初めての北海道は楽しかったし、知らない魚は美味しかった。いくらお金を払っても経験できない、ものすごく贅沢な旅だった。
ただ自分の手で「捕まえて食べたい」という思いも強かったので、現地で情報を少しずつ集めながらシシャモやキュウリウオに近づいていくという遊びもしたのだが、これもまた最高におもしろかった。記事が長くなったので、その話はまた後日ということで。
「仲良くなった北海道のシシャモ漁師が、漁で獲れた魚を色々くれるらしいから、もらって食べる旅に行こう」みたいな誘いを友人から受けた。
北海道で本物のシシャモを食べるのは私にとって夢の一つ。さらに関東への流通に乗らないようなローカルな魚を食べられるなら行くしかない。
釣りが好きなのでそこそこ魚の知識はあるのだが、まったく知らない魚と豊かな食文化が北海道で待っていた。
シシャモ、それは身近なようで遠い存在。ご存知の方も多いと思うが、埼玉当たりのスーパーで売られているシシャモは、キュウリウオ科カラフトシシャモ属のカラフトシシャモ(英名のキャペリンやカペリンとも呼ばれる)。
だが日本で昔から食べられているシシャモは、キュウリウオ科シシャモ属のシシャモという別種。区別するために本シシャモとも呼ばれる高級魚であり、世界中でも襟裳岬(北海道を菱型と考えると一番下)周辺の海、西のむかわ町から東の白糠町あたりにかけてしか生息しない珍しい魚だ。
サケと同じで秋になると川に遡上して産卵する遡河回遊魚で、春に孵化すると海へと下り、海で一年半(一部は二年半)を過ごして戻ってくるそうだ。
カラフトシシャモもお手頃で十分おいしいが、やっぱり気になる日本オリジナルの味。一夜干しなら何度か食べたことはあるけれど、生のものを刺身にしたり、贅沢にフライで食べてみたい。
ということで向かった先は、友人の友人の漁師が待つ北海道広尾町。襟裳岬の東側だ。
シシャモといえば西側にある鵡川を有するむかわ町が有名だが(私は鵡川にしか遡上しないと勘違いしていた)、意外と東側の方が水揚げは多いのである。
ちなみに私は北海道へ来ること自体が初めてで、まったく知識や土地勘がなかったので、今この記事を書きながら諸々学び直している。
我々が訪れたのは広尾漁協のシシャモ漁解禁日である10月7日(漁協によって日にちが少し違う)。14時過ぎに船が港へ戻ってきた連絡をもらった。
お世話になる漁師の下沢さんに挨拶をすると、「これ好きなのもってって~」と、私が見たことのない謎の魚をたくさん渡してくれた。
シシャモは海底付近を網で曳いて獲るそうで、その網で混獲された魚達なのだが、これが予想以上になにがなにやらで心が躍る。
さすがにカレイの仲間とかカジカの一種とか、大きな括りでならわかるのだが(まったくわからないのもある)、ちゃんとした名前が全然わからない。カレイが私の知っているカレイじゃないのだ。
ちょっと前に宮古島へ行っていたのだが、同じ日本でも北と南ではここまで魚の色や形が違うのかというラインナップ。全体的にガンダムでいうところのジオン軍みたいな渋いカラーリングだ。
図鑑で調べていると日が暮れてしまうので、下沢さんや同行の友人に名前を教えていただいた。北海道の魚、かっこいい。
これらだけでもご馳走だが、今日が広尾漁協のシシャモ漁解禁日なので市場に出せば高値が付くシシャモ様も、「小さいやつだけど本物のシシャモだから食べてみて~、せっかく来たんだから~」と、たくさんいただいてしまった。もらうのは申し訳ないので買おうと思っていたのに。ありがたや、ありがたや。
その姿はワカサギとよく似ているが、なんだか目がギョロっとしている。これが生のシシャモなのか。シシャモもキュウリウオ科の魚ではあるが、キュウリウオほど強い匂いはない。でもうっすら同系統の匂いがする。
この時期はまだ卵がほとんど入ってないけれど、だからこそ身に脂が乗ってうまいと評価する声もあるとか。食べるのがものすごく楽しみだ。
今回の旅は広尾町に六連泊という、とてものんびりしたスケジュール。下沢さんが漁から帰ってくるたびに魚をもらおうと図々しく考えていたので、初日からこんなにもらっても食べきれないという不安もあったが、結果的にたくさんいただいておいて大正解となった。
いただいた魚を持って下沢さんの家にお邪魔して、早速捌いて夕飯のおかずにした。
当初の予定だと海岸沿いにある漁師小屋をお借りしてキャンプ生活をするはずだったが、10月の北海道はしっかり寒かったので(だろうなとは思っていたが)、ずっと下沢さんの家で寝泊まりさせてもらった。キャンプは夏にまた出直そう。
そんなこんなで、「ギョギョ!丸ごと魚介 男だらけの北海道宴会」がスタートした。
こうして我々が貴重な体験をさせていただいている間に下沢さんは天気予報を確認して、明日と明後日の出船中止を決めた。あー。
漁師さんが港に戻ってくるのを待ち構えて魚をいただく野良猫のようなツアーを予定していたが、我々が滞在した10月7日から13日の間は海が荒れまくり、船が出たのは初日と最終日(でも沖は荒れていて即終了)の二回だけだった。
最終日は魚をいただいても調理している時間がないので実質初日だけ。こればっかりは自然が相手なのでどうにもならない。もし日程が一日短かったら収穫ゼロの旅になるところだった。
漁がないからといって、北海道まで来てぼんやりしっぱなしという訳にも行かないので、どうにか竿が出せそうな日は釣りをしたり、サケの遡上を眺めたり、森でキノコを探したり、地元スーパーや干物屋をまわったりと、これはこれで有益な時間を過ごした。
参加メンバーの趣味が生物観察と食材採取に偏っていたため、襟裳岬で森進一のモノマネをしようとか、広尾サンタランドに行ってみようとか、どこかの温泉で疲れをいやそうとか、観光っぽい話は一切でなかった。滞在中に一番行った店は圧倒的にセイコーマートだ。
そんなこんなで北海道の二日目以降は、初日にいただいた魚を寝かしたり加工したもの、買ってきたローカルフードなどを食べまくった。
キッチンが自由に使える旅行は素晴らしい。プロが作った料理をいただくのとは別の次元で、これもまた最高に贅沢な体験である。
さすがは北海道が誇る本シシャモ。丸ごと食べても骨は気にならない柔らかさで、まだ水分を蓄えている身はフワフワだけど程よく締まり、なんといっても味が濃い。まったく酸化していない脂のうまさ、これはこの時期に新鮮なシシャモで手作りしたからこその味。
コマイはカチカチに干されたものなら食べたことはあるけれど、まだ柔らかい一夜干しは全くの別物。骨は硬くて食べられないが、身離れがよく食べやすい。タラ系にありがちなアンモニアっぽい臭みも皆無。
そして驚いたのがヘビっぽい見た目のヌイメガジ。カマスやアナゴを思い出させる上質の白身で、しっかりした歯ごたえの皮にはトウモロコシにも似た香ばしさがある。小骨は全く気にならない。あまり利用されていない魚だそうだが、これを食べない理由はないだろう。
引き続き初日にいただいた魚の残り、その辺で買ってきた魚、爆風の中でどうにか釣ってきた魚などをいただきつつ、一番好きな白身魚は何かとかを語り合う日々。
滞在五日目に下沢さんが立派なクロマグロをたっぷりともらってきてくれた。これまで白身魚の微妙な差異を楽しんでいたところに脂の乗った黒船襲来である。
うまさのわかりやすさがすごい。プロレスでいったらロード・ウォリアーズ初来日くらいの衝撃だ。
マグロってすごいねと今更な会話をしつつ、引き続き白身魚も楽しんでいく。
こうして魚を延々と食べまくり、広尾の魚は制覇した気分になっていたのだが、帰る間際に地元の魚屋へと行ってみたところ、ハッカク(トクビレ)にナメタカレイに謎多き加工品の数々など、試してみたい食材に溢れていた。
海の様子さえ良ければもっと品ぞろえも多彩だったのだろう。じっくりと腰を据えて「カレイ食べ比べ」とかしてみたい。北海道の海と食文化、奥が深すぎるな。
今回体験したのは北海道のごく狭い範囲での食文化だが、それでも深すぎてまったく掘り切れなかった。季節が変わればまた違う味に出会えるのだろうし、場所が変わればすべてが変わる。
広すぎていつどこにいったらいいのかわからなかった北海道だが、たぶんいつどこにいっても楽しいのだろう。
初めての北海道は楽しかったし、知らない魚は美味しかった。いくらお金を払っても経験できない、ものすごく贅沢な旅だった。
ただ自分の手で「捕まえて食べたい」という思いも強かったので、現地で情報を少しずつ集めながらシシャモやキュウリウオに近づいていくという遊びもしたのだが、これもまた最高におもしろかった。記事が長くなったので、その話はまた後日ということで。
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