夜になった。さあ、犬の散歩だ!
ようやく日が落ちた。とても長く感じた。普通「早く夜になればいいのに」と思う機会がなかなかないからだろうか。
ふと「ゲーミング手提げ提灯」という言葉が頭に浮かんだ。思ったよりもずっと明るいし、写真に撮るとなおさらである。
犬に光る首輪をつけるのは、単に目立たせるだけではなくて、足下を照らして歩きやすくしてやる意味もあるのかもしれない。
犬はこの光る首輪をまぶしく感じているのではないかという疑問は過去に小堺さんが検証しておられるのだが、私としてはむしろこの光源があることで犬は地面が見えて歩きやすくなるという説を推したい。犬だろうが人間だろうが、暗くて地面の様子が見えないのは怖いことに変わりはないはずだ。
はたして、これでいいのか?
手が疲れてきた。
発泡スチロールも光る首輪もさして重たいわけではないのだが、細長い棒を介して保持しているから思ったより力がいる。親指の付け根の筋肉がつりそうだ。
一人称視点だとなかなか完成度が判然としない。先ほど言ったように提灯を持って歩いているのと同じだからこれはこれで便利ではあるのだが、本当にこれが私のやりたかったことなのだろうか?
企画の着地点が見えなくなって、犬(妄想)を連れて右往左往していたところ、自転車で横を通り過ぎた通行人がいい感じに二度見してくれた。とりあえず、遠目には犬の散歩に見えているということなんだと思う。
この後もしばらく犬(妄想)を歩かせていたのだが、撮影を意識せずに歩いているとだんだん腑に落ちてくる気がした。
周りの景色を見たり、他のことを考えている間も、自分の行く手の視界の片隅でレインボーの光がぼんやりと揺れているのは悪いものではない。リードの先に犬がいることを意識することが、歩くという行為を目的のあるものに変えてくれるのだ。薄い掛布団一枚があるかどうかで、単なる横臥と就寝が区別されるような、拠り所のある安心感があるのだった。
犬以外の動物も見たい人におまけ
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