特集 2021年10月4日

明治時代から存在するものだけで1日を過ごしたい in銀座

身の回りにある何気ないものでも、そのルーツを調べてみると意外に古いことがある。

文明開化の象徴である銀座あたりに行けば、明治時代(1868年〜1912年)からあるものだけで一日を送れたりしないだろうか。

軽い気持ちではじめてみたら、これがなかなか充実の一日となった。

平成元年生まれ。令和から原始まで、古いものと新しいものが好き。

前の記事:焼きそばとナポリタンの狭間を生きる

> 個人サイト 畳の夢

明治5年(1872年)、日本最初の鉄道駅である旧新橋停車場からはじめたい

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旧新橋停車場復元駅舎

最初に向かった場所はここだ。

現在の汐留駅のすぐ側にあるのが、教科書で必ず習うあの「新橋ー横浜間に日本初の鉄道が開通」の新橋駅である。

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関東大震災で焼失したが2003年同位置に復元。地下に眠る正面階段などの遺構も見学できる

アメリカ人が設計したという外観は思ったよりシンプルだ。江戸時代の石蔵っぽくもみえ、当時の人は案外すんなり受け入れてたのかもなと思う。

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線路も創業時に近い形で復元展示されている

ここから1日かけて銀座、京橋、日比谷の方まで行くのだ。

さまざま巡ったので、目次がわりに行程表をおいておきたい。

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食べて歩いての一日となった

 

令和の普段着のルーツは意外と明治

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当たり前だが明治時代にこんなヤツはいない

現在定番となっている服は、じつは明治期(すべて海外のものだけど)に創業したものが多い。

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それぞれの成り立ちだ
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リーバイス501は商品誕生だったり、コンバースとエルエルビーンはメーカー創業だったりでつっこまれそうだが、そこはちょっとお見逃しを

あんまり厳密にやるとそもそも自分の最寄り路線である京王線(大正2年開業)は存在しないので…。

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三代目歌川広重作『東京汐留鉄道舘蒸汽車待合之図』部分(明治6年)、国立国会図書館デジタルコレクションより

さて、当時の洋装といえばこの重厚さ。普段着の歴史って、どんどんラクな方へ向かっていくものだ。

今でいえばワークマンが普段着として人気なように、機能的な実用着はしだいに日常生活へ取り入れられていったのだろう。

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ウィルキンソンタンサンも明治37年(1904年)に発売した日本の飲料。ウィルキンソン氏が宝塚で天然炭酸泉を発見したことがきっかけだそうだ

文明開花の象徴、明治6年(1873年)にできた銀座煉瓦街をゆく

いつから銀座は今の銀座になったのだろうか。

まずは軽くその歴史を紹介したい。

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歌川国輝作『東京銀座要路煉瓦石造真図』(明治6年)、THE NEW YORK PUBLIC LIBRARY DIGITAL COLLECTIONより

佐藤洋一著『あの日の銀座(地図物語)』によると、江戸時代、一番の繁華街といえば日本橋だった。銀座はそれに比べると名の知れた大店も少なく、典型的な下町だったそうだ。

そんな銀座が一躍日本を代表する商店街に躍り出るのは明治5年(1872)の銀座大火のあとだ。

銀座中を燃え尽くした大火事を受けて、あの渋沢栄一が「東京の不燃化に着手すべし」との意見書を政府に提出する。

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旧新橋停車場から汐留川(現・首都高の下)にかかる「新橋」をわたると、銀座煉瓦街がはじまる(現在の銀座八丁目)

それを受けて、旧新橋駅開業によりその玄関口として一気に価値が高まった銀座が日本初の煉瓦街として整備される。

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新橋より銀座通りを望む、明治43年(1910年)『東京名所写真帖 : Views of Tokyo. No.1』、国立国会図書館デジタルコレクションより

こうして、現在につらなる最新文化の発信地としての銀座ができるのだ。

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ちなみに明治時代のマネキンは生き人形と呼ばれ超リアルだったそうだ

今歩くと通りはありとあらゆる商品であふれてるけど、このウィンドウショッピングも銀座から始まったといわれている(それ以前は店にあがり商談するスタイルが一般的だった)。

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銀座通りから裏の金春通りに入ると、近年発掘された煉瓦遺構が記念碑として残されている
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この金春通りも明治10年(1877年)までには二等煉瓦街として整備された

当時はここに芸者屋が並んでおり、新橋芸者と呼ばれた女性たちがいたそうだ。

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古くからの細かな町割りゆえに上へ積みあがる看板)
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1863年創業の金春湯は14時からやってるようだ

さて、そろそろモーニングの時間だ。

 

明治44年(1911年)創業、現存する日本最古の喫茶店ともいわれるカフェーパウリスタで珈琲をたしなむ

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表通りに出てすぐのところにあるパウリスタはとても入りやすい雰囲気

サンパウロっ子という意味のパウリスタ。

日本初の喫茶店カフェープランタンに続いて同じ1911年に開業したそうだ。

日本最初のブラジル移民事業をてがけた水野龍が、サンパウロ州政庁からブラジル珈琲の販売権を得てはじめた喫茶店で、5銭(約900円)で当時の最新文化を体験できるということで話題になったという。

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パウリスタオールド(680円)はバランスのよい中道なお味だった

関東大震災後に閉店、ながらく喫茶店経営から撤退するも、1970年に再びオープンしたのが今のパウリスタである。

銀座の中心部にありながら、懐かしい街の喫茶店といった雰囲気があり、たいへん居心地のよい空間だった。

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スタバと比べて抽象化されていないロゴに歴史を感じる

 

明治35年(1902年)にルーツをもつ資生堂パーラーで夢のクリームソーダを飲む

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明治5年(1872年)、銀座で日本初の洋風調剤薬局として開業した資生堂。その薬局内ではじめた「ソーダ・ファウンテン」が資生堂パーラーのルーツ

化粧品、洋食、ミス・シセイドウなど銀座の最先端をつくってきた資生堂。明治35年にはソーダ水やアイスクリームを販売して話題をよんだそうだ。

そんな歴史と伝統とキラキラの総本山へと踏み込む。

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ソーダ水とアイスクリームが一緒になった夢のアイスクリームソーダ(1150円)

男1人で入るのはちょっと緊張したが杞憂だった。正装をした店員さん達のキリっとした接客がかっこいい。

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美しい…!

このレモンクリームソーダ、鮮やかな色に負けず高級な味がする。単なる酸っぱいレモン果汁じゃなくて、なんというか柑橘系の皮の香り・風味みたいなものが感じられるのだ。

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はなやかな体験のあとはすぐ近くの路地裏にある豊岩稲荷神社へ

こちらは江戸初期からある社で、銀座の表と裏といった雰囲気がよい。銀座で縁結びの神様というと、喜びも悲しみも異次元に味わってそうである。

 

明治18年(1885年)創業、そば所よし田のコロッケそばに驚く

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現在は雑居ビルの2階にかまえるよし田

朝からハイカラな体験をしたので、お昼は和食をいただきたい。

ここのコロッケそばはなんと創業当時から存在するという。そんなに歴史ある食べ物だったとは…!

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駅そばとは雰囲気の違うコロッケそば(1210円)
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細かくたたいた鶏肉に山芋と卵を混ぜて揚げたものだそうだ

このふわふわしたつみれ状の“コロッケ”が濃い出汁によく合い、シンプルにおいしい。

ジャンキーな現代コロッケそばと違い、ハイカラ文化との出会いの中で生まれたものなのだろう。

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サービスで"ゆかり"のかかった俵おにぎりがついてきた

よし田は、情報過多な銀座の中でほっとできる雰囲気のお店だった。

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近くには明治34年(1901年)創業の電通の元本社もある。現代資本主義の象徴といったイメージがあるけど、吉祥天と広目天という仏教モチーフが意外と古風だ

 

和光のある銀座四丁目交差点は老舗だらけ

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銀座・和光(明治14年創業の服部時計店=現セイコーのデパート部門)は、資生堂と並んで銀座のハイカラ文化をリードしてきた

昼食のあとはすこし散歩したい。

この交差点に時計塔を建ったのは明治27年(1894年)、現在の建物は二代目(1932年)のものだ。

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レリーフにある2541の文字は創業の明治14年(1881年)=皇暦2541年という意味

セイコーってロレックス(1905年創業)よりも歴史があるんだ…!

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現在の銀座四丁目交差点
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明治44年(1911年)の銀座4丁目交差点。『東京風景』、国立国会図書館デジタルコレクションより

建物は現代のものにかわっても、お店自体は変わらないものも多い。

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和光(1881年)、あんぱんの木村屋(1869年)、山野楽器(1892年)、真珠のミキモト(1899年)、聖書販売の教文館(1885年)の並びは明治時代から変わらない
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ミキモトの横には、明治26年(1893年)に世界で初めて真珠の養殖を成功させた御木本幸吉の碑がたつ。海賊王よりかっこいい。

 

明治時代の建物を探してすこし足を伸ばそう

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歌舞伎座は1889年創業だが、建物は1932年のものを外観復元している

そんな歴史ある銀座だが、1923年の関東大震災の影響で明治時代の建物はほぼ見当たらない。

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福沢諭吉らによって1880年作られた日本最初の社交倶楽部、交詢社は1929年のビルの外壁が一部残る
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アルマーニを制服にしたことで話題となった泰明小学校は、1878年(明治11年)開校だが、建物は1929年のもの

とはいえ、すこし足を伸ばすと明治時代の建築をちらほら見ることができる。

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日比谷公園の近くにある法務省旧本館(司法省庁舎)は明治28年(1895年)築。明治時にはこんな重厚な庁舎が立ち並んでいた
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明治44年(1911年)、日比谷公園から見た官庁街。右から司法省、大審院、海軍省。『東京風景』、国立国会図書館デジタルコレクションより
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日比谷公園の向かい(帝国ホテルの隣)にはあの有名な鹿鳴館跡(明治16年竣工)の碑もある。案外、旧江戸城のすぐそばで明治やってたんだなと思う
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丸の内の三菱一号館は明治27年(1894年)築だが、1968年に取り壊したものを2009年に復元した
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1910年代の丸の内。右手に三菱一号館、THE NEW YORK PUBLIC LIBRARY DIGITAL COLLECTIONより
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明治29年(1896年)、日本橋に作られた日本銀行本店
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明治44年(1911年)竣工の日本橋。実はアメリカのハイテク企業、IBMと同い年だ
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めちゃくちゃピーキーな首都高との隙間も見どころ
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京橋の由来である京橋は明治8年(1875年)の親柱だけが残されてる
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明治42年(1909年)の京橋の様子、『最新東京名所写真帖』、国立国会図書館デジタルコレクションより

どれもギリ歩いていける範囲内で(シェアサイクルがおすすめ)、明治時代の都心の雰囲気をおぼろげながら感じることができる。

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ちなみに、いかにも明治然とした東京駅は大正3年(1914年)にできたもの。同じ山手線でも明治18年(1885年)にできた新宿駅や渋谷駅よりずっと新しく、新大久保駅と同い年だそうだ

 

明治27年(1894年)創業の和菓子屋、銀座若松でクリームみたいな粟ぜんざいを食べる

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1930年にあんみつを考案したことで有名な若松へ

話を銀座に戻して、今度は和菓子を食べたい。

ギンザコアというビルの奥にひっそりとある若松は、日清戦争の年にぜんざい・おしるこのお店として創業したそうだ。

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冬季(9月~3月)限定の粟ぜんざい(1200円)

あんみつは昭和に入ってからだしな…と思っていたところに見つけた古風な粟ぜんざい。

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光沢をはなつこしあん

プチプチ、モチモチした食感を楽しむためにこしあんがクリームみたいに滑らかで、しあわせな味がする。

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ピリッとしたシソの種も古風だ

銀座の老舗というとハードル高そうなイメージがあるが、上野や浅草と変わらぬ雰囲気の老舗も多いのだなと思った。

年季の入った客席では、半世紀は共にしてそうな老夫婦が笑顔であんみつを食べてるのが印象的だった。

 

木村屋、伊東屋、明治屋で買い物をして日比谷公園へ

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木村屋總本店は明治2年に創業、1874年(明治7年)に木村英三郎があんぱんを考案

ここで超有名な桜あんぱんを買い、日比谷公園で食べたい。

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伊東屋は明治37年(1904年)に和漢洋文房具を扱う店として創業した

文房具の総本山みたいな伊東屋は、12階建てのビルがまるごとお店になっている。

万年筆とか買えればいいのだけど、手が出ないので三菱鉛筆(明治20年創業)とモレスキンノート(19世紀後半)を買った。

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TOTO(東洋陶器)は1917年で惜しい
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京橋の輸入食品店、明治屋は明治18年(1885年)創業

次はすこし北にある明治屋へ。

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明治44年発売の復刻品M-Yジャムが売っている
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買った
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できるだけ当時の味を再現したものだそうだ

これ、現代人には甘すぎるので甘さ控えめに調整しました的な説明書きがあるのだけど、それでも脳に直接響く甘さ。

甘さ控えめ=高級という現代と違い、甘さ=贅沢な時代を感じる一品である。

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明治36年(1903年)、日本人の設計による初の洋式公園として開園した日比谷公園

買い物をした後はすこし歩いて日比谷公園へ。ドイツ風の第一花壇など、今も明治の雰囲気が残る場所だ。

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明治43年(1910年)に建てられた事務所は、現在結婚式場になっている
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心字池の東側には旧江戸城の石垣も残っている。江戸から明治へのリアルな時代の変化が今に残る場所だ

石垣の上のベンチではエリートビジネスマンたちが一息ついており、横文字のTOKYO感がある。

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こちらは明治38年(1905年)、日本で三番目につくられた鶴の噴水

市民にひらかれた場所である公園って、その時代時代のニーズによって改変されやすいのだが、ここは様々な面影が残っていて楽しい。

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そんな公園のベンチに座って、木村屋の桜あんぱん(170円)を食べる
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桜の塩漬けがしっかりと効き、甘みが引き立つ
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三菱鉛筆は明治34年(1901年)に日本初の量産型鉛筆をつくり、三菱財閥よりも先に三菱マークを商標登録した
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モレスキンノートに「やまだまど」の変体仮名(明治頃まで日常的に使われていたひらがなの異体字)を練習したりするうちに日が傾いてきた

ここまでいろいろかいつまんできたが、正直明治時代って45年間あるのだ。

現在で考えると45年前は1976年。もしかしたら、ZOZOスーツを着てサタデーナイトフィーバーするくらいトンチンカンなことをしててもおかしくないなと思った。

 

明治28年(1895年)創業の煉瓦亭でオムライスの原型を食べる

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締めはまた銀座に戻り、日本の洋食黎明期を支えた煉瓦亭で夕食をとる

ここには、「明治誕生オムライス」と「元祖オムライス」という二種類のオムライスがある。

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こちらが元祖オムライス(1700円)。よく知っている卵で巻いたオムライスではない

店員さんによると、溶き卵にご飯と具材をいれて焼き上げた元々まかない料理だったものが今の「元祖オムライス」で、それを商品化したものが卵で巻いた「明治誕生オムライス」なんだそうだ。

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具はシンプルにひき肉、玉ねぎ、マッシュルーム

パラパラチャーハンみたいな作り方だなあと思うも、まったく異なるお味。

卵がトロッと絶妙なあんばいで、シンプルなのになかなか真似できそうにない美味しさだった。

最後に、今日でてきた出来事を年表にしてみました
 

たった数十年で急激な近代化をはたしたという明治時代だが、実際のところ明治45年間と現代の45年間ではどちらの変化量が大きいんだろうか。

こうして見ているパソコンやスマホの普及も、45年前からみればとんでもない変化だと思う。

明治の銀座はハイカラだったかもしれないが、それが全国に広まるのには今よりずっと時間がかかっただろう。

その分、今のように早く消費されて廃れるということも少なかったのかもしれない。

令和に生まれたものの何が未来に残るのか、今から楽しみだ。

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慣れぬ洋食には明治31年(1898年)発売の太田胃酸を飲もう(現代人にはやさしい味でしたが)

 

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