気づかなかった重い心身の負荷があったのだ。見切り千両、損切り万両とはよく言ったものである。
やはり失敗したカブは切ったほうがいいのだろうか……。

