私が触れたのは台湾における麺食文化のほんの一端。深すぎてその底はまったく見えなかったが、ちょっとでも覗きこめてラッキーだ。
台湾ではほかにも麺線、牛肉麺、米苔目など、毎日一度は麺を食べていたが、他にもまだ食べ歩いたものがあったりする。それでもまだまだ食べたいものがたくさんあった。デジカメの撮影可能枚数は飛躍的に増えているが、私の胃袋の容量は減る一方で寂しい。
日本におけるインスタントラーメンの歴史といえば、昭和33年(1958年)に誕生したチキンラーメンからスタートするが、台湾にも保存がきいて簡単に調理できる麺類は古くからあったようだ。
台湾の各都市を回る機会があったので、現在の即席麺と似た麺を昔から出している店を回ってみた。
集英社の「学習漫画 世界の伝記NEXT 安藤百福」によれば、チキンラーメンの生みの親である安藤百福が生まれ育った場所、それは台湾。
その地でインスタントラーメンの源流ともいえる麺を求めて向かったのは、台中駅からローカル線で数駅先にある員林駅。なんと1946年から変わらぬ製法で作られているインスタントなラーメン「雞絲麵」を出している、清記冰菓室があるのだ。
その店名の通り、元々はかき氷やジュースを出す店で、冬になると冷たい食べ物が売れないから、温かい麺類も出すようになったらしい。
員林駅は都会でも田舎でもなく、「なるほど、ここか~」と思う以外は感想が湧きづらい場所だった。
外国からマンガ好きの観光客がトキワ荘を見に来て、椎名町駅に降り立ったような感じかもしれない。
員林駅から少し歩くと、すぐに目的の店は見つかった。だが本当にここでいいのだろうか。
そこはバイクが走り回るにぎやかな商店街の路面店で、アディダスのアウトレットショップと巨匠美語という語学学校に挟まれた細長い店。意外にもカフェっぽい外観なのだ。
ここに求めている麺はあるのだろうか。少なくとも70年以上の歴史を誇る、老舗ラーメン屋という感じではない。
とりあえず店頭でメニューを確認すると、かき氷やフレッシュジュースに混ざって麺類がいくつかあり、清記雞絲麵もちゃんと存在している。
なんだかミスタードーナツに飲茶を食べに来たみたいだ。
メニューを再度確認すると、麵食系列という欄に、「清記雞絲麵」がとあった。この45台湾ドル(160円くらい)の麺料理が、歴史あるインスタント麺のはずだ。
ちなみに台湾の言葉がまったくわからないので、お店の人にインタビューなんてできないため、店内に書かれている文字情報や、でてきた食べ物の感想だけを淡々と記していく。
話の順番は前後するのだが、ここの店で出している清記雞絲麵がどういうものなのかを説明するために、お土産に買った持ち帰り用のパッケージを先に紹介する。
これが6食入り150台湾ドルの清記雞絲麵ギフトボックスなのだが、この記事を書きながら文字を訳して、ものすごくびっくりしている。
びっくりした。日本のチキンラーメンが「鶏スープのインスタントラーメン」なのに対して、雞絲麵は「鶏肉の繊維っぽい麺」ということらしい。そうか、見た目の話で鶏は材料に入っていないのか。
ここで文句を言うのは、メロンパンにメロンが入っていない、銘菓ひよ子にヒヨコが入っていないと言うくらい野暮なことなんだろうな。
それにしても1946年の発売以来、ずっと鶏を使わないでいられることに驚く。そのこだわりがすごい。俺が二代目なら絶対にすぐ入れる。
話を本筋に戻すが、しばらくしてやってきたのが、こちらのシンプルなラーメンだ。あとスイカジュースも頼んでみた。
店員さんが照れくさそうに見せてくれたアイフォンの画面には、「箸はあちらです」と翻訳ソフトで表示されていた。おぉ、2019年の旅情。
これが台湾の元祖かもしれないインスタントラーメンか。麺はちぢれさせてない細めのストレートで、確かに一度揚げたものを戻したもののようだ。チキンラーメン同様にコシという概念は存在しない。
スープは正直よくわからなけど鶏のダシがベースなのだろうなって思いながら食べたけど、実際は鶏が入っていなかったというオチ。思い込みって怖いですね。
とにかく、とても上品な薄味。ざっくりとした説明になるが、台湾でよく出てくるあっさりしたスープをさらにすっきりとさせた味で、そこにセロリのような香りが加わり、少量の胡椒で味を引き締めている。どこか懐かしさを感じるのは鰹節のせいだろうか。
スープは薄味だが、揚げたニンニクの風味がかなり強めで、さらに香菜らしきみじん切りの香草も印象的。メニューにあった「葷/素」は、「ニンニク入れますか?」という意味だったのかも。
具の卵はポーチドエッグのような状態で、半熟程度に火が通っている。そして柔らかい白菜みたいな葉っぱがたっぷりでうれいい。
日本のラーメンに慣れた舌だと、旨味も塩分も油分も足したくなるけれど、この薄味が台湾人の好みなのだろう。しゃれたお土産用もあるけれど、元々は家庭で簡単に食べるためではなく、お店で使うのに保存性がよく簡単に提供できる麺として生まれたのかな。
一見するとチキンラーメンっぽいのだけど、何から何まで微妙に違う。これぞ台湾人の味覚が選んだ一品という仕上がりで興味深い。
私の後から入ってきた家族連れの赤ちゃんに向かって、大きく手を振りながら店を出た。
清記雞絲麵を紹介する動画があったんだけど、やっぱり鶏は使っていないっぽい。
帰国後、お土産として買ってきた清記雞絲麵を作ってみた。
チキンラーメンのように麺自体に味はついておらず、添付の薬味などでスープに味をつけるスタイルだ。
現地で食べたものを再現してみたのだが、ほぼ同じものになったと思う。さすがインスタント麺、再現性が高い。スープはあくまであっさりで、香ばしいストレート麺のすすり心地が気持ちよい。
鰹節の存在がちょっと不思議だったが、台湾でもよく食べられているようだし、よく考えれば日本でもダシに使う店は多い。魚粉を乗せたラーメンだっていくらでもあるか。
こうして改めてじっくり味わってみると、潔いまでの薄味に驚いてしまう。やっぱり鶏は使っていないな。でもこれはこれでうまい。これで物足りるようじゃないと太る。
いやでもやっぱりちょっと物足りない。これを鶏がらスープで作ったら、わかりやすく美味しい味になりそうだ。でもそれをしないのが現地の味なんだろうな。
台湾の南部にある都市、高雄にも雞絲麵を出す店があるようなので、せっかくなのでそっちも行ってみた。清記冰菓室との関係性や創業した年は不明。
こちらは路地裏にある昔ながらの食堂という感じで、スイカジュースとかは置いていない。店頭には山と積まれた雞絲麵を囲うように、いろんな部位の肉が置かれていて大変心強い。
同行いただいた川崎さんと、汁ありと汁なしを一つずつ注文してみた。
小ぶりの愛らしい丼に入った雞絲湯麵は、なんと鶏肉がたっぷりと乗っていた。
いや、このときは当たり前に思ったのだが、一軒目に鶏が使われていなかったことをようやく理解したので、今この記事を書いているタイミングで驚いているのである。一軒目でも肉入りを選べばこういう感じだったのかな。
基本的な味の組み立て自体は一緒で、麺は揚げた香ばしさのある細いストレートで意外と弾力がある。清記雞絲麵よりも気持ち太いかな。
大きく違うのはスープ。優しい味だけど旨みがたっぷり。おそらく鶏と鰹節のダシ。具の肉などを茹でたスープなのだろう。やっぱり揚げニンニクがしっかりと効いているのが特徴的。員林で食べたものよりもこっちのほうが味が強いのでチキンラーメンっぽいけど、それでもやっぱり台湾の味だ。
食べれば食べる程に口の中がローカライズされていき、これが台湾流チキンラーメンなんだと思えてくる。たぶん、これを食べ終えてすぐに日本のチキンラーメンを食べたら、味が濃くてびっくりするんだろうな。
汁なしの雞絲乾麵は、インスタント焼きそば風の見た目だった。味が濃い分だけこっちのほうが馴染みのある味かもしれない。おそらくスープで戻してある麺がうまい。
雞絲麵はあくまで素材。麺に味がないからこそ、「湯」でも「乾」でもアレンジ可能なのだ。
こちらの雞絲麵も持ち帰りできるみたいなので、試しに一つ買ってみることにした。
すみません、せっかくもらった作り方の書かれた紙を読まないで、チキンラーメンと同じようにお湯をかけて3分待って食べてしまいました。はい、味が無かったです。
このように料理というものは、世界各地で発生した勘違いによって、どんどんと変化していったのだろうなと勝手に実感した。何も生まれなかったけど。
この話はもう少し続く。
台湾の揚げた麺といえば、台南に「意麵」というのがあるそうなので、それも試してみよう。
本命がまさかの休みで急遽やってきた店は、旅の同行者である小松さんが昼間に行って、えらく感動したという黃記鱔魚意麵。鱔魚とはタウナギのこと。
今日二回目となって申し訳ないが、小松さんはまた食べてもいいというので、希望者を募って一緒に来てもらうことにした。
意麵とは小麦粉と卵で作った平打ち麺の総称らしい。台北などでも食べられているが、台南では日持ちのためか食感を変えるためかオペレーションの問題なのか、麺を油で揚げてあるのが特徴だ。
これこそがインスタントラーメンのルーツという説もあるそうだが、その食べ方はお湯を掛けるだけではなく、揚げてある麺をわざわざ蒸してから、具と炒めたり餡を掛けたりと、かなりの手間が掛かっていた。
小松さんが「ジャンク感がたまらない」と謎の絶賛をしていた台南スタイルの揚げた意麵だが、食べてみるとその意味がよく分かった。
台湾の料理はたまに不意打ちで甘い。味付けの基本がウスターソースのようなスパイシーなタレなんだけど、そこに確かな甘さとニンニクの香りがプラスされ、なんだか駄菓子を彷彿とさせる仕上がりなのだ。
この独特のタレが揚げて蒸すという手間によってざらつかせた、クタっとした麺によく絡む。
雞絲麵と意麵とチキンラーメンの関わりや前後関係は私には今も不明だが、現在はかなり別の料理に思えた。揚げた麺を調理するという工程や発想は同じでも、味付けだったり経営的思想だったり、目指したものがかなり違ったのだろう。
そして今もその土地の食文化ありきの味として、ちゃんとそれぞれの舞台で残っているのがおもしろかった。
私が触れたのは台湾における麺食文化のほんの一端。深すぎてその底はまったく見えなかったが、ちょっとでも覗きこめてラッキーだ。
台湾ではほかにも麺線、牛肉麺、米苔目など、毎日一度は麺を食べていたが、他にもまだ食べ歩いたものがあったりする。それでもまだまだ食べたいものがたくさんあった。デジカメの撮影可能枚数は飛躍的に増えているが、私の胃袋の容量は減る一方で寂しい。
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