練馬の南インド料理店、ケララバワン
最初にやってきたのは、練馬にある南インド料理の老舗であるケララバワン。少し前にランチで訪れたらおいしかったので、しっかり腰を据えてサッディアを食べようと再訪した次第である。
最初に訪れたときの様子がこちら。
ケララバワンのサッディヤはどんなものかと張り切って8月後半に予約して訪れたのだが、おいしく食べ終えてからしばらくして、私が食べたのは「オーナムサッディヤ」ではなく、「ケララバワン開店18周年記念サッディヤ」だったことを、店主の奥さんである漫画家の流水りんこさんのツイートで悟った。ぎゃふん。
私の理解が不十分で「サッディヤ=オーナムサッディヤ」だと思っていたが、サッディアは特別な料理とか祭りという意味合いなので、オーナムではないサッディアも存在するのだ。
大丈夫、ノープロブレム。「オーナムサッディヤ食べ歩き」から「サッディヤ食べ歩き」にタイトルを変えつつ、インドにかぶれた態度で細かいことは気にしないぜと書き続ける。
おかずのバリエーションがすごい
テーブルの上にバナナの葉っぱが広げられると、店員さんがカラフルなペースト状の料理を次々と運び、絵の具のパレットのようにペトペトと乗せていく。ものすごい色彩だ。
さらにライス、バナナ、パパダムといった炭水化物、そしてカトリと呼ばれる丸い容器に盛られたカレーっぽいオカズがドサドサとやってくる。これらすべてが肉や魚を使っていないベジ料理なのである。
昨年、趣味で南インド料理教室みたいなところに通っていたので、少しは出てくる料理の得体がわかるものの、もちろん習っていない料理も多く、なにがなにやらなものも多い。
いわゆるカレーではないインド料理だらけ。気分はおせちを前にした外国人で、これらが甘いのか辛いのかすら想像できない。
料理名の一覧はあるものの、どれがどれかわからない。料理名がわかったところで知らないから意味がない。そこで店員さんに材料などを教えてもらいつつ、五感を総動員して味わっていく。一度食べたくらいで覚えられるような情報量ではないが、できるかぎり理解をしたい。
野菜とスパイスの組み合わせに豆とヨーグルトとココナッツが加わることで、ぐわっと奥行と広がりが生まれている。すべての料理の味が違うため、一口ごとに驚きがあるのだ。ただそのおいしさをうまく言語化できないもどかしさ。私が持つ日本語にない味なのかも。
以下、メモ。
①ナーランガ:レモンの酸っぱい漬物。
②ポリヤンジー:タマリンドとショウガの甘酸っぱい黒糖入りペースト。
③ビーツ・パチャリ:マスタードシードが効いたビーツのヨーグルトペースト。複雑な土の味がしてうまい。
④ウェンラッキャ・パチャリ:オクラのココナッツヨーグルトペースト。
⑤カーラン:青バナナとヨーグルトのちょっと辛いペースト。
⑥オーレン:トウガンとインゲン豆のヨーグルト煮は優しい味。
⑦イェリシェリ:カボチャと豆の煮物。冬至カボチャに似ている。
⑧ウッペリ:ニンジンと緑豆のココナッツ炒め。
⑨サンバール:野菜と豆の煮物でちょっと辛い。南インドの定番料理。
⑩アヴィヤル:サヤインゲン、ニンジン、イモなどを細切りにしたヨーグルトココナッツ炒め。
⑪マサラ・カリー:ひよこ豆のカレーで、これだけがいわゆるカレー味。
⑪パパダム:豆粉の揚げ煎餅でライスやオカズと混ぜるとうまい。
⑫チョーレ:ケーララ州で人気のマッタライスという赤米。籾の状態で蒸したパーボイルドライスは独特の香りと歯ごたえ。
⑬カッタ・パヤサム:牛乳で甘く煮たデザート。カレーだと思って食べたら甘くて驚いた。
⑭チェンカダリ・パラム:バナナのことらしい。茶色いバナナっていいですよね。
日本人が経営する西荻窪のとら屋食堂
続いては日本人夫婦が経営するミールス(南インドの定食)専門店、西荻窪のとら屋食堂。今度こそオーナムサッディヤである。
食事のスタート時間が決まっている予約制で、一品ずつ説明しながらサーブをしてくれるし、聞けばなんでも答えてくれるのでありがたい。
サッディヤのように一品ずつ並べられるタイプのコース料理は、写真を撮るために全部並ぶのを待っている時間が楽しくも切ない。写真を撮る必要がない同行者は、出てきた順にさっさと食べていて腹が減る。
これでもかと所狭しと盛られた料理の数々は、ほとんどがおかわり可能。おかわりをする頃には味を忘れているので、無限に新鮮な味を楽しめた。
一見すると絵画のようで、それでいて立体的に盛られたとら屋食堂のオーナムサッディヤは、どれもこれもおいしかった。味も料理名も一度に覚えられないけど、思考停止の一歩寸前くらいまで情報を詰め込む未知の食事ならではの楽しさが詰まっている。もはやライスに描かれた味の曼陀羅だ。
メニューの解説は私がここで書かなくても、店側が用意したものがこちらにあるので、気になる方は確認してください。
浅草で食べられる南インド家庭料理店、サウスパーク
最後にやってきたのは浅草のサウスパーク。今回初めて訪れたのだが、ケーララ州出身の女性たちが作る家庭料理をいただける店らしい。
本国の味を求めて通っているインド人が多いようで、オーナムサッディヤを食べに来ているお客さんも、半分以上は在日インド人(と思われる方)のようだ。
この店でも当然のようにバナナの葉っぱがテーブルに敷かれて、次々にオカズが置かれていく。
お弁当のように一気に揃う食事スタイルもいいけれど、このように目の前で組み立てられていくコースもまた楽しい。
サウスパークのオーナムは全部のオカズが食べ放題で、こまめに「おかわり持ってきましょうか?」と聞いてくれる。聞かれても料理名がわからないのでマゴマゴしていたら、オカズをいろいろ運んできてくれて、どれを食べますかと聞いてくれた。良い店だ。
以下、メモ。料理名は予約時にいただいたメールにあったもの。説明は個人の見解です。
①マッタライス「ケーララ赤米」 /Kerala Matta Rice:ケーララ州の赤米がサッディアでは定番のようだ。
② レモンアチャー/Lemon Pickle:酸っぱくて辛い漬物をアチャールとかピックルとかウールガイといいますね。言語の違いで料理の違いではないみたいです。
③インジ・プリ/Ginger Pickle:インジがショウガ、プリがタマリンド。口直しに最適。
④ オクラパッチャディ/Vendakka Pachadi:ヨーグルトのオカズは南インド料理を食べているなという気になります。
⑤パイナップルパッチャディ/Pineapple Pachadi:酢豚にパイナップル論争がどうでもよくなります。
⑥ビートルートキッチャディ/Beetroot Kichadi:ビートルートはビーツ、パッチャディとキッチャディの違いが謎。たぶん人によって違う。
⑦トーラン/Thoran:キャベツのココナッツ炒め蒸し。私の師匠はトーレンと呼び、南インドでは避けてトーレン代表的な料理と教わった。
⑧エリセリ/Errisseri:急に山形の味を思い出すカボチャとアズキ(ササゲ)の煮物。インド人が冬至カボチャを食べたらどう思うだろうか。
⑨オーラン/Olan:豆とトウガンのヨーグルトココナッツの煮物は優しい味。
⑩アヴィヤル/Aviyal:細切りにした炒め野菜のヨーグルトココナッツソース和えみたいな料理。
⑪パリップカレー/Parippu Curry:レンズ豆のカレーなのかな。ダールは店によって使う豆が違いますね。
⑫ギー/Ghee:インドのバターオイル。
⑬サンバル/Sambar:豆と野菜を煮た南インドの定番料理。ここのはドロッとしたタイプ。
⑭ラッサム/Rasam:タマリンドの酸味とコショウの辛味が効いたトマトスープ。後半に出てきたので、これで食事を締めろという意味合いがあるのかも。
⑮カーラン/Kalan:青バナナのヨーグルトソース和え。
⑯完熟バナナ/Pazham:小さいサイズがうれしいバナナ。
⑰パパッド/Pappadam:これもおかわりOKで凄いと思った。
⑱セミヤ・パヤサム/Semiya Payasam:セミヤ(バーミセリ)は短いパスタ。パヤサムはオーナムサッディヤに欠かせないデザート。
⑲パリップ・プラダハマン/Parippu Pradhaman:豆入りのヤシ砂糖の黒いデザート。デザートが2つあるとオーナムサッディヤらしいとか。
⑳サンバラム/Sambharam:ヨーグルトに生姜やパクチーを入れたドリンクで胃をさっぱりさせる。サンバルと聞き間違えがち。
㉑ケーララチャーヤ/Kerala Chaya:インド式ミルクティー、チャイがついているとうれしいですね。
こうして続けて3店を回ってみたのだが、サッディヤという大きな括りの中で、同じ料理もあれば違う料理もあり、同じ料理の中にも違いがあった。その違いをちゃんと理解できているかと言われると怪しいのだが、そこに店のアイデンティティが見えてくる。
サッディヤの理解が少しだけ進んだので、来年はもうちょっと知識と味を紐づけることができ、より深く楽しめるだろうか。なんてにわかマニアを気取りたい半面、すべてを忘れて真っ新な気持ちで何も考えずに、知らない味として無心で食べたいような気もしている。
オーナムはもともとヒンドゥー教の祭りであり、まったく縁のない世界線に上がり込んで食事をすることに、ちょっとした居心地の悪さというか、自分がここにいていいのかなという気まずさもあったが、日本人がクリスマスにプレゼントを送ったり、ハロウィンに仮装をしたり、バレンタインにチョコを食べたりすることの延長線と思って、気軽に参加しても良い気がしてきた。
もし自分が海外に住んでいて餅つき大会を開催したとして、そこに地元の方が参加してくれたらきっとうれしいだろう。異なる文化や宗教を拒絶したり排除するのではなく、あくまで尊重しつつ興味本位で首を突っ込みあう位がいいのかなと思った。知らない食文化はいつだって楽しい。