謎のやきとりハウス
「東千歳バーベキュー」は、まず店構えからしてただものでない。
外観は、飲食店というよりも、どう見たって倉庫だ。雪国でおなじみの、かまぼこみたいな丸屋根の倉庫。そこに赤いのれんがかかることで、かろうじて店であることがわかる。
この日の昼過ぎ。地元の仕事仲間が、ちょっといい店あるんでと誘ってくれた。軽い気持ちで彼の車に乗り込んだら、車は街中を離れ、見渡す限り畑の続く国道をびゅんびゅん走る。
何屋さんなのか、そもそもこんなところに飲食店なんてあるのかときいても、にやにやするだけではぐらかされてしまう。1時間半も走って、ようやくついた店の外観が先ほどの写真だ。あたまに「???」の漫符が浮かぶ。え、何屋さん?
店に入る前に、仕事仲間から服はできるだけ脱いで車に置いておくように注意があった。ついでにかばんも置いていくようにとのこと。これは、中では腹をすかせた大猫が、舌なめずりしているのかもしれない。
実際に店内で迎えてくれたのは大猫ではなく、圧倒的な熱気と白煙。視界が悪くなるほどの煙たさに思わず笑ってしまった。避難訓練用のこういうテントみたことある。
面食らっているうちに仕事仲間はさっさと奥の客席についてしまう。客席といってもテーブルはない。細長い店内の端から端まで、コンクリブロックを積み上げた質素なかまどが一直線に並んでいて、そこが席ということらしい。
店のおばさんがスコップで、いい感じに熾った炭火を運んできて、我々の目の前のかまどに放り込む。ばさっと灰が舞う。「バーベキューと野菜炒め2人前ずつ」。仕事仲間のオーダーも手慣れたものだ。
入店してここまで、ものの30秒。やられた。この店強すぎる。
炭火じゅうじゅう、煙もくもく
すこし気持ちを落ち着けて、店の壁に貼られたメニューを見る。
お献立表
バーベキュー 1200円
野菜炒め 300円
ごはん 200円
「勝手に注文しちゃいましたけど、メニューこれしかないんすよ」と仕事仲間が笑う。なるほど。1200円の”バーべキュー”。それが高いのか安いのかさえ、皆目わからないけど、すすけたメニュー表に、何度もシールで値段改定の歴史が見て取れた。
”バーベキュー”はほどなくして、やってきた。
”バーベキュー”は大きな鳥もも肉と鳥むね肉が1枚ずつで、それを炭火でこんがり焼くという豪快メニューだった。写真は2人前なので、いま網の上には鶏が丸ごと1羽ほどいる。
肉を焼くおばちゃんの所作はまさに無造作にして手練れである。栄養ドリンクの茶色い空き瓶に入った塩を大雑把に肉に振りかけ、手づかみでひょいひょいと網に置いていく。高火力の炭火に焼かれて、すぐに皮目から油がしたたりはじめる。
我々のもも肉とむね肉はもくもくと白煙をあげ、お隣の家族連れの煙と合流し、丸い天井に溜まっていった。こうした営みが数十年繰り広げられ店の天井から壁からすべてをおいしそうな黄色に染め上げていったのである。これは確かに、お気に入りの服はぜったいに車に置いていったほうがいいな。
天にも昇る野菜炒め
これだけ豪快な料理である。箸は用意されているけど、もちろんここは手づかみということになる。大量のペーパータオルとトングを駆使して、むね肉のやわらかそうなところにかぶりつく。
皮目のぱりぱりとジューシーでやわらかな肉がうまい。あんなにラフに塩をかけたのに、絶妙な味加減だ。
むね肉にばかりかまけていると、もも肉がすぐに焦げそうになる。このバーベキュー、意外と忙しいのだ。もくもく煙に包まれながら、2つの骨付き肉を手づかみで食べる。雰囲気もあいまって、隠れ家でうたげに興ずる山賊みたいで、これは楽しい。
さて。うまいうまいといっても、肉はあくまで等身大のうまさである。炭火で焼いた骨付き肉という、見た目通りのうまさ。問題なのは野菜炒めのほうだ。
仕事仲間に促されて一口食べる。「味、どうですか?」とにやにやしながら聞いてくるけど、あれ、なんだかおかしい。言葉が出ない。
いきなり語彙がバカになってしまうのだけど、うーーますぎる。入っているのはキャベツともやし、肉のかけらが少々。そんなのでなんでこんなにうまいのか、というくらいうまいのだ。
なんだろうなこれは。味の印象としては、まず甘みがつよい。それも普通の甘みではなく、超高級なトウモロコシのような上品な甘さだ。そこに獣脂っぽいうまみとほどよい塩味が見事なバランスを保っている。でもそれだけでは決して説明がつかない感じがする。これはもう、脳に直接「うまいぞ」という信号を送りつけるやばい物質が入っているとしか思えない。
「なんかおかしいな…」と首をひねりながら、肉をそっちのけで野菜炒めを食べ進めてしまった。安易に使う言葉ではないけど、これは野菜炒めとしては文句なし、世界一にうまいだろうなと思った。
今度はぜったいにビールが飲みたい
バーベキューと野菜炒めで1500円。ごはんをつけても1700円。この味とボリュームからすれば破格の値段である。
難があるとすればそれはアクセスで、新千歳空港から車で30分、札幌中心部からは60分ほどかかる。北海道旅行のおりにふと思い立ってレンタカーで行けないことはない…が、おれは次回こそはぜったいにここでビールが飲みたい。もも肉と野菜炒めを交互につまみながら、サッポロクラシックの中瓶を思うままにあおりたい。
下戸でクルマが運転できてバーベキューが好き。そんな人がいたらぜひ一緒に行きましょう。
東千歳バーベキュー
〒069-1181 北海道千歳市東丘920−3