こういった局地的な文化は日本中にあり、どうにか残っていくのか、あるいはあっさり消えてしまうのか、今はその瀬戸際にあるのだろうなと今回の取材でもまた実感した。
それはどうにもできないことなのだが、そんな文化に幸運にも出逢えたなら、こうしてまた記録に残していきたい。世の中が落ちついたら、また旅に出ようと思う。

昨年の秋、『佐渡に伝わるカラフルなだんご、「しんこ/おこし」を調べる』を書いたのだが、その取材を通じて「やせうま」という米粉で作る金太郎飴みたいな食べ物の存在を知った。なんでもお釈迦様のために作る、ちょっと特別なお供え物なのだとか。
それは一体どんな作り方なのか、そしてどんな文化的背景があるのか、すごく気になっていたところ、やせうまを作るワークショップが開かれるというので、また佐渡島へと渡ってきた。
お釈迦様が入滅(生死を超越した境地に入ること、死亡)した日の法要である涅槃会(ねはんえ)で、横たわるお釈迦様に弟子や動物が集まって悼んでいる様子を描いた涅槃図(ねはんず)を飾るのだが、そこでお供物(くもつ)として用意される花模様の団子が「やせうま」である。なにいってるのか現時点でまったくわからなくても、とりあえず読み進めてほしい。
入滅の日は旧暦の二月十五日(現在の暦だと今年は三月九日)とされているが、佐渡では「月遅れ」といって、毎年三月十五日に涅槃会が行われること。このワークショップは十三日。昔は寒い時期に生花が手に入らなかったので、いつしかやせうまに鮮やかな色をつけることで、花の代わりとして供えるようになったのだ。
やせうま作りのワークショップが開かれたのは、玉林寺という真言宗智山派の立派なお寺である。元々はここに檀家が集まってやせうまを作っていたそうだが、檀家の高齢化だったりでだんだんと難しくなり、住職である三浦良廣さんが家族と作って供えていた。だが息子さん達が島を離れて、いよいよ人手不足となってしまった。
もう作るのをやめようかとも考えた住職だが、その状況を知った佐渡古文化保存協会の古玉かりほさんによる発案で、大人向けの寺子屋ワークショップとして、やせうま作りは無事に継続されることになったのだ。
本来は宗教的なものなので、私のような部外者たちが興味本位で習うのも変な話なのかもしれないが、こういう形で文化を伝えていく方法もあるのかなという住職の判断もあり、今年もまた開催された。
やせうまは、やせごま、やしょまなどとも呼ばれるが(このワークショップではやせごま)、その語源はよくわかっていない。仏陀の奥さんの名前が「ヤソーダラー(耶輸陀羅)」なので、そこから来ているという説もあるとか。
日本各地にやせうまの文化は今も残るが、その内容は地域ごとにまったく違い、大分では小麦粉を水と捏ね、平たく伸ばして茹でて、きな粉と砂糖をまぶしたもの。福島の磐梯山辺りでは、米粉で作った餅で小豆餡を包んで焼いたもの、などなど。
私は涅槃会やお供物の読み方、入滅の意味がわからないくらい知識量が少ないので、ここまでの説明は知らないことだらけ。こういった背景を踏まえた上で、佐渡特有の華やかなやせうまの作り方を教えていただいた。
やせうまの作り方は、同じく佐渡に残る食文化であるしんこと途中まで同じである。主原料はどちらも米粉(うるち米ともち米の粉をブレンド)だ。
違うのは、しんこが木型で立体的なデザインを施すのに対して、やせうまは色の違うパーツを組み合わせて円柱の形にして伸ばし、その断面に模様を作るのだ。
ここまでがやせうま作りの下準備で、ここから先はクリエイティブな造形作業だ。4色の生地をうまく組み合わせて花模様を作り、直径10センチ、高さ5センチほどの円柱にまとめていく。伝統ある設計図などは存在しないので、すべては作り手の自由である。
デザインが決まったら、生地同士を密着させるように倍くらいの細さになるまで伸ばし、適当な長さにカットすれば、その断面に鮮やかな花が咲くのである。
今回はワークショップ形式なので簡単なデザインしか作れないが、前に住職が家族でやっていた時は、じっくりと時間をかけて大作に挑戦することもあったそうだ。
その写真を見せてもらったところ、和紙で作ったちぎり絵のような美しさ。菱形や三角形にカットした小さなパーツを、パズルのように組み合わせるのがコツらしい。一見するとデコレーションケーキだが、実はロールケーキのような構造というのがすごい。
さっそく私も作ってみたのだが、まず根本的に絵心が無いので、何を作ったらいいのやら。とりあえず住職が見本として作ったキキョウをベースに、ちょっとだけアレンジを加えてみることにした。
実際に手を動かしてみると、不器用な私がやっても想像よりは形になってくれる。金太郎飴の熱い飴や、太巻きの酢飯と具で作るのに比べたら、米粉の生地は圧倒的に扱いやすい(金太郎飴は未経験だが)。 これなら子どもでも存分に楽しめそうだ。
ただ、今回は各色の生地をいろんな人が目分量で作ったため、その水加減がバラバラだ。柔らかい生地と硬い生地が混在したため、均等に伸ばすのが難しかった。
そういえば耳たぶの硬さって、人それぞれだよね。こういう反省点もまた笑い話になる思い出だ。来年もぜひ目分量でやってほしい。
やせうま作り、これはおもしろい。おこし作りも楽しかったが、型がないので自由度はより高い。切ったときにどんな断面が現れるかというドキドキが堪らない。花柄にこだわる必要もないということなので、絵心のある人なら存分に個性が発揮できそうだ。
やせうまは寺で作るのではなく、檀家が各家庭で作って持ち寄ることも多かったそうなので、粘土遊びの延長線として、親子で作ることも多かったのかな。
これを20~40分ほど蒸して、生地に火を通す。理想としては同じ高さと太さの筒状にして、蒸し時間がすべて揃うようにしたいところだが、売り物ではなくお供物なので、気持ちさえ入っていればたぶん大丈夫。
あとで食べてみてわかったが、麺類を茹でるのとは違うので、蒸し具合のブレは味にそれほど影響しないようだ。
こうして蒸しあがったやせうまを薄切りにして涅槃図の前に飾る訳だが、まだ熱い状態だと包丁がうまく入らないため、しっかりと冷ましてから切らなくてはいけない。そのため、涅槃会の前々日にワークショップが開かれたのだ。
とても味が気になるところだが(材料が米粉だけなので想像はできるけど)、この日はまだ食べられないである。
涅槃会の開催を待つ間、しんこの取材で私に佐渡のやせうまの存在を教えてくれた大平トシさんに連絡をしたところ、近所の人たち7人が集まって作ったという、やせうまを見せてもらえることになった。
場所は集落にあるお堂で、阿弥陀様や閻魔様が祀られてはいるが、寺や神社の一部ではなく、今でいう公民館やコミュニティセンターのような場所。心のよりどころだ。
ここでやせうまを作る女子会をするのが、大平さんにとって年に一度のお楽しみなのである。
お堂の中に上がらせていただくと、そこには立派な涅槃図が飾られており、その前に驚くほど精巧なやせうまが供えられていた。
すごいやつが。
すごい、すごい、すごい。これぞライター冥利に尽きる出逢いだろう。
作り方を伺ったところ、基本的には玉林寺で習ったものと同じようだが、手練れの主婦たちが切磋琢磨してきたことで、いわゆる「おかんアート」の最高傑作の域まで高められている。デザインが有機的だ。
大平さんが子どもの頃は、3月になると家で母親とやせうまを作っていたそうだ。その一部をこうしてお堂に供えていたのだろう。
そして彼岸が過ぎると、お堂に集落の子どもたちを集めて、お供物のおさがりとして、やせうまをまいて配る風習もあったとか。おそらく餅まきのようなものだったのだろう。
貴重な話をありがとうございました。
ワークショップから二日後の三月十五日、また玉林寺へとお邪魔して、涅槃会に参加させていただいた。本堂に設置された祭壇には涅槃図が飾られ、その前にみんなで作ったやせうまが供えられていた。
スライスされたやせうまは、生花に負けないくらい鮮やかで、なんだかちょっと誇らしい気持ちになった。
檀家さんと一緒にお念仏を唱え、住職の法話を聞かせていただく。ご先祖様、今この瞬間へと繋いでくれてありがとうございます。
このように佐渡のやせうま文化は、かなり独特なものだった。
私が触れられたのはあくまで二例だけであり、同じ島内でも地域によって、さらなる多様性を持っているのだろう。奥が深い。
こういった局地的な文化は日本中にあり、どうにか残っていくのか、あるいはあっさり消えてしまうのか、今はその瀬戸際にあるのだろうなと今回の取材でもまた実感した。
それはどうにもできないことなのだが、そんな文化に幸運にも出逢えたなら、こうしてまた記録に残していきたい。世の中が落ちついたら、また旅に出ようと思う。
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