カップ酒の自販機
タバコ屋に負けず劣らず、酒屋にもぴたん機は多かった。
しかし酒の自販機は、いま急速に撤去が進んでいるという。中でもカップ酒の自販機は絶滅危惧種。
壁にぴったりハマっている自販機がある。
自販機にもいろんなサイズがあるだろうに、何の因果か壁と全く同じ幅にぴったりと収まっている。そんな自販機を「ぴたん機」と命名した。2013年のことである。
それから6年の歳月を経て、このたび発見数が100体を突破した。ここで改めてその魅力を分析してみたい。
壁にぴったりハマっている自販機こと、ぴたん機。すべての始まりは、この光景だった。
自販機に合わせて門を作る人なんていないし、門に合わせて自販機を作る人もまたいない。つまりこの光景は、「既存の門」と「既存の自販機」、その両方が偶然にも同じ幅だったことで生まれたのだ。
自販機の神様が、気まぐれに起こしたイタズラである。奇跡ってやつは、意外と身近なところで起きている。
店をたたんで、代わりに自販機を設置することになった。どんな機種があるかなあ? と問い合わせてみると、なんと店の間口にピッタリな自販機が見つかったのだ。店主は小躍りして喜んだ。
……というのは私の想像だけれど、でもきっとそういう物語があったに違いない。だって左側の自販機なんて、寸分違わぬジャストサイズである。運命を感じずにはいられないじゃないか(こんなに隙間がなくて大丈夫なのかと心配になるほど)。
特に自販機が二台、三台と横並びになると、ぴったり収まるための難易度も上がってくる。
自販機の機種について調べてみると、設置場所に合わせて数種類のサイズから選べるようになっていた。ただし規格があるわけではないので、メーカーごとに数センチ単位で幅は違っている。壁にピッタリ収まるかどうかは、測ってみないと分からない。
自分が設置者だったら、横幅の数値を見るときドキドキしていったん目を閉じるだろう。ピッタリ入るのか入らないのか、そこで世界線が分岐する。人生にはそういう分かれ道もある。
自販機がぴったりハマると爽快である。
これは部屋に家具を置くときをイメージしてもらえれば分かりやすい。本棚が壁にぴったり収まったとき、なんとも言えない達成感があるだろう。ジグソーパズルだってそうだ。欠けていたピースが、あるべき場所に帰るあの感覚。それを街中でも味わえるのである。
すべての自販機には収まるべき壁があり、静かに時が来るのを待っている。自販機と壁の運命が交わるとき、そこにぴたん機が生まれる。
後半、なんだか雲行きが怪しくなってきたのに気付いただろうか。いくらなんでも不自然である。こんなに自販機と一体化する壁があるはずないじゃないか。生い立ちが、他のぴたん機とは違っているのが目に見えて分かった。
なにか変である。いくら壁にピッタリな自販機があるとは言っても、「どう考えて出来すぎだろう」というケースが散見された。
つまり、自販機がちょうど入るように壁を作ったのだ。人間の作為が多分に含まれていることから、これを「人工ぴたん機」と呼んで区別することにした。
そう、ぴたん機は作れるのである。観察の際には、それが天然なのか人工なのかを意識するようにしたい。
これは残念な結果である。人工ぴたん機は、なるべくしてピッタリになった自販機であり、先に述べたような運命性もなければ、組み合わせから生まれる爽快感にも乏しい。人間の所業により、ぴたん機の生態系がおびやかされている。
でも逆に考えるのだ。人工が過半数以上を占めているということは、つまり天然が貴重だということ。人工を見て、まだ見ぬ天然に思いを馳せる。そういうのもいいのではないか。
最後の2つは、これまでとは違って「壁に」ぴったりハマっているわけではない。でもいろんな例を見て理解が深まった今なら分かる。これは紛れもなく同類、ぴたん機である。
ぴたん機という概念を思い付いていなければ、おそらく発見できていなかっただろう。「ぴったりハマった自販機がある」ということ、そして「過半数以上が人工である」いう事実。それらを知って初めて、その貴重さ、稀有さが理解できるようになったのだ。
なので人工と天然に優劣はなく、どちらも等しく観察していく必要があると感じた。
観察を続けていると、ひとつ気になることがあった。やけにタバコ屋が目に付くのだ。
1位の「会社/ビル」は、そもそも存在している数が桁違いである。一方のタバコ屋はというと、そんなに店舗数があるわけでもないのに、全体の約20%をも占めている。
以前に当サイトで大山顕さんが発表した記事、「角のタバコ屋めぐり」を見ていると、やはり高確率でタバコ屋にぴたん機が備わっていた。「タバコ屋転じて、ぴたん機となる」、そういうことわざがあってもおかしくない頻出ぶりである。覚えておこう。
自販機が横に連なれば連なるほど、壁にぴったりハマるのが難しくなってくる。その分、見かけたときの爽快感は高い。
これが人工なのか天然なのかは、意見が分かれるところだろう。注目すべきは、自販機上部に取り付けられた板である。不自然に空いてしまった空洞を後から塞いでいるため、「自販機に合わせて後から壁をくり抜いた」という人工の可能性は薄いと考えた。
もし予想が当たっていれば、これは天下の五連かつ天然ぴたん機である。発見したのは2016年だが、いまもこれを超える大物は見つかっていない。
ただ、見た目の爽快感は三連くらいがピークのように感じる。五連までいくと幅が広すぎるせいか、かえってぴったり感は薄れてしまう。フットワークの一連、バランスの三連、パワーの五連、といったところだろう。
最後に、見た目が気になったぴたん機を個別に紹介したい。
今回は35体のぴたん機を例に出して、その生態系を紹介した。このために全ての写真をいったん編集したのだが、掲載していない分がまだあと65体も残っている。分析が進んだら、いずれ追加報告を行いたい。
タバコ屋に負けず劣らず、酒屋にもぴたん機は多かった。
しかし酒の自販機は、いま急速に撤去が進んでいるという。中でもカップ酒の自販機は絶滅危惧種。
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