ミステリーは納得感がないといけない
林:
ごぶさたしてます。「失われた貌」面白かったです。これを書くのはすごく大変だったんじゃないですか。
櫻田:
ありがとうございます。大変でした。あれが原稿用紙ちょうど500枚ぐらい。
林:
20万字!
※新書が10万字と言われています
櫻田:
長かったですね。今までの短編を集めた本よりも長い。
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林:
そうなんですね。今日はかつての仲間ということに甘えてこども記者みたいな質問をしたいんですけど、ミステリーってどうやって書くんですか。順番に書くんですか?
櫻田:
でも結構ね、順番に書いてったんですよ。わりと考えながら。もちろんミステリーなんで最後、こういう真相だみたいなのは決めて書いてるんですけど、どうやってそこに持ってくかっていうのは、もう本当に探りながら書いてたので。
林:
最初にプロットきめて肉付けしていくのかなと思った。
櫻田:
もちろんいわゆる設計図というか、ある程度のものを作って、それを小説にするっていう方も多いとは思うんですけど、僕はあまりそれをやったことがなくて、短編も長編も。
だから結局、例えばトリックでこういう事件が起きて、こういう真相だったみたいなのをふんわり決めて。短編のときは頭の中でずっと考えられるんですよね、分量的に。
でも長編は頭の中ではとても処理できなくなって。
プロットを今まで作ったことがないんで、作ってもあんまりうまくいかないだろうなと思って、2024年の8月ぐらいから書き始めたんですよね。
だらだら書くといつまでも終わらないなと思ったんで、毎月ちょっとずつ編集者さんに送っていました。
林:
途中で矛盾したりしないんですか。
櫻田:
別に連載とかなわけではないので。先に進んでって、うまくないなと思ったら、前送った分も合わせて書き直しちゃう、これを繰り返してて。
もう大体これでほぼ完成形ですっていうときに妻も読んで、ちょっと難しいということで妻が巨大な人物表をつくった。
途中から僕もそれ見ながら「ああー、そっかそっか、矛盾はないな」みたいな。確認をして。
林:
編集者ってミステリー専門の方なんですか。
櫻田:
私を担当していただいた方が、新井さんっていう方なんですけど。
もともと京都大学の推理小説研究会に所属していてミステリーを若い頃からすごく読んできた人なんですよ。
林:
別のインタビューで、8年ぐらい前からオファーされていたって読みました。
櫻田:
その方はこういう本も出しているくらいミステリーに精通している方だったので、
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林:
心強いですね。
櫻田:
かなり助けてもらったというか、実際に「推理弱いね」とか言ってもらって。
林:
「推理が弱い」ってなんですか?
櫻田:
なんて言うんでしょうね。納得度を上げる。結局ミステリーって読んで納得してもらわなきゃいけないわけじゃないですか。
今回の場合は、刑事が推理して、あるいは途中でちょっとしたヒントから気づく。この繰り返しなんですけど。この気づきのインパクトが弱いと、なんで気づいたのかが読者に伝わらないので。
林:
専門の編集の方ならではの指摘。
櫻田:
こういう風に書いてくれっていうような指示はないわけですけど、もうちょっとここ、どうにかならない? ってリクエストがあれば、それを考え続ける、の繰り返しで。
林:
ありますね。ふとしたことで気づくシーンが。
櫻田:
そうです、気づかせたいわけですよね、僕としては。刑事に気づかせるためのあれこれを考えるわけですよね。
だから、刑事がなんとなくの勘で気づいちゃったんじゃなくて、ちゃんと気づくための、いわゆる手掛かりみたいな、気づくための手順がないと。
林:
急にわかったぞ!とかだと、おかしいんだ
櫻田:
そうなんですよ。
少年漫画みたいに、なぜか負けてた主人公が急に謎の力を得て勝つとか、そういうのじゃ困るわけですよね。
そこの手順を踏むのがミステリーの面白さだと思ってるんで。
林:
今回の作品で言うと、もうすごい納得感がありますよ。ネタバレになるからこれ以上書かないですけど。
だから2回目が面白いですね。全部がわかるから。
櫻田:
僕もミステリーを2回読むってことが滅多にないんで、読む人に対して何回も読んでほしいとは言えないんですけど、確かにそうしてもらえると書いた甲斐があるなっていう。
林:
2回目には全部分かる感じが気持ちいいですね。
ここで言ってたんだ~みたいな。
櫻田:
あ、ここか~(笑)
林:
今回の作品はこれまでの小説に比べて笑わせるところが少ないような気がします。
櫻田:
当初はね、もうちょっと多かったんですけど。そこも編集者さんから、ちょっとキャラクターがわからない、みたいな話になって。
主人公の刑事はハードボイルドっぽい雰囲気を醸し出すというか、ちょっと皮肉っぽいことを言ったりしているのに、あんまり冗談を言い過ぎても、キャラクターとして落ち着かないので。最終的にちょっと控えめに。
林:
登場するキャラクターが特徴的ですね。耳たぶを引っ張る刑事、眼鏡を拭く課長
櫻田:
そこらへんがいちばん苦労して。とりあえず半年ぐらいで一通り最後まで送ったんですね。でもそれって、ミステリーの部分、推理小説の部分をやっと作ったみたいな感じで。
だから、そこからは物語を読めるものにしていくっていう作業だったんですよ。
今言っていただいた、小説部分とかキャラクターの部分を強くするみたいな。
林:
後で肉付けしていったんだ。
櫻田:
最初の原稿の完成から発売までが約半年、実際には5ヶ月ぐらいだったと思うんですけどそこからの方が大変でしたね。
林:
今回の作品は警察の描写にリアリティがあると思ったんですが、どうやって調べたんですか。
櫻田:
上手に嘘をついてるだけです。僕が勤めていた会社で起きていたこと、社内のトラブルとかそういうのをトレースして、いかにもありそうに書けばそういうもんだろうなって一般化できるんじゃないかなと。
林:
読む人の中に会社の組織あるあるがあるから共感がうまれる
櫻田:
あとは調べられる範囲、結構ネットだけでも、警察庁とか各県警のホームページとかで、色々情報が出てたりするんで。
人物描写を主人公にさせる難しさ
林:
入江は池田エライザかなと思って読んでました。
注)入江という人物が「失われた貌」に登場します。
櫻田:
あ、なるほど。なんかキリッとしてますもんね。でも僕は頭の中に映像を思い浮かべて書かないんで、あんまりイメージの人とかはいなかったんですけど。
林:
それも聞きたかったんです。イメージありながら書くのかどうか。
櫻田:
顔に関しては全くなかったですね。僕、あんまり外見描写とかほとんどしなくて。
主要人物になればなるほどしないんですよね。
林:
そういえばそうですね。
櫻田:
今回の場合は、主要人物の多くが日野っていう主人公の刑事の知り合いなので、今さら気づくこともないだろうと思って。初めて訪ねてくる人間とか、あんまり会ったことない人間に対しては、外見がこんなだっていう描写を入れるんですけど。仲間内はほとんど書かなかったんですよ
特に今回は日野の視点で進んでるっていう形を取っちゃったので、書いてることは日野の発見になっちゃうわけですよね。だから同僚について書くのが難しくて。
林:
いつも会ってる同僚の外見のことを語り始めたら不自然ですね。
歯がぐらぐらになった
林:
小説家って、ふだんは何をやってるんですか?
櫻田:
今まで1冊に3年、4年かかってたっていうのは、書けるときに書きますみたいな感じでやってきたわけですよね。5本溜まったんで本になるという。
今回の本は月刊ペースで原稿を送っていたので、その間はほぼ小説をやってましたね。
林:
ここ2年、発表のペース上がってますもんね。
櫻田:
去年「六色の蛹」で今年が「失われた貌」で、2年連続で本を出すのは初めてでした。
櫻田さん2024年の短編集。これもおもしろかった
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林:
来年も楽しみにしてます。
櫻田:
でもこのペースはもたないなと思ってます。そんなこと言ってちゃ全然ダメなんですけど、消耗がすごかったですね、やっぱり。
林:
小説書くのはタフな仕事ですって村上春樹が書いてましたけど(たぶん)、そうなんですね。
櫻田:
村上春樹ほど本を出してる人じゃないんで、なんとも言えないですけど僕にとってはタフな1年でしたね。こういうペースで出したことがなかった。
林:
じゃあ、バンバン出してる作家ってちょっとおかしいですね。
櫻田:
すごいと思いますね。僕にしては考えられないというか。本当に1人なのかなって、それくらい思っちゃいます。
林:
執筆作業自体はどれくらいのペースで書いてるんですか
櫻田:
それはもうやるってなったときはずっとやってますし。休み関係なく。ただやらないときは週休5日のときも6日の時もあります。
ただ半年間書かないときがあってもずっと考えてたんで、しんどかったですね。
書かないってことは、行き詰まってるから書けないわけで。その間ずっと打開策をなんか考え続けてるっていうしんどさが。
林:
プレッシャーがすごい
櫻田:
だから途中で歯ぎしりがすごかったのか。歯科の定期検診で突然歯が揺れ出してますって言われました。
林:
そこまで!
櫻田:
すごい食いしばってたんですよね。そういえばあるとき、夜中に歯が痛いっつって起きたことあったんですよ。そのとき食いしばって寝てたんだろうな。
林:
それは今回の小説のどのへんを書いてる時ですか。
櫻田:
さっき言ったひととおり仕上げた後の修正作業になると思います。
林:
噛みしめて読みます
林:
校正も大変そうですよね。枚数も多いから。
櫻田:
短編もドカッと来るにしても、5話の短編だとしたら5分の1ずつで終わりがあるじゃないないですか。4話目の校正作業をしてる時に、1話目に影響が及ぶってことはないわけです。
でも、長編だと1個の話だから後半で問題があると、その影響が全部に及ぶ可能性があるので。そういう辛さはありましたね。
林:
やっぱり相関図見ながらじゃないとわからないですね。
櫻田:
これはちょっと大変だなと思いながらやってました。
だから、中の言葉はなるべく難しい言葉は使わないようにして。警察の刑事同士の会話もいわゆる警察小説っぽさがない。
林:
そう言えばそうですね。
櫻田:
そこは分かりやすい言葉で書かないと。そこで雰囲気出したら余計わかりづらくなっちゃう。
林:
小説が凜としている理由はそこなのかな。主人公が「ガイシャは」「ホシは」とか言ってない。
櫻田:
そこで雰囲気を出すのも手なんですけど、今回書きたかったものが別にそこじゃないので。
もう普通の人の会話でいいだろうっていう。
いわゆる刑事ドラマ感みたいなのはあまりないようにした。
林:
見慣れた組織感がありますもんね。リモートで会議してたりとか。
櫻田:
そういうテクノロジーが発達してくれば、わざわざ捜査本部みたいなもので人を大量に集める必要もないですよね。
林:
きっとこういう感じなんだろうなって、見たことはないけどわかるのが面白いですね。





