かなり真面目に印刷の知らなかった部分を見るツアー
というわけで、なんだかピンとこないままに、取材当日である。
今回の取材先は、江東区東陽町にあるアルプスPPSという印刷会社さん。対してこちらは編集担当古賀さんに加えて、広告案件なので広告担当の安藤さん、カメラマンとして編集藤原くん、あと僕。なかなかの大所帯だ。
駅からの移動途中、安藤さんに「今回の取材先って、なんか特殊な印刷屋さんなんすか?」と聞くと、「ネットからの注文を多く手がける印刷屋さんなんですけど、すごく真面目な会社さんです」と言う。
そっか、真面目なのか…。
今までデイリーの記事広告というと、僕が担当したのでも「養命酒のパッケージを爆破」とか「ドラマの撮影現場にこっそり文房具を置いて写り込ませる」とか、あきらかに悪ふざけな内容ばかり。
真面目な印刷会社の、中でも普段は光の当たりにくい部門を普通に取材して、成立するのか。この時点では不安しかない。冷静に考えたら、悪ふざけに身体が慣れすぎだろう。
あ、これは悪ふざけ無しだ、という説得力
アルプスPPSさんにお邪魔して、まず対応してくださったのが、新規事業開発部 部長の羽田さんである。
通された会議室にはやたらウェイウェイしたパーティー用フォトプロップスやアニメキャラのPOP(特殊印刷の見本?)がずらりと並び、パッと見には賑やかそうだが、実は場の雰囲気はそんなに軽くない。
羽田さんが真面目で無骨で職人然としているのに対して、対面している我々が、悪ふざけに慣れきった印刷完全素人3人+印刷キャリア3年で早々にリタイアした半素人の僕、という構成なのだ。
ぶっちゃけ、なにか変なことを聞いて怒られたりはしないか、という我々の緊張感よ。ただでさえ事前に安藤さんから「真面目な会社さんなので」と念押しされてるし。会話が始まる前からこちらだけヤケにピリピリしている。
今回は“綴じ”と“折り”というフィニッシュの部分…言葉は悪いですが、印刷の中でもあんまり注目されづらい部分を見せていただいて、そこに携わる職人さんにお話を伺えればということでお邪魔しました。
近代的な設備でやってるわけじゃないんで、汚い工場をご案内しなきゃ行けないんですけども。ただ、うちの職人はよそでキャリアを積んで転職してきたみたいな人間がほとんどなので、技術的な部分では確かなものを持っていると思います。
(真面目だ…)昔ながらの職人肌な方も多そうですね。仕事にすごく真剣に向き合っておられるような。
そうですね。印刷って実はほとんどオーダーメイドの製品なので、お客様からいただいたデータに対して、印刷から加工まで「常に一定のクオリティを出す」という意識が全社的に浸透しているかどうかが大きいんです。ただ、あまり人とコミュニケーション取るタイプじゃない者ばかりなので、話を聞くのちょっと難しいかもですが、うまく引き出していただければ。
あー、はい、なんか雑談とか交えて本音っぽいところとか聞かせていただけたらいいっすね。
分かりました。この近辺で工場が何カ所かに分かれているので、車で回っていきましょう。
そもそも“綴じ”ってどういうことか
車で5分ほど移動して着いたのが、綴じ部門の入っている工場だ。
おおー、入るとインクの匂いと紙の匂いが入り交じった、ザ・印刷工場の匂いがする。もう20年以上前の記憶だけど、最初にいた会社を思い出して、知らずにスッと背筋が伸びる感じ。
さて、冒頭からなんの説明も無しに進めてしまったが、綴じというのは、ざっくり言うと印刷したページをまとめて冊子を作る作業である。
綴じそのものはいくつかタイプがあるんだけど、多いのは、真ん中を針金で綴じる「中綴じ」と、ページの背に当たる部分を糊で貼る「無線綴じ」だろう。(他にも、平綴じ・糸綴じ・あじろ綴じなどあるけど、今回は割愛)
で、まず見せてもらうのは、ページが少ない冊子に向いていて製本コストの安い「中綴じ」である。パンフレットや週刊誌など、ページの中央をゴツいホチキス針みたいなので綴じているやつを見たことあるだろう。あれが中綴じ製本だ。
あー、印刷会社で働いていたときもあんまり見たことなかったけど、確かにこんな機械はあったなー。もちろん当時も製本されたばかりの完成品を確認することはあったけど、綴じる行程をきちんと見たことは無かったのだ。
アルプスPPSで中綴じ作業を主に担当するのは、篠瀬さんと板垣さんのお二人。どちらもかなりのベテランとのこと。
まずは、どういう感じで印刷したページが中綴じされて本の形態になるのかを見せてもらった。
これが中綴じ機ですね。 左右裏表4ページを1単位としてセットすると、機械の中を通って二つ折り→ページ全てを重ねた状態で中央に針金を刺し通す→最後に針金をちょうどいい長さで切る、という行程がこの中で行われてます。
はー、なんかすごい速さで紙が流れていく…! あまりに速すぎて、なにをやってるのか見ただけだと分からないですけど、それだけの作業を全部機械がやってくれるんですね。すごいな!
紙のクセとか、あとは夏は湿気で紙が波打ったり、冬は静電気で貼り付いたりで、なかなか機械任せにはできないんですよ。そういう時に見開きがあると手こずりますね。
パンフレットなんかも、開いたときに見開きの写真とかがうまく合ってないと、もらった人がイヤじゃないですか。作る側も気持ち悪いし。なので、機械を通しながらちょっとずつ様子を見て微調整を繰り返す感じですね。折る位置を操作パネルからコンマ数㎜ずつずらすとか、そういう作業をしてます。
そう、写真や図・文字が見開きでドーンとあるやつは、折りや綴じの段階で中央からズレてしまうことがあって、そうすると一発でダメな感じになってしまうのである。
例えば僕が昔にやった仕事だと、工業機械の中綴じパンフレットで「細いコード類がいっぱいウネウネとしている機械」を見開き中央にドーンと配置してくれ、という発注があった。そんなの、製本の段階で0.5㎜でもズレたらコードの位置もガタガタになるやつだぞ。
完成したパンフはピタッときれいに写真が合ってたけど、あれ、中綴じの人が頑張って位置合わせしてくれたんだろうなぁ…。
中綴じは二人でやってるんですが、それぞれ勘所がちょっとずつ違うので、上手くいかないときはお互いに相談しながらベストのやり方を模索してます。ちょうど今日もひとつ難しいのがあって、二人で「どうしたものかね」と話し合ってました。
いやー、こういうのは受け取るばかりなので、作る側でそんなに苦労しているというのは分かってなかったですね!見てくださいよ、これなんか100%ピッタリですよ!その手間を聞いてから見ると、ピッタリなの、超気持ち良くないですか!
完全に職人の技術ですね。これからは見開きをちゃんと見よう。
ね、ピッタリよピッタリ。いやー、なんか、知ることで人生が豊かになったね!
古賀さんの興奮が止まらなくて、篠瀬さんと板垣さんがやや引き気味になってるのが分かる。
でも確かに、見開きがピッタリ合ってるのって当たり前の話ではなくて、実はわりとすごいことなのだ。
あとは、だいたいA4の8〜12ページ中綴じ冊子の依頼が多いんですが、ちょっと変わったサイズや小さくてページの多い冊子は難易度が高いです。
表紙と本文で紙の厚さが違いすぎると難しかったりね。そういう上手くいかなかった印刷物は全て保存してあります。お客さんからの注文があった時点で「それは難しいです」とか「ここはこういうふうにしたほうがいいですよ」とか答えられるように。
これからは、中綴じの本があったら絶対にじっくり見ちゃいますね。
私たちもコンビニとか行くと、置いてあるクリスマスケーキの注文カタログとか見ちゃいますよ。他の会社の中綴じの仕事を見るのが習慣になってるので。一緒にいた人から「なにをそんなに見てるの?」とか不審がられますけど(笑)。
さて、中綴じの次はもう一つ、無線綴じを見せてもらおう。
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