チンチン電車で堺市内へ
わたしがチャリで走っていた堺市内の道路は、大道筋(だいどうすじ)という大きな道である。
大人になってから知り合いにこのへんのことを話すと「◯◯という店に行ったことがあるよ」とよく言われる。名店が多いエリアだったのだ。立ち漕ぎしすぎてなにもかも見逃していた。
今回はこのへんを改めて歩いてみたい。自転車だと通過してしまいそうなので、路面電車で向かうことにした。自転車通学がメインだった当時も、気が向くとチンチン電車に乗って通学していた。


「飯炊き仙人」のゲコ亭
電車が大道筋に入って、まず見えてくるのが「ゲコ亭」である。
ここは昔から「飯炊き仙人」と異名をもつ店主が釜で炊くコメがとにかくめちゃくちゃうまいと評判の定食屋さんだ。残念ながらもう仙人はいないが、今でも昼どきに行列ができる。
遠方からやって来る人も多いらしく、友達に「堺でゲコ亭にいったよ」とよく言われる。「ゲコ亭うまいよな」とムダに話をあわせたことがあるが、実は行ったことがなかった。すんません。


入店すると、おかずはセルフで選ぶスタイルだ。ご飯は会計時に大中小から宣言。BGMのない店内に、会計をするおばあちゃんの声と、お客さんがめしをかき込む音が響いている。
好きなものばっかり選んで会計に進むと、おばあちゃんが私のお盆をひと目みて「せんにひゃくえん」と暗算しつつ(「せん」ではなく「に」にアクセントがくる大阪弁)、「野菜も食べてや」とホウレンソウのおひたしをサービスしてくれた。おばあちゃんありがとう。


食べてみると、ぶり照りのタレも甘辛く、肉じゃがもしっかり甘いのが関西風だ。特に肉じゃがは大阪風なのかもしれない。甘い玉ねぎと、味がしっかりしゅんだ(しみた)牛肉が懐かしうまい。
わたしとTさんが異口同音に「やっぱり肉じゃがは牛肉かもしれへんな」とうなった。ふたりとも自分で作るときは安い豚肉を使いがちだったが、大阪の肉じゃがはやっぱり牛なのだ。
もちろんコメもおいしい。コメのプリプリと甘辛い肉じゃが、ぶり照りのコンビネーション、そして箸休めにおひたし。仙人とおばあちゃんの技、おそるべしである。


「かん袋」でくるみ餅
ゲコ亭でお腹はいっぱいになったがこれで満足している場合ではなく、歩いてすぐの至近距離にあるのが「かん袋」だ。
こちらの名物はくるみ餅。和菓子である。クラスメイトの女の子たちがたまに通っていたような気がするが、その頃わたしはブックオフに吸い込まれていた。30歳になった今もブックオフには行きたいが、今日はそのことを忘れてくるみ餅を注文する。


とどいたくるみ餅はみどり色だ。胡桃のお餅なのかと思っていたがそうではなく、餡でお餅をくるんでいるからくるみ餅なのだった。15年間の勘違いが今とけた。


食ってみると、もちろんおいしい。おれがブックオフで漫画を立ち読みしているあいだに、クラスの人たちはこんないいものを食べていたのか、とぼんやり悔しくなった。

なお店内には、堺の歴史や文化を表現した設えが多い。いま私が暮らしている京都の老舗たちはそのへんの主張がない(=本当はめっちゃ主張があるはずだが、はっきり目で見てわかるアピールはしていない場合が多い)ことが逆にわかるほどだ。


これら南蛮貿易については、じつは和菓子屋さんが多いこととも関係していた。貿易港として栄えたので、古くから砂糖が手に入りやすくて菓子文化が発展したのである。
さらにその後、戦国時代には千利休が登場、わび茶とかいって茶道を盛り上げまくったこともあり堺には和菓子屋さんが多いのだ。
これまで堺・京都と、比較的和菓子屋さんの多いエリアに暮らしてきたので気づかなかったが、意識して歩くとたしかに和菓子屋さんが多い。