この冬一番の寒波到来
朝起きると窓ガラスがガタガタいっていた。
旅館とかではなくいわゆる普通のビジネスホテルである。あまりガタガタ言わないだろう。
しかしこの日の天気は、ホテルの窓ガラスをガタガタいわすくらい強烈なものだった。
町の景色は一変していた。
駅前はスケートリンクみたいになっていた。てっかてかである。今日は最低気温と最高気温が-5℃、つまり一日中-5℃ということだった。ソフト冷凍か。
朝は一瞬晴れ間ものぞいていたのだけれど、なにしろ風が強く、すぐに雪雲が流れてきてあっという間に天気が変わる。
しかし今日はなんとしてでも大広民芸木彫朔峰の店へ行かねばならぬ。そのためにここまで来たのだ。そうでなければ札幌でラーメン食べているだろう。
大広民芸木彫朔峰の店
大広民芸木彫朔峰の店は網走駅のすぐ近くにあった。ちょっと薄暗い店内は、飾ることよりも丁寧に作品を見せることを目的としたレイアウトに見えた。質実剛健である。
お店の奥では職人さんが一体ずつ彫り出している。つまりここは工房兼販売所なのだ。
大広民芸木彫朔峰の店はここ網走に工房軒店舗を構えてすでに50年以上。いまは2代目と3代目が一緒にお店を支えているのだという。
作業をしばらく見せてもらっていたのだけれど、鮮やかなノミさばきにより彫り出される作品の個性が豊かすぎた。
いま二代目が彫っている人形は「ワタラポンクル」という名前の妖精なのだとか。
ワタラポンクルは店内でもひときわ目立つほどの造形インパクトである。手作りなので一人一人表情が違うのもいい。
ワタラポンクルは「ウィルタ」という北方民族の暮らしをモチーフにしたこのお店のオリジナル。
むかしむかし、ウィルタはアイヌの人々の玄関先に鮭を置いて行ったという。かわりにアイヌの人々はウィルタのために野菜を軒先に置いておいた。
そんな無言の交流が続いたある日、アイヌの人たちはどうしても彼らの姿が見たくて、陰に隠れていて出てきたところに飛びかかるが、なぜか腕には鮭だけが残った。
そんな寒い地域の民族間の交流をモチーフにした作品である。
店主は「よく知らないけれど」と言っていたが、今インスタグラムでもこのワタラポンクルは人気なのだとか。いわゆるインスタ映えである。
こういった人の形をした木彫りを作るのは北方民族ウィルタの特徴で、アイヌの人々は人形ではなく模様ですべてを表現すのだと言っていた。
地主くんがなぜこの大広民芸木彫朔峰の店を勧めてくれたのか、来てみたらわかった気がする。
お店には北海道を地元とする人々のプライドとか愛着みたいなものが詰まっているのだ。お土産を買うならここだと思う。まだ来たばかりだけど、僕は2体買わせてもらった。
外は雪なのでこのままずっとおとうさんの木彫りの技を眺めていたかったがそうもいかない。次に行くべきおすすめを聞いた。
網走市内にある「天都山(てんとざん)」という山にある民族博物館をすすめてもらった。いま聞いたような古き北海道について詳しく知ることができるという。
遠いですか?と聞くと
とはいえ車でならば20分くらいらしい。
意を決して外に出ると、天候はさらに悪化していた。
風で雪の粒がすごいスピードで当たってきて痛い。
道も凍っているので本当に恐る恐る運転し、なんとか北方民族博物館までたどりついたのだが、吹雪きのためしばらく車から降りられずにいた。これはちょっと今回の取材、やばいかもしれないぞ。
僕は学生時代に石川県に住んでいたので、ある程度の雪には慣れていると思っていた。しかし北海道の雪は石川県のそれに比べて5割増しくらいに冷えていて硬い。気温が低くて風が強いからだろう。しばれる、という言葉の響きを体で感じた。
北方民族博物館
風の止み間に駆け込むようにして(実際には滑るから慎重に)やってきたのが北方民族博物館。
この博物館は、網走と同じくらいの緯度に住む人々の暮らしをぐるり世界中から集めていてとても興味深い。
北方民族博物館は単に古いものを集めて展示しているだけではなく、その見せ方がいちいち凝っていて飽きさせない。特にイヌイットのアザラシ漁は、3D ホログラムで見られるのでおすすめだ。
展示物の中に、どこかで見たことがある人形を見つけた。
さっきお店で見たセワポロロそっくりの木彫りが展示されていた。これを彫った北方民族ウィルタの末裔は、数こそ減ってしまったが今でもサハリンに暮らしているという。
歴史はずっとつながっていて、この取材では図らずもそれをさかのぼることになったわけだ。ぞくぞくした。
民族博物館はじっくり見ていると一日中いられそうなボリュームなので(あと暖かいし)うしろ髪を引かれたが、いつまた吹雪くかわからない。
民俗博物館の受付で次に行くべきおすすめを聞いた。
博物館を出ると雲の切れ間から青空が見えていた。移動するなら今である。
民族博物館からオホーツク流氷館までは車ならばすぐだった。すぐとはいえ走っている車が右に左に揺れるくらいの風である。1キロほどの道のりを、のろのろと慎重に登ってきた。
オホーツク流氷館
オホーツク流氷館も入ってしまえば暖かいので、最高に長居したくなる建物だ。
この建物では「シバレ体験」ということで-15℃の世界を体験することができるのだが、そもそも外が氷点下なので、正直それほどのインパクトはないかもしれない。
シバレ体験は中に本物の流氷が置かれていて、入ると真冬のオホーツク海を体感できるようになっていた。これは確かにシバレる。外気温とあまり変わらないのでは、なんて思っていたが、風がない分逆に外よりましかもなと思った。
他にも館内にある水槽には、クリオネなど、この辺りで見られる珍しい魚たちを見ることができる。余裕のある時間帯だと、係の人が身振りを交えて解説してくれるので注目だ。この時はエビが背中を足で掻く様子を真似しながら解説してくれた。
係の人に聞くと、この建物は天都山の山頂に位置しているため、晴れていれば屋上の展望台に上がるのがおすすめなのだとか。
ただし晴れていれば、だ。
この日の展望台は、神の裁きでも受けているかのような荒れ方だった。油断するとオホーツク海まで飛ばされそうである。身の危険を感じてすぐに中に入る。
諦めて暖かい館内で流氷アイスを食べた。
アイスも本も勧められていないので企画趣旨から外れているかもしれないが、この天候が僕にこれらを買え、そして外には出るな、と勧めてくれたともいえないだろうか。いいように解釈していきたいと思う。
ここでいったん情報が途切れてしまったので、道の駅に寄って観光案内所に頼ることにした。